2章 放課後の狙撃手
《第2章》
温もり。俺は今とても心地よい温もりを感じている。それがどんな温もりかを表現するとすれば、柔らかな温もり。だが、それは決して比喩的な表現ではなく、そのままの意味で柔らかくて温かった。
「ん……。ここは? 」
目を開ける。辺りを見回してみると、今自分は保健室のベッドに寝かされていることが分かった。腕時計を見てみると、すでに時間は午後5時を過ぎていた。そして、自分の体の上に何か乗っていると気づいた俺は、それが何かを確かめる為に首を起こす。すると、俺の目の前、正確には俺の胸の辺りに青山が上半身を乗せて眠っているのが確認できた。
あ、青山⁉︎ ということはまさか、さっきから感じてるこの柔らかいのって……。
俺は自身の気持ちが高ぶるのを感じた。
今、俺の体には布団は掛けられていない。恐らく、温めて血行が良くなるのを避ける為だろう。それは打ち身や打撲をした時には当然の処置だ。だが、この状況においてその処置は二重の恩恵をもたらしたと言っていいだろう。
1つは前述の血行を抑制することだが、2つ目の恩恵とは、そう。肌と肌とを隔てる布の枚数が1枚減ったことにより、その分より柔らかさを堪能できるようになったということだ。
俺が上半身に着ている布の枚数は下着とワイシャツの2枚。そして、青山が着ている布は視認できたものは2枚。だが、その下にはブラを着けているだろうから青山の着ている布は計3枚。したがって、俺の肌と青山の肌とを隔てる布の枚数は計5枚。それでも十分に感じられる確かなボリュームと柔らかさ。
そこで俺は考える。どうやったら合法的に青山の胸に触れられることができるのかと。
俺は今寝かされている状態だ。寝かされているということは少なくとも俺は寝ていないといけない訳で。ということは、ということはだよ? 寝相が悪かったということにすれば、可能なんじゃないのか?
「ふむ」
俺は首を起こしてまだ青山が眠っているかどうか確かめる。
「すー……。すー……」
青山はまだぐっすりと眠っていた。
結構かわいい寝顔だな。ふむ。驚いて起きた顔が楽しみだぜ。
そして、俺はとうとう作戦を実行に移した。
まずは音を立てないようにかつ、気配を感じさせないようにゆっくりと右手を自分の顔の前に持ってきて、標的にロックオン。続いてゆっくりと慎重に髪などに当たらないように標的へと手を伸ばす。
もう少し……!
そう考えると、段々と呼吸が荒くなってきた。
「…………‼︎ 」
「ん、……」
落ち着け。ここでバレたら俺はあの世行きだ。何としても、何としてもこのミッションは成功させなければならないっ……!
そうして一瞬目を閉じたのがいけなかったのか、青山が体の位置をずらしたことによって人差し指が青山の頬に当たってしまった。
ーーッ! しまったぁぁあああああ!
だがしかし、肌触りの良く、プニプニと押し返してくるような弾力が俺の人差し指に伝わってくる。
いや、ほほう。これもなかなか。
そうしていられたのも束の間。
「ん……? 」
はっ……‼︎
悪魔が目を覚ました。
青山は眠気まなこを擦ると、自分の今の状態に気付き、顔を真っ赤に染めた。そして、青山は俺を睨みつけながら言った。
「な、何もしてないでしょうねぇ……? 」
「青山のほっぺたをつついたぐらいかなー、やったとしたら。すげー柔らかかったぞ」
「何で感想まで言うのよ……。はぁ〜。ま、あなたがこうなったのは私の責任だから、特別にチャラにしといてあげるわ」
「そうか。ありがとさん」
俺が起き上がると、ロロが青山の隣に座ってため息を吐いているのが見えた。
「ロロ。いたのか」
「初めからいました」
なるほど。小さくて見えなかっただけか。
とは言わないでおく。
「急にあのような行動を取るからこんなことになるんです。少しは謹んでください」
「はい。すみませんでした」
「私に謝るのではなく青山さんに謝るのが普通なのではないですか? 」
「は、はい」
すると、俺とロロの会話を聞いていた青山がクスクスと笑った。
「な、何だよ」
「何だかロロちゃんがあなたのお母さんみたいだなぁって思ったから、おかしくって。ふふ」
「勘弁してくれよ。ロロが俺の母さんだったらとてもじゃないが精神が摩耗しちまうぜ」
「それはどういう意味でしょうか? 」
「あ、いや、別に……。お? もうこんな時間かあ! 早く帰らないとなあ! 」
「話を逸らしましたね」
「話を逸らしたわね」
「…………」
俺は無言でベッドから下りて、保健室の真ん中辺りにある机の上に置いてあった自分の鞄を取って言った。
「さ、帰ろうぜ! 」
「まったく」
「やれやれ、です」
娘2人はそう言って俺の後について保健室から出た。
下足場で靴を履き替えた俺は、そういえば昼飯を食べていないことに気づく。
今日はいつもより多めに作るかなー。さて問題は何を作るかだが……。
しかし、そんな呑気な思考は唐突に遮断されることになった。
突如、金属と金属とが衝突するような音がしたかと思うと、先程まで俺が靴を取り出したり上靴を納めていたりしていた下駄箱に小さな穴が空いていた。
穴を覗いてみると、奥に金属製の直径1㎝程の何かが入っているのが見えた。ここまで分かれば今自分がどういう状況に置かれているかは一目瞭然である。
狙撃だ! マズイ。2人に知らせないと!
