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月香姫を探して  作者: 流山晶
第二章:豊穣祭
18/52

狂人

 待ち合わせの場所は、旧市街の広場の噴水。メルセデスが観光案内した時に最初にカナ達を連れて行った所だ。豊穣祭が始まり、広場には既に夜店がいくつか出ている。夕暮れの中、店先に吊るされた発光石が黄や緑の光を放ちはじめる。


「やあ。よく来てくれたね」

ホセの軽い口調に、身構えていたカナは拍子抜けした。

「こんにちは」

カナは無難に挨拶を返した。

「王都の豊穣祭は初めてですか?」

「ええ」

「そうですか。では、楽しんでください。見どころは色々ありますが、今日はまだ二日目ですから、準備中の所が多いんですよ。でも、折角ですから、道すがら覗いていきましょう」

そう言って、ホセは歩き出した。

 どこか吹っ切れたようなサバサバした態度に違和感を覚えつつも、カナはホセの隣を歩いた。


 露店の場所割りは済んでいる。広場はもちろんのこと、公園にも場所割り用のロープが張られているのだ。開いている店の数こそ少ないが、それでもこの辺りの風土と都のプライドが伺える。ヤシの実やマンゴーの種を加工した民芸品、養殖ワニの革製品。インテリア用の発光石は様々な意匠が施され、美術品と言っていいレベルだ。


 珍しいものに目を輝かせ、ホセの巧妙な説明に関心しつつも、カナは視線を感じていた。広場からずっと、同じ気配がカナ達を追いかけている。カナを狙っているのか、あるは、もしかしたら、ホセの仲間かもしれない。

 製薬の実技試験の時、ホセは手洗いで製作済みの薬を入手したから、仲間がいるはずだ。少なくともホセとその仲間にカナが恨まれているのは間違いない。それでも、今のホセの吹っ切れたような態度を見ていると、不正をさせなかったのは正解だったとカナは思った。


 木の香りのする店だった。チーク、マホガニーといった材木を使った多種多様な木工製品が陳列されている。トラの置物や、荒削りの一刀彫もあれば、精巧な聖女オルレアンの像もある。特に人気があるのは、湖に血をささげる像で、庶民の家に飾られていることも多い像である。

 ホセは、旧知であるらしい店主に一言いうと店の裏口から名残惜しそうにしているカナを連れ出した。彼も尾行には気がついていたようで、気配が無くなったのを確認すると、ほっと一息をついた。


 老いた露天商が公園内の水路で水を汲んでいる。頭に白布を巻き、腰に小さな藤のびく吊り下げている。その老人が一杯になった天秤桶をかついでよたよたと歩きだす。

「ちょっと、見てみよう」

そう言ってホセは天秤桶を担いで歩く老人を追いかけた。

 老人は汲んできた水を、小さなベッドほどの平たい水槽に注いだ。ホセとカナに気づいてニヤリとする。

「そこの若いの。ちょっと手伝ってくれんかのう?」

老人の言葉に、待ってましたかとばかりに、ホセがすぐに答える。

「水ですよね。私が汲んできます」

そして、カナにちょっと待っていてくださいと言って、天秤桶をかついで、すたすたと行ってしまった。

「やはり、若者はきびきびしておるのがいいのう。お嬢ちゃんはどうかね」

のんびりした口調とは裏腹に眼光は抜け目なく光っている。カナは刃引きされた練習剣のつかにそっと手をやって

「たぶん、違います。おっとりしていると言われますから」

と答えた。

「その剣では何も切れまい」

 老人は小さく呟やいて、何事もなかったかのように、荷をあさりだした。薄く水のはった水槽に格子状の木枠を置くと三行三列の升ができあがる。升と升の間には差し込み式の板があり、それを取り外せば隣の升とつながる。

 一体、この水槽で何を売るのであろうか。この世界で水風船は見たことが無い。キトの夜店で見た金魚すくいは、こんな格子状の水槽は使っていなかった。水垢のついた水槽は不衛生で食品を入れるようには見えない。カナが思案しているとホセが戻ってきた。

「爺さん、たっぷり、汲んできましたよ」

「ご苦労、ご苦労」

老人はそう言って、桶の水をすべて水槽に開けた。

 菜箸のように長い箸を使って、小袋一つ一つから紐のようなものをつまみだして、ぽんぽんと升の中になげ入れていく。長さは二十センチほど、淡い褐色の地味な物もあれば、赤黒のストライプ、光沢をもった緑色のものもある。


