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【第6話】変貌

「ここだ」

 斗馬はそう言って、古びれたアパートを見上げた。

 敷地を入った直ぐの所に集合ポストが在り、201号室に『草加』と書かれていた。斗馬は以前何度か来た事がある。

 裕美子を下に残し、斗馬は鉄板の剥き出しになった階段を上って201号室のチャイムを鳴らした。

 中でチャイムの音が鳴り響くと

「誰? 開いてるよ」

 中から克の声がした。

 斗馬は何となくホッとした気持ちでドアノブを引く。

 彼が何処かへ消えてしまったのではないかと思っていたからだ。

「俺だ、斗馬だ。入るぞ」

 そう言って中を覗いた斗馬は思わず身体を硬直させる。

「な、なにしてるんだ?」

 小さなキッチンから部屋までは一直線で、中は丸見えだった。

 そして、その先のベッドの上で、克は裸の女性の上に覆いかぶさりうごめいて、顔だけをこちらに向けていた。

 それがただのエッチな行為ではないと、斗馬は直ぐに気付いた。

 女性の両手が頭上で縛られて、ベッドに括り付けられていたからだ。口はタオルで塞がれている。

 ベッドに縛られた女性は、以前裕美子と一緒に写真を撮ってあげた平塚睦美だった。

 苦しげにもだえる瞳からは、涙が溢れていた。

「お前、何やってるんだ!」

 斗馬は靴も脱がずに部屋に上がると、克の身体を睦美から引き離した。

 突き飛ばされた克は畳みの床に転がった。睦美の全身が露になると、彼女はまだかろうじで下着を着けていた。

 口を塞がれて声を出せない彼女は「うう……う」と嗚咽をもらしている。

 斗馬がそのタオルを外すと、苦しかったのか深く息を吸いこんだ。

「大丈夫か? しっかりしろ」

 縛られた手からロープが解かれ両手が自由になった彼女は、斗馬にしがみ付いて泣いた。

「克、どうしてこんな事を?」

「その女がついて来たんだぜ。だから俺は自分の好きなようにしたまでさ」

 斗馬は言葉が出なかった。

 光のない克の瞳が、ゆらゆらと斗馬を捉えていた。

「お前、克じゃないのか?」

 斗馬の口から思わず出た言葉だった。

 自分の知る草加克がこんな事をするとは思えない。

「心配するな、お前の女も楽しませてやるぜ」

 克はそう言って立ち上がると、自分の衣服を抱えて玄関へ走った。

「おい、待て」

 睦美がしがみ付かれて、斗馬は直ぐに克を追うことが出来なかった。彼女の腕をそっと解いて彼を追ったが、玄関の外に出た時は既に克は通りを駆け出していた。

 そこで裕美子を下に待たせていた事を思い出し、慌てて階段を下りる。

「裕美子」

 階段の下に、裕美子の姿は無かった。

「裕美子!」

 斗馬は愕然と肩を落とした。

 ……克が連れ去ったのか? いや、僅かに見えたのはアイツ一人の姿だけだった。

 通りへ出た斗馬は、左右を見回した。

「どうしたの? 草加くんいた?」

 裕美子が一階通路の奥から姿を現した。

「何処にいたんだ?」

「ご、ごめん。今猫がいたから追いかけて……何かあったの?」



 * * *



 睦の身体は無事だった。

 警察への被害届は出さなかった。

 どう説明すればいいのか判らない。克は戸籍上死亡しているのだから。

 この先彼はどうやって生きていくのか?

 翌朝目覚めた斗馬は、何時もの習慣でまずテレビを点ける。

 ワイドショウーのトップニュースは、昨夜惨殺死体で見つかったという家族の事件が流れていた。どうやら死亡推定時刻から、犯行は3日前頃に行われたらしいと話している。

 斗馬は途中からそのニュースを見た為、それがどこで起こった事件なのか判らなかった。

 しかし、何気に見た画面の左上には『仙台の一家惨殺事件』と書いてあった。

 一瞬戦慄が走る。

 これは偶然だろうか……

 死んだはずの人間が向った場所だからこそ、不審に思ったのかもしれない。いや、あの人が変わったような克の姿を見たからだ。

 しかし、いくらなんでもアイツは人を殺すような奴じゃない。真っ先に自分に言い聞かせた斗馬の思いを打ち砕く言葉が、テレビから聞こえた。

『惨殺されたのは草加さん一家で、先月東京に住む長男が交通事故で亡くなっており……』

 ……克の家だ。斗馬の脳裏にはそれしか浮かばなかった。仙台に草加という家が一体どれほど存在するのか知らないが、今の斗馬には克以外には浮かばない。

 しかし何で。誰が……いや、答は判っている。

 一家を殺したのは……克しかいないだろう。

 あの狂気に満ちたような光の無い克の目を思い出した時、あのアパートに行く途中の猫の残骸を一緒に思い出した。

 あれは、もしかしたらアイツの仕業かもしれない。そう思う事が自然なくらい、あの時の克の目は完全に常軌を逸していた。

 斗馬はテレビの画面を見ながら、彼は何処に行ったのか? そればかりが気がかりだった。

 嫌な予感に追い立てられながら、裕美子に電話をした。




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