表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

コーヒーとチョコクッキー(4)

パスタはとてもおいしかった。今度母さんたちを連れて行こうと思う。

 私たちは少し街をぶらぶらして、映画館に行った。特にこれを見ようと決めていたわけではなかった。ただの時間つぶし。すぐに始まるというので、外国の恋愛映画を見ることにした。コメディで、総悟とひそひそとつっこみながら見た。

「けっこうおもしろかったね」

「つっこみどころが多すぎたけど。総悟がへんなこというから、私吹き出しそうになっちゃった」

2人で見た映画は、ベッタベタのストーリーをこれでもかと詰め込んだ感じで、出会った二人は身分違いで、しかも父親が一緒かもしれないという疑惑もあり、彼の許嫁からのいやがらせ、すれちがい、誤解が解けた後の愛の逃避行の末二人で心中。幸せそうに死ぬ。という、なんとも中身があるような無いような、よく分からない内容だった。

「あはは。でも、真面目な話、俺は心中する気持ち、わからないなぁ」

ひとしきり映画についてあーだこーだ言い合った後、総悟が言った。私が首をかしげると、総悟は話を続けた。

「だってさ、死んだら何にもなくなるじゃん? 楽しいことも、嬉しいことも。それに、他に大切なものがたくさんあるだろ? 家族とか。友達とか。それを残してまで、その人と一緒に居られないなら死ぬ! って、そんなに人を好きになることって、本当にあるのかなぁってさ」

総悟が話すのを頭の隅で聞きながら、私はこの前優子さんが言っていたことを思い出していた。

『人は欲張りな生き物だから』

そういうことなのかな、と思った。総悟の言っていたことが、ずばり答え。人は欲張り。あれもこれも、手放したくないものをたくさん持ってる。それを手放しても手に入れたい人なんて、きっと一生に一度、出会うか出会わないかぐらいに違いない。私は一人納得して、うんうん、とうなずいた。

「どうしたの?」

「ん? なんでもないよ。総悟のおかげで、疑問が一個解決したの」

ありがと、とお礼を言う。さっぱりわからないというような顔をしていた総悟は、しばらくして諦めたように笑って、ドウイタシマシテ、と言った。こういうとこ、総悟の好きなところ。「私」を受け入れてくれるところ。

 日が沈み、街は徐々に夜にドレスアップする。輝くネオン、氾濫する車のライト。私は夜の街が結構好き。夜の方が、私は街を身近に感じる。

 私たちは路地にあるホテルに入った。慣れた手つきでタッチパネルで部屋を選び、私たちは部屋に入る。部屋に入るなり、大きなベッドに、私は勢いよくダイブした。

「つかれたー!」

「今日は結構歩いたからね」

後ろにいた総悟は、ベッドの横にあったソファに腰掛けた。私は枕にうずめた顔を目だけ上げて総悟を見る。総悟は上着を脱ぎながら、私の視線に気づくと優しく微笑んだ。

「疲れてるなら今日はやめとく?」

「やめとくって答えるくらいなら、ここには来ないよ」

シャワー浴びてくるね、そう言って、私はお風呂場に滑り込んだ。

 総悟と出会ったとき、私はもう処女じゃなかった。そのことに総悟は少し驚いて、自分だってそういう目的で私に会ったはずなのに、「もっと自分を大事にしないと」って怒られた。その時のことを思い出すと今でも思わず笑っちゃう。私が処女喪失という、女の子にとっては一大イベントを終えたのは中三の終わりころだった。相手は同級生。お互い初めてで、気持ちよくなんか全然なくて、おまけに私はそれで、彼のことをそんなに好きじゃないのかもなんて思うキッカケになったりもして、結局すぐに別れてしまった。私は昔からそういう事柄について、あまり貞操観念が固いほうではないらしい。最初の彼とだって、別に嫌だったわけでもないし。総悟とネットで知り合って、ごはんに誘われて、もちろん向こうにそういうコトしたいとか、下心あるのもわかってたけど断らなかった。予想していたとおり、ごはんの後ホテルに行って、最後までやった。総悟はそういうこと慣れてるみたいで、私は気持ちよすぎて頭が変になりそうだった。総悟も私のことを気に入ったみたいで、それ以来私たちは一ヶ月に一度か二度のペースで会っている。高校二年のときからだから、もう一年になる。

総悟は遊び人のくせに妙に真面目なところもあって、変な男には付いていくなよ、とか、何人もとなんてダメだからな、なんて私にお説教する。それは、決して嫌なものじゃなくて、なんだかお兄ちゃんみたいで、一人っ子の私にはそれが嬉しかったりもした。最近ではそういうこともあまり言わなくなったので、私は内心、少しがっかりしている。

適当に全身を洗って風呂場を出ると、総悟はベッドの上に大の字で寝転んでいた。こういうとこのベッドは三人でも寝れるんじゃないかっていうくらい大きいから、好き。総悟の傍に行くと、総悟は顔だけこちらに向けた。

「あがったよ」

「はいはい」

よっ、と声を出しながら起き上った総悟は、水滴が滴る私の髪を見て、「ちゃんと拭けって言ってるだろ?」と言いながら、私が気休めに頭に被せていたタオルで、頭を吹いてくれた。私がちゃんと頭を拭かないのを見ると、総悟はいつもこうしてくれる。最初は違ったけど、今はそうしてもらうために、わざと拭かないでいるということを、総悟は知らない。

「ねえ、サキ」

「なぁに」

 総悟の手に頭をゆだねながら少しうとうとしていると、上から声が降ってきた。

「サキはさ、どう思った? 今日の映画。そういえば、感想を聞いてないと思って」

「ん、そうだなぁ……。私も、心中する気持ちはちょっと分からない、かな。理由は総悟と大体一緒だけど……私は、なにかに執着するってことができないから」

そういうと、総悟はなんか納得したようにうんうん、と頷いた、ように感じた。実際は見えないから。

「なんとなくわかるな。サキはさ、なんか物事に対する執着心が感じられないんだよね。何にも興味がないように見える。だから、サキはモテるのかもね」

「なにそれ」

わしゃわしゃと髪を拭かれる合間をぬって、私は総悟の方に顔を向ける。目で言葉の続きを訴えると、総悟は優しく笑う。総悟の場合は笑うと優しそうに見えるのだ、と私は思ってる。

「何にも興味なさそうだから、少しでも自分に興味を持つようなそぶりをされるとさ、男は勘違いしちゃうわけ。自分がサキにとって特別なんじゃないかってね。それってけっこう嬉しいもんだしさ」

総悟は手を止め、私をタオルから解放する。私を足の間に挟んで、後ろからそっと抱きしめた。私はそれが心地よくて、総悟の胸に体重を預ける。

「わたし、別に興味ないとか、そんなことなんだけどな。ただ、別になくても困らないものが多いってことだと思う」

そういうと、総悟は少し悲しそうな顔をした。どうしてそんな顔をするのか、私にはわからない。総悟が私のことをわからないように、私も、総悟のことがわからない。

「いいんだよ、それで。今この瞬間、サキが俺を求めてくれてるってことが、俺にとっては大切だから」

「総悟――」

その続きは、総悟にぎゅっと抱きしめられたせいで出てくることはなかったけれど、もしそうなってなかったとしても、私は言うべき言葉を用意できたのか、わからない。だから私は、総悟を抱きしめ返した。強く、強く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