 それがくねくねと動いている。


「へ、へび」

カナが小さく叫び、ホセの背側に回り込む。

「そう、水へび。闘蛇とうじゃさ」

ホセが眼鏡のブリッジを押し上げながら説明を続ける。

「へびとへびを戦わせて、どっちが勝つかを賭けるんだ。バモーでは兵士たちに人気があって、年中やっていたけど、シエーナで見るのは初めてだなあ」

「そうじゃろう。都でやっておるのはわしと息子だけじゃからな。今日は、客集めに見せるだけだが、明後日辺りからは戦わせるぞ」

老人は自慢そうにそう言って、目を細めた。

「そうじゃ、折角じゃから、良いことを教えておいてやろう」

老人がにたりと笑う。

「ほれ、真ん中のヤツ。ちっこいヤツだ」

ホセが覗きこむ。カナもホセの背後からこわごわと覗く。他のヘビよりもずっと小さく、体長は十センチもない。体色は鮮やかな青、目だけが異様に赤い。

「じいさん。もしかて、これは妖変?」

「ほほう、ようわかったのう」

「禁制品では?」

「さあ、どうじゃろう」

と老人はとぼけた。

「妖変なら…… 優勝は決まったようなものだな」

この体長だと相手に一飲みにされていまいそうだとカナが考えていると、ホセが説明した。

「うろこは普通のナイフでは刃が立たないほど固い。一飲みにされても、相手の腹を食い破って出てくるだろう」

 カナはその光景を想像し、口に手をあてた。

「ごめん、ごめん。行こうか」

ホセはカナの肩に手をかけて、後ろを向かせて老人に挨拶をした。

「じいさん。ありがとう。また、来るよ」

「あまり、刺激せんほうがええぞ」

老人がわけのわからない返事を返した。


 無言で歩くカナとホセ。夜風がカナの黒髪をそよそよとゆする。ホセがまるで独り言のようにつぶやく。

「小さいものが大きなものを食らう。弱いと思われていた者が強者に牙をむく。まるで俺みたいだな。王国は何もしてくれなかった。外面そとづらだけの騎士は、嫌なこと、危ないことは兵士に押し付ける」

カナが顔をあげると、ホセは真っ直ぐ前を睨んでいた。その視線の先にはただ闇があった。ホセが闇の続きを語る。

「マリアは金遣いの荒い女だった。出会ったころは、純真な女だと思ったんだが…… 娘が生まれて、術師の使い走りの収入ではとても足りなくて、兵役に出た。最初の兵役は真面目に務めたよ。報奨金がでる魔獣退治に積極的に出て…… 結局、金を貢いだだけだったなあ」

 ホセは、一定のスピードで歩き、カナがついていく。暗い路地裏、腐敗臭も気にせずにどんどんホセは歩いていく。

「二回目の兵役はひどかった。妖変蝶の燐粉を吸いこんだんだ。高熱が出て、気がついた時には、嗅覚がなくなり、旅団を追い出されていた。補償とか責任とか、色々あって…… 臭いものにはふたをしたいって感じだった。まったく、ひどい話さ」

 カナは、ホセが振り向きもしないのに頷いた。

「そんな俺を拾ってくれたのが聖オルレアン協会。もちろん、協会にだって打算はある」

「打算?」

カナの問にホセは答えず、目の前の何の変哲もない扉をノックした。ゆっくり、四度ノックする。

 すぐに、男が出てきた。肌は浅黒く、口髭を蓄えている。ホセの顔をみると何も言わずに招き入れた。

 室内は奥へ広がっていて、意外に広そうである。手前にカウンターがあり、小さな引き出しのついた棚が横の壁に備え付けられている。奥には作業場らしき屋外スペースが見える。床には、乾燥した種やら、干物やらを入れた袋がいくつも並べられているが、値札もないから、この店は卸売りなのだろう。

 独特の匂いが部屋に満ちており、カナがすぐに嗅ぎ分けられただけでも、二十種類以上の匂いがした。

 そこは、薬屋であった。

 一体、薬屋で何をするのだろうか。カナが問を発する前に、ホセが口を開く。

「さて、下でくつろぎながら話をしましょう」

ホセは地下へ通ずる真っ暗な階段を指さした。

 ホセが手すりに触ると、階段の明かりがつく。発光石と起動石を組み合わせたものだ。これがあれば、一々カンテラを持ち歩かなくて済む。

「練習用の剣は邪魔でしょうから、その辺にでも置いておいてください」

と言って、ホセは腰に下げていた、細身の直剣を階段の入り口に立てかけた。カナは、ホセの態度に違和感を感じながらも、持ち歩いていた練習用の剣を隣に立てかけた。

「アリ、特製の紅茶を出してくれないか」

とホセが指示すると、アリと呼ばれた男は無言で頷いた。


     *    *     *     *


 いくつもの発光石で明るくした室内で、ビックママが座ってテーブルの上に広げた何枚もの地図を見ている。その周りにエドと迷彩柄のTシャツを着た筋肉男が立って、地図を覗きこんでいる。

