【第1話】デジカメ
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斗馬はパソコンに差し込んだデジカメのメモリーカードに、ありったけの裕美子の画像を詰め込んだ。
パソコンから抜き取ったカードをデジタルカメラに戻すと電源を入れる。
液晶画面には次々と裕美子の姿がプレビュー機能によって映し出された。
* * *
その中古ショップは商店街の路地を入った何時も日陰になるような所に在った。中古ショップと言うよりは骨董品屋に近いかもしれない。
戸や窓が全て木枠の店構えは、その場所だけが昭和初期のまま取り残されたような不思議な面影があった。
元々はこの辺りに商店街など無かったらしい。駅が新しくなって商店街が造られた時にもその店は、周囲の商店会から移転を進められたらしいが、店主はそれを頑なに拒んだのだそうだ。
赤錆の浮いた古い鉄の看板には『鉄風堂』と書いてあった。何やら昔は、鉄やその他の金属製品を主に扱っていたらしい。
もちろん、時代の流れか、今はプラスチック製品の方が多いが。
それでも店の奥には今でも鉄の壷や何だか如何わしい西洋の甲冑なども飾ってある。
宇津見斗馬はめったにその通りを歩く事は無かった。その日は、大学の帰りに同じ路地にある小さな古書店に立ち寄って、古い映画のパンフレットなどを物色した。
行きの時には気付かなかった。いや、もしかしてその時にはまだ無かったのかもしれない。
帰り際に何となく見た鉄風堂のショーウインドウには、高級デジダルカメラが置かれていた。
ショーウインドウとは言っても、木枠のガラス窓に棚を設けただけの古びれた商ケースだ。
新品なら50万円以上する高級一眼レフのデジタルカメラが5万円で出ていた。それは、プライスカードの表示が間違っているとも思える値段だった。
陽射しは西へ傾き、その路地は完全に陽に陰っていた。
斗馬は直ぐに店に入って、店員を探した。
店内は照明器具が少ない為薄暗く、カビと錆の臭いがした。手製の棚にはCDプレーヤーから鍋釜まで無造作に並べてあった。
奥の方はなんだかごちゃごちゃして、店の広さは把握できない。天井からは何やらシャンデリアのような装飾品が吊るされている。
右側の奥にトラの剥製らしいモノが見えたが、それが本物かどうかは判らなかった。
ふと見ると、やけにデカイウォークマンを発見した。初期のカセットテープのタイプらしいが、どう見てもカセットの二倍以上はある大きさだった。
昔はこれを持ち歩いたのだろうか?
しかし、確かに見覚えのある書体でロゴが刻まれメーカー名も入っている。
「それは、一番初期のウォークマンじゃ」
店の奥から突然声がして、斗馬はビクリと身体を震わせながら振り返った。
小柄で色黒、白い顎鬚を伸ばしている初老の男が佇んでいる。
斗馬はウォークマンの話には興味を見せず、直ぐに用件を切り出した。
「ショーウインドウのカメラはずいぶん安ですけど、ジャンクか何かですか?」
「ジャンク?」
店主は訝しげに言った。
「え、ええ。何処か壊れていて部品取り専用とか」
「何処も壊れとりゃせんよ。寧ろそれ以上さ」
「それ以上?」
……状態良好ってことか。斗馬は勝手にそう判断した。
「あの……これからお金を持ってきますので取って置いて貰えませんか?」
「うちは取り置きはしない主義でね。純粋な早いもの勝ちさ」
斗馬は財布を取り出して中身を確認したが、自分の記憶通り札が1万2千円入っているだけだ。ジーンズのポケットに小銭が入っているが、足しにはならないので調べるまでもない。
「あの……カードは使えます?」
無理だろうと思いながらも訊いてみた。
「うちは現金決済のみ」
店主はそう言って、微かにヒゲを揺らして笑った。
斗馬は急いで店を出ると自宅へ向った。
商店街を抜けて住宅街の路地を入ると100メートルほどで辿り着く。
しかし、いくら寂れた店でもあの値段を見つけた客はきっと即買いするだろう。
見た目にも新品同様だったし、機能も良好で5万円は、東京中のショップを探しても二度と見つかる気はしない。
確かこの前雑誌で見た相場は状態良好だと30万円はした。
斗馬はそんな事を考えると、益々焦りが出た。しかし、ふと途中にある銀行に目が止まった。
