【第4話】復活
翌朝は裕美子の方が講義の始まる時間が早かったので、先にアパートを出た。
斗馬はシャワーを浴びた後、再びデジカメを取り出す。あの顔がどうなったか無性に気になったのだ。
電源を入れて、液晶画面のモードをONにする。
「やっぱり……」
斗馬は呟いた。
浮き上がった画像には、昨日よりも鮮明な克の姿があった。もう、だれがどう見ても草加克の顔以外、何者でもない。
そして、浮き出た顔はあまりにも立体的だった。
「克、お前なのか。どうしてそこにいるんだ?」
斗馬は思わず話しかけた。すると、彼の顔は微かにほころんだように見えた。
斗馬は目を見張った。
「いったいどうなってるんだ。 おい、克」
彼は何度も問いかけた。しかし、自分の声が克に届いているのかどうかは判らなかった。
大学の講義が終わると、斗馬は裕美子の手を引いて急いで自宅アパートへ戻った。
「どうしたの? 何? 見せたいモノって」
部屋に入った裕美子は、床にペタリと腰を降ろした。
「いいか、驚くなよ」
斗馬はデジカメの電源を入れると、液晶表示もONにして自分は見もせずに裕美子にそれを手渡す。
裕美子は手渡されたカメラを少しの間眺めてから
「ああ、あのシミなくなったのね。結局何だったの?」
そう言って、斗馬を見た。
「シミの代わりがあるだろ」
「何?」
「そこにある顔だよ。誰の顔か判るだろ」
「だ、誰の顔?」
裕美子は小首を傾げながら訊きかえす。
「克だろ。誰が見たってこれは……」
怒鳴るようにして裕美子の手に在るデジカメを覗き込んだ斗馬は、途中で言葉を失った。
「ない。何処に行ったんだ?」
斗馬は目を見開いて叫んだ。
「どうしたの?」
事情が飲み込めない裕美子は怪訝な笑みを浮かべて斗馬を見た。
「ここに、この中に克がいたんだよ。この前の小さなシミが、克の顔になったんだ」
しかし、今見ているデジカメの液晶画面には、何も無い。撮影モードが表示されているだけだった。
斗馬は彼女の手からカメラを取り上げると、ファインダーを覗いた。
やっぱり克の姿は無い。シャッターボタンを半押しすると、ピントリングが微かに回って間近にいる裕美子の顔をアップで映し出した。
「ほんとなんだ。この前のシミが大きくなって、克の顔になったんだよ」
困惑する斗馬を見た裕美子は
「し、信じるよ。あたしは信じるから落ち着いて」
そう言って、彼の肩に手を触れた。
「信じるとか信じないとかじゃないんだ。事実なんだよ」
「判った。判ったよ。だから、落ち着いて」
斗馬は、裕美子のそんな言い方に益々苛立ちを覚えた。
裕美子は、改めて斗馬が友人を思う気持ちを知った。おそらく彼の死を嘆くあまり、斗馬にはあのシミが克の顔に見えたのだと思った。
だから、それを異常だとか怪訝しいとか思う気持ちはない。彼の話を一生懸命聞いてあげる必要があるのだと思った。
「本当にここにあったんだ。克の顔が」
「うん。草加くん、斗馬くんに会いに来たのかもね」
裕美子は斗馬の気持ちを傷つけたくなかったし、本当にそんな気がしたのだ。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
思わず斗馬と裕美子は顔を見合わせる。
少し間を置いて斗馬は立ち上がると、玄関へ行ってドアのマジックアイから外を覗いた。が、直ぐに後へたじろいで、その拍子にひっくり返って尻餅を着いた。
「何、どうしたの? 斗馬くん」
斗馬の姿を見た裕美子が慌てて玄関へ出てきた。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま……」
「ま?」
裕美子は斗馬を跨ぐようにしてドアへ近づくと、彼女もマジックアイを覗く。そして
「ひっ」と、悲鳴を飲み込んだ。
振り返って尻餅を着いたままの斗馬を見下ろす。
あまりの驚きに、彼女も言葉は出なかった。
斗馬はおずおずと立ち上がってとにかくドアのロックを外したが、その時、裕美子が我に帰ってドアノブに触れる彼の腕を掴んだ。
「どうして、どうして彼がいるの?」
「俺が知るか」
「だって、彼はこの前……」
裕美子は壁易していた。
「とにかく本当に本人か確かめよう」
二人で顔を寄せ小声で議論した後、斗馬がドアノブを掴み直す。
その手が小刻みに震えた。
ハンドルを回し、果断な思いでドアを押し開く。
「よう。久しぶり」
開けたドアの外には、あまりにも陽気に笑う草加克の姿があった。