 エドがビックママにひそひそと話す。

標石しるべいしは失敗でした」

「ほう、どうして失敗した? 最新式の石だと言っていたと思うが」

ビックママはエドを見上げて言い足す。

「半スタジオン内であれば、石の方位とおよその距離が分かると豪語していたではないか」

エドは、苦虫をつぶしたような顔をして

「ええ、でも、気づかれました」

と答えた。

「標石は?」

「見つけました。ですが、標石は下水道内に落ちていました。おそらく、どこかの時点で石に気づいて、わざと下水道に捨てたようです」

「ふ~む。気づかれては仕方がない。するとこの地図に書き込まれた標石の方位情報も、どこまで信用してよいかわからぬと言うことか?」

「ええ、そう思われます」

あっさりと作戦の失敗を認めたエドに、ビックママは怪訝な表情を浮かべる。

「で、次の手は?」

エドは、ほんの少し口角をあげる。

「今日は、カナを尾行させています。ナパからの情報では、今晩、カナは誰かと接触するようです。それでなくても、囮の役目は果たしてくれるでしょう」

「相手は?」

「分かりません。ですが、ナパに言えない相手だとすると、例の男かもしれません」

「カナを攫うかもしれぬと言うわけか。不確定要素が大きいな」

「うまくいけば、青靴会のアジトが割れます」

 今まで黙っていた筋肉男が口を開く。

「青靴会か…… アジトが見つかって、何をたくらんでいるか分かればいいんだが」

「そうだな。やはり、ヒロシでも心配か?」

ヒロシと呼ばれた筋肉男は顎に手をやり宙をにらむ。

「そりゃそうさ。アカデミーの内部生はもちろんのこと、外部受験組も、頭でっかちな専門バカが多いからなあ」

「専門バカ?」

「ああ、そうさ。勉強ばっかりしている専門バカさ。あいつらは、素直で馬鹿正直だから、騙されやすいんだ」

「それで、心配で、この捜査に加わったわけか?」

「そう。それに、ママのご指名もあったし」

そう言って、ヒロシはビックママにほほ笑んでみせた。ほほ笑むと意外に愛嬌のある顔になる。彼女は、

「ふん」

と相槌を打った。当然とでも言いたいようだ。

「本当は、明日は剣術の実技試験をしなくちゃならないから、都合はよろしくないんだけれど、俺の都合で青靴会が動いてくれるわけでもないし……」

もっともらしいヒロシの言い訳も、長年つきあっているエドには通じない。

「実は、わくわくしてしょうがないのでしょう?」

「よく、わかったな」

言い当てられたヒロシは短く刈り込んだ頭に手をあてた。


 突然、扉がバタンと開くと、商人風の男があわてて入ってきた。

「ヒルシュ様!」

「どうした?」

「見失いました」

「なに!」

男の報告に、エドは思わず大きな声を上げる。その声の大きさに彼自身が驚き、そしてすぐに声を落として言った。

「カナを見失ったと言うのですか?」

「はい、申し訳ありません。百人町の木工屋に入って、いつまでたっても出でこないと思ったら、裏口から出て行ったようです」

「百人町の木工屋か。後で調べておいてください。協力者の可能性が高いですから」

「はっ!」

「下がっていい」

エドは、金髪をかきあげる手を途中で止めて、

「そうだ! ちょっと待っていてくれ。カナに持たせた標石の試作品を使おう」

と言い足した。

「試作品?」

とビックママが聞くと、エドは説明を始めた。

 カナに持たせた剣の鞘に試作品が仕込んである。試作品では方位はわからないが、石が一スタジオン以内にあれば、対石が発光する。その対石を持って、街中を走るというのが彼の思いついた計画だ。およそ二スタジオンの間隔で平行に街を横切れば、どこかで反応を拾えるはずと彼は言った。

 発光を捉える事ができれば、その発光の強さで近いか遠いかはわかるから、場所を探り当てるには十分使える。唯一の難点は時間がかかる点だ。

 試作品に同調する対石は全部で四つあるから、三人一班の四班に分かれて馬で街中を駆けながら探せば無駄が無い。一つの班が見つければ、残りの班が合流して探索に参加すれば場所を突き止めるは速いだろう。一班を三人構成にしたのは、二人を連絡役にするためである。

