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コーヒーとチョコクッキー(3)

 週末、私は久しぶりにオシャレして、駅前のカフェにいる。コーヒーを頼んで、持ってきた本を開くと同時に待ち合わせの相手がきてしまったので、私はそのまま本を閉じて鞄に仕舞った。

「おまたせ」

「ううん、全然待ってない。まだコーヒーに口をつけてもないんだもん」

そういうと、総悟は笑って、「じゃあ俺もコーヒー買ってくる」と言ってカウンターの方へと行ってしまった。戻ってきた総悟は、自分のコーヒーと、たぶん私のためのクッキーを持って私の隣に座った。

「久しぶり、元気だった?」

「うん、最近は勉強でちょっと忙しいけど、元気」

私はそう答えながら、ばれないように総悟の全身に目を通す。

 総悟は、明石総悟という本名しか知らない相手。どこに住んでいるのかも、いくつなのかも、私は知らない。つまり、そういう相手。きっかけは出会い系だけど、私は総悟の猫みたいなところが気に入っている。

「今日は帰らなくてもいい日?」

「うん」

「OK。それじゃあ、とりあえず昼ごはん食べにいこっか」

私たちは連れだって店を出る。昼の駅前は、さすがににぎわっている。カップルもいれば家族連れもいる。私は気まぐれに総悟の腕に自分の腕をからませる。そういうことはめったにしない。だって総悟は別に恋人でもなんでもないから。

「めずらしいね」

「今日はそういう気分なの」

私たちはそのまま少し歩いて、路地裏の小さなパスタ屋に入った。前に雑誌で見て、一度行って見たいと思っていた。

「パスタでいい?」

ここにきて確認なんてちょっとずるいかな、と思ったけど、総悟はお見通しだったみたいで、笑って「サキの食べたいものでいいよ」って言ってくれた。年は知らないけど、総悟はきっと私なんかよりずっと大人。


 木製のテーブル席が十組ほどしかないこじんまりとした店内に、明るい色のタイルが張られた壁や、センスのいい置物が私のどストライクだ。

「いい感じの店だね。サキが好きそう」

「うん、初めて来るけど、こういう感じ、とっても好き」

私はわくわくしながらメニューに目を通す。私はカルボナーラ、総悟はピザを頼んだ。

「そういえば、この前言ってた男、どうなったの?」

食事が来るまでの会話。総悟から切り出された話題に、私は小さくため息を吐く。

「ちょっと、めんどくさい。また総悟にお願いするかもしれないけど、いい?」

総悟が言う「この前の男」というのはこの前街でナンパしてきた男のこと。自分で言うのもなんだけど、私はよくナンパされる。両親2人が整った顔をしてるから、自分もそれなりなんだろうなとは思うけど、街には私なんかより美人で華やかな女のことはいくらでもいる。総悟にいわせると「サキはなんだか色っぽいんだよね。あと、なんだか構って欲しいオーラがででる」らしい。いつもは適当にあしらってたらどこかにいくんだけど、その時の男は妙にしつこくてずっとついてきた。いつも学校帰りに私があそこを通ることをしっているみたいで、毎日毎日待ち伏せしてる。よくあきないなと思う。

「いいよ、サキのお願いだからね」

お願いというのは、彼氏のフリをしてもらうこと。総悟は痩せてて、喧嘩なんかしそうに見えないけど、ボクシングをやっているらしくて強い。過去に何度かたちの悪い男に絡まれたときも助けてもらった。

「いっそ本当の彼氏にしてくれていいのに」

総悟が私の顔を覗き込みながら、何を考えているかわからない笑みを浮かべながら言う。もう何度もきいたセリフ。

「それじゃあもう会わない」

そして私も、もう何度も言ったセリフを口にする。総悟は怒る様子もなく、大げさに肩を落として見せる。

「ひどいなぁ。ま、わかってるけどね」

「わかってるのに何度も言うの?」

「うん? そうだな、もはや挨拶みたいなものかな。あとは確認のため」

私が首を傾げると、総悟が楽しそうに笑う。総悟は私と話すときいつもとても楽しそう・

「サキが、誰のものにもならないって、確認」

「総悟のものにもならないのに」

「それでも、誰かのものになったら、もう俺とは会ってくれないでしょ? だからね」

総悟は私になにも求めない。私の気持ちも。ただ一緒に過ごすことを、彼は求めている。そんなのでいいの? なんて、私が言えることじゃないけど一度だけ聞いたとき、それでいいの、と彼は言った。この気持ちに名前を付けたら、それはいったいどんな名前なのだろう。

「総悟はそれで幸せなの?」

「幸せだよ、とっても」

ほんとうに? そう聞きたかったけど、私は聞かなかった。とても聞けなかった。


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