ここで現金を降ろそう。何も家まで戻る必要などないのだ。
彼は銀行に入るとATMで5万円を下ろし、再び鉄風堂へ向かった。
アパートへ帰ると、斗馬はほころぶ顔で包みを開けた。
標準レンズが1本着いているだけだが、一眼レフはメーカーが一緒なら手持ちのレンズを使う事ができる。
銀塩カメラ用だが、彼は適合するレンズを数本所持しているので、それらを組み合わせればかなりの用途が広がる。
斗馬は電源スイッチを入れてふと思い出した。
メモリーカードが入っていないのだ。液晶画面に『メモリーカードを挿入して下さい』という表示が出ている。
電池はサービスでくれてよこしたが、さすがにメモリカードはそうは行かなかった。それにあの店には適合するメモリーカードがなかった。
「仕方ない、明日買いに行くか……」
斗馬はそう呟いて、黒い光沢を発するカメラを眺めた。
斗馬は購入したデジタルカメラをすこぶる気に入っていた。何と言っても高級機だ。不満な点は何もない。
大学にも持ち歩いてはキャンパス内の景色を切り撮ったり、時には友人達をファインダーに収めた。
彼は大学では写真サークルに在籍している。
みな一様にデジカメの高級機を持ち歩き、やっと斗馬もその仲間入りとなったわけだ。
とは言っても、大半はアイドルや素人相手の撮影会などでそのスペックは発揮される。
斗馬以外で真面目に風景写真を中心に撮るのは数人しかいなかった。
もちろん彼も人物撮影の一環として撮影会には参加したりするが、メインは風景だった。
去年はわざわざ冬の北海道へ雪山や動物を撮りに行った。
風景写真に興味のない連中は、口を揃えて「そんな所にわざわざ行く気が知れない」と言っていた。
「よう、記念に俺も撮ってくれよ」
昼のキャンパスで、友人の草加克が声をかけた。
「ああ、いいぜ」
2ギガのメモリーカードを入れた斗馬のカメラは、画像サイズをそれなりに上げても、持て余す容量だった。
かと言って、必要以上のサイズでスナップを撮る必要はない。
斗馬はバックから取り出したカメラを克に向けてシャッターを切った。
ほんの一枚撮ったところで、たまたま通りかかった知り合いの女の子が寄ってきた。
「ねぇねぇ、あたし達も撮ってよ」
「ああ、いいよ」
そう言った斗馬は、画像サイズをワンランク上げた。
克に混ざって一緒に写真を撮ったのは、長峰裕美子と平塚睦美だった。
最初の何枚かは三人の姿を撮ったが、その後個別で撮ってあげた。もちろん二人の女性がメインだ。
二人共以前から知り合いだったが、それまではただの顔見知り程度だった。しかし写真を撮ってあげた事で、彼女達とは今まで以上に親しくなった。
特に長峰裕美子は斗馬と気が合った為、急激に距離を縮めた。
学年は一つ下だったが、彼女は片親の為かしっかり者で、そのくせ時々甘える所が斗馬の心を何時もくすぐった。
小柄な彼女は、少し長い髪の毛をいつもアップにしているような、元気イッパイの娘で、その髪を解いだ時に見せる女らしさのギャップがますます斗馬の心を捉えた。
写真を撮ってから十日以上が過ぎて、その頃にはもう、斗馬のアパートには裕美子が頻繁に泊まるようになっていた。
その日も斗馬は彼女と一緒の夜を過ごしていた。
二人の気持ちが頂点に達しようとしていた時、突然斗馬の携帯が鳴った。
時刻は深夜の1時を回っている。
突然鳴ったコール音に驚いた二人は、現実に引き戻されて一瞬で冷めてしまった。
斗馬は着メロが嫌いな為、普通のコール音を用いている。もちろん、相手によって音の種類は変えてはいるのだが……
突然鳴った音は小気味よく途切れる感じの音で、それは男友達を示していた。
「なんだよ、もう……こんな時間になんだ?」
斗馬は裕美子の華奢な身体から離れると、ベッドの上から手を伸ばしてテーブルの上の携帯電話を掴んだ。
「はい…………えっ?」
電話を受けて直ぐ、斗馬の顔色が蒼白に変わるのが裕美子にもわかった。
「どうしたの?」
タオルケットを引っ張り揚げて胸を隠しながら裕美子も起き上がって、電話を切ったまま呆然とする斗馬に声を掛けた。
「克が……交通事故に遭ったって」
「草加くんが?」
裕美子も表情を強張らせた。
「それで、なんだって? ケガは?」
裕美子は矢継ぎ早に質問した。
「死んだって……」
斗馬はぼそりと呟いた。