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月香姫を探して  作者: 流山晶
第一章:修行
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美少女と美女

 人生において、一度や二度は『狂う』ということがある。現代日本であれば、受験勉強だったり、ゲームだったり、恋だったり、祭りだったり、部活だったり。自らの精神を追い詰めて一点に集中させたり、睡眠不足のはずがなぜか頭が冴えわたってしょうがなかったり、次々と新しいアイディアが湧き出て書きとめる間もなかったり、相手の名を書いて勝手にドキドキしたり、筋肉痛が嬉しくてしょうがなかったり。

 そうやって狂った時期が過ぎると、人はこれまでとは異なる次元に立っていることに気づく。いや、自分では気づかないことも多いかもしれない。それでも周りは気がつくものである。精悍だとか、丸みを帯びたとか、色気があるとか、どこかしら、顔に出るものである。

 度が過ぎなければ狂うことは悪いことではない。否、わざと狂うことにより己を成長させることもある。しかし、度が過ぎないということ自体、狂うこととは相容れないのもまた事実である。


 カナは狂うことにした。それは、初恋の悲しい結末を忘れるためであり、元の世界を忘れるためであり、ふがいない己を忘れるためでもあった。

 生来の集中力と熱中癖が人為的な狂気と結びつき、さらに容赦のない師匠の指導が合わされば、はたから見れば非常識なことが起きる。


 座学に集中した時は、一週間で数百ページを暗記した。元々、記憶力は良かった。それに磨きがかかり、ビックママが呆れるほどであった。そんなわけで座学は週に一日となり、残りは実技であった。探り、薬作り、護身術を学んだ。


 『探り』に集中した時は、毎回失神するので、必ずナパがつくようになった。剣術は初歩をナパに習い、あとは我流で武器を振り回した。重い石槌を振り回すのが好みで、武術ではなく筋トレではないかとナパが指摘すると、その通りだとカナは答えた。


 なんだかんだ言って、カナはナパには相当世話になっている。本名はナパポーン・カウ。年はカナと同い年で、薄い金髪をポニーテールにした美少女である。本業は住み込みのお手伝いさんだけれど、剣も使えて、薬草も知っていれば、探りもできる。家事は、ほとんどナパがやっているし、燃料用の月晶石作りもナパの仕事である。

 一方、カナは巫女になるための修行、座学と実技だけをしていれば良いとビックママから言われている。本当にそれでいいのだろうかとカナは思っていた。


「ねぇ、ちょっと訊いてもいい」

ナパが用意してくれた蒸しタロイモにココナツクリームを載せながらカナは尋ねた。

「何?」

と笹の葉のお茶を入れながらナパが応じる。

「いつも、思うのだけれど、ナパってよく働くわね」

「う~ん、そうかしら…… そうかもしれない。じっとしているのが嫌いなのだと思う」

「どうして?」

「前にも話したけれど、あたしの両親は孤児院を開いているの。じっとしていられないのはその時の習慣だと思う」

「習慣?」

「孤児院には、色々な年齢の子供が来るの。心に傷を負った子も多いわ。でも時間がたつとみんな働き出すの。働くと言っても、小さい子ばかりだから、できることは限られている。配膳を手伝ったり、水を汲んだり、もっと小さい子に勉強を教えたり。大きな子、あたしぐらいの子は卒院して出ていくか、孤児院の職員になっているわ」

そう言ってナパは、タロイモをほおばった。アツアツのタロイモはあっさりしているが、濃厚なココナツクリームと組み合わせると、癖になりそうなデザートとなる。

 カナは前から気になっていたことを尋ねた。

「ナパはどうして職員になって両親を手伝わなかったの? その方が、親は喜んだんじゃないの?」

ナパは、タロイモを咀嚼しながら、灰色がかった瞳をさまよわせた。いつもの凛とした表情が緩み、陰りを帯びている。

「う~ん。お兄ちゃんが出ていったから、親はあたしには残ってほしかったらしいのだけれど…… 孤児院が嫌になったの。カナとロージの場合と同じよ」

「へっ?」

思わぬ名前にカナは奇声を発した。

「つまり、失恋よ。しかも相手は元孤児の職員。小さい頃に孤児院に引き取られたから幼馴染と言ってもいいわ。その彼に振られたのよ。気まずいったらありゃしないわ」

「……」

職場恋愛のようなものだろうとカナは想像した。それにしても『失恋』とは意外だ。ナパのような美人でも振られることがあるのだろうか。自分のような顔も体も平凡で幼い女がロージに振られるのとは訳が違うとカナは考えた。