 携帯電はもちろん固定電話もないこの世界で、情報収集と伝達に多大な労力を費やすのはいたしかたないことである。そして、そうやって得た情報は武器となる。

 エドの指示に、十一人の部下とヒロシが街へ散っていった。


     *    *     *     *


 アリがカナとホセの前にティーカップを置いた。

「さあどうぞ。この店特製の紅茶です」

カナは湯気のでるティーカップを口元に持って行って、香りを嗅いだ。

「あら、パイナップルの香りがするわ」

「今日はパイナップルですか。この店の特製紅茶はフルーツのフレーバーをつけているのですよ」

匂いがわからないはずのホセも匂いを嗅ぐ真似をした。

 カナは目をつぶり香りを吟味する。

「いい香り。あら、なにか別の香りもほんの少し混じっている…… 焦げ臭いような香り、知っているような気がするけれど……」

「おや、そうですか。調合に不手際があったのかもしれない」

ホセがアリに目配せをすると、アリは肩をすくめた。

 ホセは一旦、持ち上げたカップをテーブルへ戻す。

「でもパイナップルなら私は遠慮しておきましょう」

「どうして?」

「いや、私は、パイナップルアレルギーなので」

「アレルギーじゃしょうがないわね。それじゃ、私だけいただくわ」

カナは一口を口に含んで、ただならぬ薬草が入っていることにすぐに気がついた。嚥下せずに吐きだそうとしたところ、ホセが顔をぐいと寄せてカナの顎に手を当ててきた。

 ホセの顔に吐きだしてはいけないと思ったのと、ビックリしたのとで…… カナは飲みこんでしまった。

 混じっていた薬草は、夢種ゆめだねの主成分として使われるもので、筋肉を弛緩させる効果と強い幻覚作用を持つ。夢種は、白昼夢を見られるトリップ種の一つで、依存性を持つことから禁制品になっている。

 この薬草は独特の焦げ臭い匂いを持つ。幸い、カナが飲んだ紅茶では、その匂いわずかであり、入っていた量はたいしたものではないと思われる。パイナップルのフレーバーをつける時に、誤って薬草が混じってしまったのかもしれないが、起こりうる事態を考えると軽いミスとは言えない。

 念のため、カナはお腹に手をあてた。


「どうです? 薬草が入っていたのが分かりました? 夢種に使われるものですよ」

「……」

ミスではなく、わざと飲ませたと言うことなのだろうか。

「さらに特殊な精製過程を入れていて、匂いと味がほとんどしないようになっています」

「……」

カナの額には玉のような汗が浮かんでいる。

「その意味がわかったようですね。でも、カナさんを捕えるだけならそこまでする必要はありません」

「捕える?」

「そう。そして……」

 ホセはぞっとするような笑みを見せた。その悪魔のような笑みにカナは既視感を覚えた。ずっと昔に、同じような光景を見た気がした。

 結果的に、カナは油断していた。試験が終わった直後に、ホセに話があると言われた時はもう少し警戒していた。不正行為を阻止したのだから、仕返しされるかもしれないと警戒していたのだ。それが、徐々に警戒心が薄くなり…… 油断した。

「どうするの?」

そう言いながらカナは筋肉を静かに緊張させ、室内の配置を確認した。

 テーブルをはさんで正面にホセ。右手にアリが立っている。倉庫のような部屋には武器になりそうなものはないが、カナのブーツポケットには黒月晶石製ナイフがある。アリが腰に下げている短剣も使えるかもしれない。どちらにしろ、逃げるには、アリの背後の扉を抜け、階段を上がらなければならない。

 カナの思考はパチッという音で中断させられた。ホセが指を鳴らしたのだ。あっと叫ぶ間もなく、カナの背後から蔓のようなものが伸びてきて、カナの足首、腰、胸、首を椅子に縛り付けた。さらに、二の腕、肘、手首と順に拘束していき、あっという間にカナは動けなくなった。蔓はあらかじめ椅子に仕込んであり、それが、指を鳴らすことで発動したのだろう。


