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【第5話】残虐

「じゃあ、今までどうしていたか記憶は無いの?」

 裕美子が訊いた。

「ああ、最後に記憶しているのは高速で前方の事故車に突っ込む所……かな。いや、その後、俺の車にトラックが突っ込んで来たところか」

 克はそう言って、斗馬が差し出した麦茶をゴクゴクと美味うまそうに飲んだ。

 斗馬と裕美子は克と向かい合っていた。

 彼には死後の記憶は無い。

 しかも火葬したはずの彼の身体は、どうやって再生されたのか? しかし、斗馬にも裕美子にもそんな事を考える余裕はなかった。

 死んだはずの人間が目の前でニコニコと会話を交わし、麦茶を飲んでいる。

 それだけで、充分自然の摂理を越えているのだ。物理の常識だって通用しない。

「おまえ、住むところはどうするんだ?」

 斗馬は妙に現実的な質問をした。

「ああ、さっき実家に電話したら、まだアパートは引き払ってないってさ。だから、そのままそこに住むよ」

「お前、実家に電話したのか?」

「ああ、携帯電話はなかったけど、財布にテレカが入ってたから」

「そ、そうか…」

 斗馬も自分の麦茶を飲んだ。

「実家の人は何て?」

「ああ、何だか半信半疑でさ。新手の詐欺じゃないかって。とりあえず今夜の最終で実家に行ってくるわ」

 それはそうだ。葬儀も済ませた人間が、「実は生き返ったから仕送りくれ」なんて言って信じる親がいるわけが無い。

「そ、そうか」

 斗馬はただ頷くだけだった。

「それでさ、電車賃足りないから貸してもらおうと思って来たんだ」

 克はあっけらかんと言った。

「そうか……で、いくら足りないんだ?」

 草加克の実家は仙台にある。

「ああ、片道分あればいいから、とりあえず一万貸して。残りは自分の金もあるから」

 斗馬が一万円貸し与えると、克は最終の新幹線に乗る為に去っていった。

 彼が去ったあと、斗馬と裕美子は少しの間黙ったままお互いの顔を見つめていた。

「あ、あたし、ちょっとトイレ」





 斗馬は複雑な気持ちだった。どうして克は生き返ったのか。

 そかし、そんな事はいくら考えても判らなかった。ただ、自分のデジカメに浮き出ていた彼の顔が、何か関係しているような気がした。

 それでも、克が戻って来た事を嬉しくないわけが無かった。

 だから、その事について、彼は深く考えようとしなかったのかもしれない。

 しかし、そんな喜びは直ぐに掻き消されてしまう。





 二日後、大学のキャンパスの中には草加克そうかまさるの姿が在った。

 多くの生徒が異様な眼差しで彼を遠巻きに見つめる。

「おい、あいつ何でいるんだよ」

「アイツがどうかしたのか?」

「あいつ、この前自動車事故で死んだはずだ」

「おいおい、俺アイツの葬儀行ったぜ」

 斗馬は克を見つけると、慌てて彼を校舎の陰に連れて行った。

「おい、いきなり学校はまずいだろ」

「そうか?」

「だって、お前……どう説明する気だ」

「いや、どうしたらいいか、さっき学生課へ相談に行ったら、俺除籍になってたよ」

 克はそう言いながら、軽々しく笑った。

「そうか……しかたないかもな。ご両親は何て?」

「ああ、これ。借りてた1万円な」

 克はそう言って斗馬にお金を手渡すと、彼の質問には応えなかった。

「おい、何処行くんだ?」

 そのまま歩き出した克は

「少しブラブラするよ。とにかくヤリたい気分でさ」

 斗馬は彼の後姿を見つめるだけで後は追わなかった。今の克が違う人物に見えた最初の瞬間だったかもしれない。

 それでも克の事が気になった斗馬は、大学の帰りに彼のアパートに行ってみることにした。

 裕美子も心配して付いて来た。何だか嫌な予感がして、最初は断ったが結局二人で彼のアパートへ向う事にした。

 最寄の駅を降りて商店街を抜けると住宅街は比較的静かだった。

 左側に金網で囲われた小さな公園が在る。スベリ台やシーソーが淋しげに佇む児童公園に人影は無い。

 その横を取り過ぎようとした時、側道に何かが散乱している。

 周囲には黒ずんだ車のオイルをまいたような跡もあって、最初は落ちているモノがぼろきれのようにも見えた。

 しかし、突然裕美子は小さな悲鳴を上げて両手で口を塞いだ。

 斗馬もそれが何かを認識すると、絶句した。

 散乱している残骸……それは猫の死体だった。身体が切り刻まれている。

 どう考えても、車に引かれたとかそんな感じではない。鋭利な刃物か何かでズタズタに切り裂かれて胴体は数個に分断されていた。

 黒い油のように見えたのは、全て血溜まりが乾き始めてできたものだった。

 転がった小さな頭部は、目を見開いて虚空を仰いでいた。

 ……生きたまま、切り裂いたのだろうか。

 ふと裕美子が自分の足元に視線を移してガタガタと震えだす。

 彼女の足元には、猫の片脚が落ちていたのだ。

 黒々と血に染まって何色の猫だったのかはわからないが、上を向いた肌色の肉球が生々しい。

 それはあまりにも無造作で、惨たらしい光景だった。

「誰がこんな事を……」

 裕美子は唇を震わせて瞳からポロポロと雫を零した。

「酷い奴がいるもんだ……」

 斗馬は彼女の肩を抱き寄せると、反対側の側道へ渡り足早にその場から立ち去った。

「この辺には変質者がいるのかしら」

 裕美子は不安げに、鼻にかかる涙声で呟いた。

「おかしな奴は何処にでもいるさ」

 斗馬はそう呟くと、裕美子の手をとった。彼女はまだ少し震える手で、斗馬の手を握り返した。



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