 沈黙してしまったカナを見て、ナパはあわてて言い足した。

「あっ、ごめん。カナとロージの場合は、相思相愛だから失恋とは言わないわね」

「へっ?」

想定外の言葉に再びカナは奇声を発した。

 宙を睨むカナ、口を滑らせて後悔するナパ。ナパはあわてて自分の話をした。孤児院の後援者だったビックママがたまたま人を探していたこと、自分に才能があるのであれば、巫女になりたいと思っていたことなどを説明したが。カナがナパの話をちゃんと聞いていたかは怪しい。

 カナは『相思相愛』とナパが言った意味が理解できなかった。頭の中でその思考がぐるぐる回っていたから、ナパの話が頭に入らなかったのは確かである。容姿に自信の無いのはもちろん、精神もやわで幼いし、何よりロージが大怪我を負う原因となったのは彼女だった。だから、ロージに愛想を尽かされ、彼が出ていったのだと思っていた。ロージが出ていった意図を理解できないという意味では、カナの精神が幼いのは確かである。確かではあるが、十六歳という年齢相応でもある。


     *    *     *


 家から出ていく村人をビックママは渋い顔で見送った。彼女は巫女として生計を立てているわけではないが、村の巫女で対応できない場合は、彼女が対応する。法外な費用を要求するから、持ち込まれる依頼は難しいものが多い。難しければ難しいほど笑顔が浮かぶのがビックママのビックたるゆえんである。

 今回の依頼は難しいものではない。だから渋い顔を見せている。どんな薬を作ればよいかはわかっているし、珍しい薬であること、彼女の腕が必要なことも理解できるが、面白みはない。必要な薬草のいくつかが、採りたての新鮮なものでなければならない点が面倒な点である。手元にある干からびたものは使えない。彼女はため息をついた。

 ふと、外に目をやるとカナとナパが稽古をしていた。ナパは愛用の短剣を構え、カナは直剣を構えている。二本の刃が鈍い輝きを放っている。

 ビックママは窓を開けた。一見すると二人とも互いの間合いを読んでいるようだが、よく見れば、カナの方は手が震え、剣先が揺れている。

「だめ、やっぱりだめだわ」

そう言って、カナは剣先を下げた。

「前よりはじっとしていられる時間が長くなったし、刃に対する恐怖心が減ってきたのじゃない?」

ナパは、笑顔を作って短剣を鞘に納めた。

 カナは納得しないとでも言うように頭を振る。黙って直剣を木製のベンチに立てかけ、愛用の石槌いしづちを二本、両手に握る。樫の柄にカボチャ程の平たい石を結わえつけた手製の槌である。鍛練用のものであり、槌としては役に立たないはずであった。右腕で一本の石鎚を振り回し、そして左腕でもう一本の石槌を振り回し始める。一見すると無茶苦茶に振り回しているようだが、無駄がなく無理のない動きである。無理をすれば、よほど筋力があっても関節を痛めてしまうものである。もちろん槌を振り回すには人並み以上の筋力は必須である。

 カナは好んで筋肉を鍛えた。その理由が、胸を大きくするためだと言うことをビックママもナパも知らない。

 ナパが声をかける。

「ちょっと、カナ。こんな所で振り回さないでよ。危ないじゃない」

以前、カナが手を滑らせ、石槌がナパを直撃しそうになったことがあるのだ。危険度という意味では、ナパの短剣よりも、カナの振り回す石槌の方がよほど危ない。

「わかった」

そっけない返事に機嫌が悪いと知れる。カナは気合を入れた。

「やあ!」

切り株の上の直径二十センチほどの木に石鎚が振り下ろされる。いわゆる薪割りだ。柄の先につけた石には鋭利な刃などない。薪なんて割れるはずがない。ナパもビックママもそう思っていた。

 ガッという音ともに石が木に食い込んだかと思うと、スパッと木が割れ、飛び散った。

「えっ!」

あぜんとするナパをその場に残し、カナは黙ったまま石槌と直剣を持って納屋に行ってしまった。

 薪割りにはコツがある。十分木を乾燥させること、木目にそって、真っ直ぐに刃を立てることである。木目に沿うというのは、木を読むことであり、小枝があるだけで幹の木目が歪むので簡単ではない。

 カナはそんな薪割りのコツを会得していたが、この時、薪を割れたのはコツだけではなかった。本人はもちろん、ビックママもナパも気がつかなかったのだが、カナは無意識に石先に精霊素をまとわせていた。気合を入れた瞬間に、その精霊素が一時的に凝集し、月晶石なみの硬度を得たのだ。なまくら刀を切れ味鋭い名刀に変化へんげさせる鋭変えいへん、剣術の奥義の一つである。もし、この場に鋭変を会得したロージがいたのならすぐに気がついただろう。

