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【第2話】シミ

 草加克は車でドライブ中、首都高速で起きた多重事故に巻き込まれて死亡した。

 彼が何時も自慢していたR32GT-Rは見る陰もなく潰れていた。前後から大型トラックに挟まれる形で一緒に最初の事故車に追突したらしい。

 克と斗馬は大学に入ってから知り合った仲だったが、入学式の帰りには、すでに一緒に飯を食いにいったほど気が合った。

 カメラを始めたのも、実は彼の影響だった。

 斗馬は二年になった昨年の春にサークルに入ったが、克は入らなかった。デジカメを使う連中が多くて、銀塩を知らない奴もいる。そんなサークルには入る気にはなれないと言っていた。

 それでも、時折斗馬は克と二人で写真を撮りに出かける事もあった。

 しばらくの間、斗馬は裕美子と一緒にいても何処か塞ぎ込んでいた。

 裕美子は気に掛けてくれたが、それでどうにかなるものではない事は、彼女も、斗馬自身も判っていた。

 何れ時が解決してくれる。それしかないのだと思っていた。



 その日、斗馬は久しぶりにカメラを手に近所の公園に出向いた。

 裕美子が写真を撮って欲しいと言い出したので、彼もそれに乗ったのだ。

 おそらく、彼女なりに斗馬に気分転換をさせようと思ったのだろう。

 梅雨入り前の初夏の青空が眩しく輝いていた。

 池のほとりで早咲きのアジサイが陽光を浴びて綺麗だったので、そこに裕美子を立たせて斗馬はカメラを構えた。

 しかし、その途端彼は表情を曇らせた。

 一端覗いたファインダーから視線を外して、カメラの全面部を見つめた。

 見た感じは何も異常は無かった。

 彼は再びファインダーを覗いて、また止める。

「どうしたの?」

 奇妙な彼の行動に、アジサイの横に立ったまま裕美子が声を掛けた。

「いや、ちょっとな」

 そう言いながら、斗馬はレンズを一端カメラから外してその中を確認する。そして、カメラ本体の内部、ミラーやCCDカメラの部分もチェックしていた。

「調子悪いの?」

 裕美子が斗馬に近寄って来た。

「うんん……」

 斗馬は浮かない返事をした。

 カメラバックから取り出した他のレンズを取り付けて、再びファインダーを覗く。が、直ぐにカメラ本体とレンズを正面から覗き込む。

「何?」

 裕美子は怪訝な顔で訊いた。

「ちょっと覗いてみな」

 そう言って、斗馬は裕美子の顔にカメラを近づける。

 裕美子は言われるままファインダーを覗こうとするが、一瞬躊躇して

「押すの無しだよ」

 覗いてみな。といって、覗いた瞬間に頭を押したりして顔をぶつけさせる悪ふざけを昔経験した事があった。

「そんなんじゃないって」

 斗馬は真剣に言う裕美子に、思わず笑った。

「あっ、何? これ」

 ファインダーを覗いた裕美子が言った。

 斗馬に言われて覗き込んだカメラのファインダーの中には小さなシミがあったのだ。

 横長の長方形のちょうど真ん中には測距、測光用のマス目が幾つか並んでいる。その調度真ん中から少しずれた場所に小さなシミがあるのだ。

 ファインダーを覗いた感じでは、それがレンズやミラーの汚れのようにも見える。

 裕美子も思わずカメラの全面部からレンズを覗き込んだ。

「レンズじゃ無いみたいなんだ」

「そうなの」

 斗馬は克が亡くなってから、今日初めてカメラを取り出した。そして久しぶりにそのファインダーを覗いたのだ。

 彼はカメラの背面に装備されている液晶画面をONにしてみた。

  通常、デジタル一眼レフカメラの液晶画面は撮影時に被写体を表示する事は出来ない。液晶画面を見て撮影する事は出来ないのだ。

 一眼レフカメラはCCDとレンズの間にミラーがある為、シャッターを切ってミラーがアップした時以外はCCDには何も映らないからだ。だから撮影時は操作メニューが表示される。

 すると、確認し難いがやはり液晶画面にもシミが映っているようだ。木陰に入って確認すると、それは明らかだった。

「とりあえず何枚か撮ってみよう」

 斗馬はそういって裕美子にカメラを向けると、さっきのアジサイの咲いている場所まで戻る彼女を連写した。

 そして、ついでなのでアジサイと一緒に数枚シャッターを切った。

 直ぐにプレビューでそれらを確認する。陽差が強くて見づらいので、再び木陰に入った。

「どう?」

 裕美子も駆け寄ってきた。

「うん。写真は大丈夫みたいだ」

 プレビューで見た写真画像にはシミは見られなかった。

 しかし、操作メニューにすると再びシミは浮かび上がる。

 それにしてもおかしい。レンズに異常が無いのに何処に出来たシミなのか……ファインダーのガラスに出来たシミとも考えたが、背面の液晶画面にも映るという事は、そうではないのだ。

 しかも、プレビューを映し出すとそれが無くなる。いったい何処に出来たシミが映し出されているのか?

 斗馬は疑問を抱えたまま、とりあえずは写真を撮り続けた。

 裕美子は散歩中の柴犬を見つけると、駆け寄って頭を撫でた。妙に人懐っこい犬で、彼女に擦り寄っていたので一緒にファインダーに収めた。

 ファインダーの中の裕美子はひと際輝いて見えた。弾けるような彼女の笑顔を、斗馬は久しぶりに見た気がした。

 ただし、常に視界の中央に入るシミは、どうにも邪魔くさかったが。





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