「はっ!」

と気合を入れて、蔓を断ちきろうとしたが、かなわなかった。

「その蔓はかずらの中でも丈夫な種類ですから、刃物でもない限り常人には切れませんよ。夜は長い。ゆっくりお話ししましょう」

ホセは、カナのブーツポケットから黒月晶石をすばやく抜き取り、それをアリに渡しながら、

「これは、上に持って行ってくれ。それから、例のものを用意してくれ」

と命令した。アリは、短く返事をする。

「かしこまりました。ガルシア様」

 その苗字にカナは聞き覚えがあった。何かとても重要なことに関連しているような気がした。


アリが出て行く。

「あなたのおかげで、今日の製薬は提出できませんでした。落ちるのは確実です」

ホセが冷静に話し続ける。

「あなたは私の将来を台無しにしました。死をもって償っていただきたい所です」

ホセは眼鏡のブリッジを押し上げ、カナを睨みつけた。

 その時、ホセの胸元が淡く光った。ホセはあわててその光を覆い隠した。光ったのは双子石である。

 カナの頭の中で線がつながった。ホセもメルセデスも双子石を持っている。同じガルシアという姓を持つ。メルセデスのパパは兵役でバモーの森に行っているはずだった。ホセもまた、兵役でバモーに行ったと言っていた。つまり、メルセデスの父がホセである。

 いや、もしかしたら、偶然かも知れない。父娘であれば、同じシエーナという都にいながら会わないはずはない。

 光が収まったのを確認して、ホセは口を開いた。

「人間は決して平等ではない。生まれながらにして祝福されている者と、生まれながらにして呪われた者がいる。神がいるとしたら、不公平な神だと思います…… あなたは異界人だ。特別な存在ですから、色々使い道があるのです」

「私が異界人だと知っていたの?」

「もちろん。あなたをさらうよう指示されていました。市場にいた時から狙っていましたが、まさか、試験場で隣り合わせになるとは思いませんでした」

 ホセはカナの飲んだカップを取りあげて持ち上げる。

「カナさんが飲んだのは二オンスぐらいでしょうか。十分効果のある量ですね。ざっと見積もって五分もすれば、立っていられなくなりますから、そろそろ効いてくる頃でしょう」


 筋肉から力を抜く。

「さて、それじゃ、僕はアリを手伝ってきますよ。彼は、もっと強力な薬、強力な依存性が出るやつを用意しているはずです。協会にとって異界人は従順でないと困るらしいです」

「どうして?」

カナは、すかさず疑問を呈した。

「異界人は特別です。だから、継承者に据えたいと思う者がいる一方で、異界人は体内に多量の精霊素を宿すことができると思う者がいる」

「……」

カナにはホセの言葉の意味がよくわからなかったが、それを理解する間もなくホセは話し続ける。

「どちらもくだらない。異界人を手なずけようとするなどくだらない。最初から異界人などいなければ簡単なのです。僕は、アリの用意する薬を心臓まひを引き起こす猛毒にすり替えるつもりです。あなたは二度と目が覚めることはないでしょう。カナさん、あなたには薬が効きすぎてショック死したことになってもらいます。僕の人生を台無しにしたのですから、そのぐらいは償って貰いましょう」

「そんなことをして、ただで済むと思っているの。それに、まだ、やり直せるはずよ」

「やり直しなんて、そんな地味なことは性に合いません。あなたを殺し、マリアを殺す。ついでに、おかしいな理事達を殺すのも面白いかもしれない」

「く、狂って…… いるわ」

カナの声が弱々しくなっていった。

「そう狂っている。でも、考えてみてください、人は遅かれ早かれ死ぬんです。一度くらいは狂ってみても面白いでしょう」

ホセのセリフの途中で、カナは頭をたれた。

「ようやく、薬が効いてきましたか。これから、狂人が主役の劇が始まるのですが、お見せできないのが残念です」

ホセはそう言い捨てて部屋を出て行った。


 扉の閉まる音を確認して、カナはゆっくり、頭を上げた。そして、ふーと一息つく。

「主役はあなたじゃないわ。私よ! って言いたいところだけれど…… 胃が痛い」

そうつぶやくカナは苦しそうな表情を浮かべている。眉間にしわがより、額には玉のような汗がいくつも噴き出ている。

 カナは飲まされた薬が熱に弱いことを知っていた。だから、精霊素の働きを使って、自分の胃の中身を沸騰するまで熱くし、薬効をなくしたのだ。おかげで、胃が文字通り燃えるように熱くなり、キリキリと痛むが、薬に支配されるよりはましだろう。

 カナは、もう一度気合を入れ、足と腕を動かしてみるが、体を縛り付けている蔓はカナの馬鹿力でもびくともしなかった。

 手首に食い込んだ蔓をじっと見ながら、カナは独り言を続ける。

「それに、もし、あなたが本当に狂ったのなら、誰かが止めなければ…… 理不尽な

犠牲者はあの時の私だけで十分だわ」

 カナは思い出していた。この世界に来る直前に白いスーツの男に刺されたことを。そして、ホセの笑みがその男の笑みに似ていることに気づいた。

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