そう思った俺はすぐさま叫んだ。
「ロロ! 青山! 」
「はい。なんでしょう? 」
「何かあったの? 」
「狙撃だ。2人は物陰に隠れてろ。ロロ、『経路・接続』」
「はい」
「行くわよ! 」
ロロは申請を認可した後、青山に連れられて廊下の曲がり角に身を潜めた。
部活動をしているやつらがまだぞろぞろいるから、長引かせる訳には行かない、か。
「だったら、ソッコーで片付けるしかねぇよな! 」
俺は視力と身体能力の強化を行い、校舎から出る。そして、下駄箱に着弾した銃弾の角度からおおよその狙撃位置を予測し、その周囲を強化した目で見る。
1発外したということは、逃げたか場所を変えたか。場所を変えたとしたらそう遠くまでは移動できていないだろうが……。
辺りを見回していると、ドン、という音が周囲に響いた。
衝撃波音……。てことは!
俺は即座にその場から1歩前に出る。すると、俺の予想通り、直後には地面に下駄箱のものと同じ穴が空いていた。
方角はだいたい西か。
視線をその方向に向けると、ここからざっと2㎞程離れたビルの屋上に黒いライフル銃を構えた人影が確認できた。
「見つけたぜ。狙撃手! 」
俺は鞄をその場に置いて、強化した脚で思い切り地面を蹴った。それだけで狙撃手との距離が半分縮まった。
「⁉︎ 」
狙撃手は慌てて俺に狙いを定め引き金を引く。
「撃ってくるか! 」
俺は音速を超えて迫る弾丸を、俺の体に着弾する直前で親指と人差し指を使って止める。
「大したことはないな」
ビルの近くまで来た俺は、スポーツテストの両足跳びの要領で一気に屋上まで跳び上がる。
「こんにちは〜、っと」
屋上に到着した俺は、謎の狙撃手に向かって笑顔で言った。
「…………! 」
狙撃手はフードを深く被っている為表情は見えないが、恐らく大変驚愕していることだろう。俺は顔を見せない狙撃手に言った。
「一体、どこの組織の人間だ? 」
「…………」
「正直に答えれば何もしない」
「…………」
「う、うーん……」
「…………」
何を言っても無言を貫く狙撃手に、俺は内心頭を抱えた。
弱ったなー。どうする? 俺こういうの初めてだから要領がまったく分からん。何をすれば話してくれるかな〜。
「さ、最近の日本のことどう思ってる? 」
「…………」
「そうだなぁ、最近日本ってよく首相変わるよねー」
「…………」
世間話でそこはかとなく話しかける作戦、失敗。
ど、どうする……? こんな時、速水なら……。
「HEY! YOU! 今日も、AH! 決まってるねぇい! YEAR! 」
何が決まってんだよと。
「…………」
パンクな感じで話しかける作戦、失敗。
どうすりゃ良いんだぁ! 神は俺に何を求めてるんだぁ!
俺が内心だけでなく本気で頭を抱えていると、今まで無言だった狙撃手が俺の肩をつんつんとつついた。
「あ? なんだ? 」
「…………」
狙撃手が何かを手に掴んで、それを俺に渡してきたので俺は何の遠慮もなくそれを受け取る。
何だ? この丸い、ゴツゴツした感じの手触りは。
受け取ったものを見てみると、それが映画等でよくみる手榴弾に似た形状をしていることが分かった。
て、え? 手榴弾?
「うわぁぁあああああ! 」
俺は大慌てで手榴弾をよそに放り投げる。
放り投げられたそれは、数瞬後に盛大に爆発した。
「あ、危ねぇ〜」
安心できたのも束の間、俺が安心したのを見計らった狙撃手がナイフで突然切りつけてきた。
「うおっ」
「…………! 」
繰り出される攻撃の全てが俺の首や心臓にあたる場所、手首といった急所を的確に狙ってくるものだ。
よく訓練されてる動きだな。無駄がない。だがーー、
「ちょいと狙い過ぎだ! 」
「…………‼︎ 」
俺は胸に向かって繰り出された一撃をかわし、ナイフを持つ手の手首を掴んで狙撃手の腕を捻り上げ、地面にうつ伏せになるように倒した。
初めてだったが、上手くできたぜ。ロロに普段、刑事ドラマをよく見させられてるのがこんなところで役に立つとはな。
俺は、身をよじらせて悶える狙撃手に言った。
「もう抵抗はできない。言え」
「痛〜い! 」
「へ? 」
俺は予想だにしなかった声と言葉に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。人物が気になった俺は、空いている方の手で狙撃手の被っているフードを脱がせた。
「痛いわよ〜。どうしたの? ぼく、そんなに力入れて〜。さては、お姉さんに乱暴するつもりね〜? エロ同人みたいに〜」
「は、はい? 」
フードの下。つまり、狙撃手の正体は金髪碧眼の綺麗なお姉さんだった。