 その奥義もビックママには、ただの馬鹿力にしか見えない。薬作りの依頼を思い出した彼女はニヤリと笑って、納屋から出てきたカナに声をかけた。

「カナ、こっちへおいで」

カナはビックママと目を合わせると浮かない顔を浮かべた。ママが唇の右端を釣り上げて笑う時は、必ずマゾな修行が始まるはずである。そんな修行でも、大抵は素直に従った。それが必要なことがわかっていたし、なにより、修行がつらいとか、気がのらないとか、疲れているとか、そういった負の感情を素直に表に出すことができた。それに本当に調子が悪い時は修行を休んだ。


 日本の高校に通っていた時のカナは違った。周りと違うことを恐れていた。だから、周りと違う感情を押し殺していた。調子が悪い時も嫌な時も無理をして平静を装っていた。

 ビックママの修行に慣れてきたのも確かである。無理難題と思われた修行も丸一日かければ、大抵は何とかなった。

「薬草を採ってきてほしいんだよ」

「薬草ですか」

「そう、これだ」

ビックママは、二種類の干からびた根っこをカナに見せた。

甘草かんぞう麻黄まおうですね」

どちらも乾燥させた根が生薬の原料となる。ごくごく普通の薬草である。甘草の方は森の西側にある丘の日当たりのよい斜面に群生しており、麻黄の方は山を少し登った所にある崖の上に生えている。どちらも往復で半日はかかる所にあり、遠いのが難点である。

「量は少なくていいのだが、両方とも採れたての生のものが必要なんだよ。それも今日中に欲しい」

「えっ、今日中ですか?」

今すぐ出かけても、明るいうちに戻ってくるのは至難の業だ。

 カナと一緒に話を聞いていたナパが

「どちらか一方はあたしが採ってきましょうか?」

と救いの手を出すが、ビックママはニヤリと笑って冷たい答えを返す。

「いや、カナに任せたい。必要なのは一本ずつだから、群生地まで行かなくてもいいよ」

ビックママはヒントを出す。カナが

「どこか近くに生えているのですか?」

と問うが、ビックママは答えを教えない。

「さあ、どうだろうね。ナパは知っているかい?」

「う~ん。あたしも知らない」

「……」

腕を組んでカナは考え込む。

「とにかく、任せたよ。どんな手段を使ってもいいから今日中だ。参考のためにこれは渡しておくよ」

ビックママそう言うと、干からびた根っこをカナに渡して部屋に戻ってしまった。


 ナパがビックママを追いかけ、小声でビックママに話しかける。

「ママ、いくらなんでも一人で両方は無理じゃないでしょうか?」

「本当に無理だと思うかい?」

「えっ?」

「お前さんもやったことがあるじゃない」

「というと?」

「探りだよ」

「あっ!」

 ナパは思い出した。今回と同じように急に薬草が必要になったことがあった。群生地までは遠かった。そこで、探ったのだ。目をつぶって薬草を探す。意識を徐々に伸ばして望みの薬草を探していく。丁度、コンピュータの中を検索するように。そうやって、位置を探り当てた。行ってみて、本当にその場に薬草があった時の感動は今でも覚えている。そして、思い出すたびに笑みが浮かぶ。


 しばらく、黙考していたカナは、何やら策を思いついたらしい。家の中に入り、台所を物色する。出てきた彼女は特上の月晶酒と桶を持っていた。

「ママ、これ一本もらうわ」

「カナ、何を考えているんだ。子供が飲むものじゃないよ」

「私が飲むんじゃないわ」

「それじゃ一体…… 第一、その月晶酒は十年物の最高級品だよ」

珍しくビックママがあせっている。

「どんな手段を使ってもいいって、さっきママは言ったわよね。とにかくもらっていくわ」

そう言って、カナは出ていった。

 ビックママは舌打ちをして、ナパについていくように言った。


 カナが小走りに森の中を走っていく。それをナパが追う。ナパの方は息が荒い。カナは時々立ち止まって周囲をうかがう。探っているのだ。

 十分ほど走ったところで、カナ達はちょっとしたくぼ地に到着した。くぼ地の底にイノシシが一匹寝ていた。イノシシとしては小柄なのでまだ若いのであろう。

「ウリちゃん。親離れしたばかりよ」

カナは小声で説明した。ナパを制止し、一人でイノシシに近づく。イノシシは警戒心が強いから無用に驚かせてはいけない。

 カナがかがんで背をなでる。起き上ったイノシシは鼻をカナのブーツにこすりつけたかと思うと、カナが持ってきた袋をつつきだした。

「よしよし、いい子だから待っていてね」

カナが桶を取り出し、月晶酒を勢いよくそそぐ。十年物の最高級品にしてはぞんざいな扱いである。そもそも、イノシシに酒を飲ませる時点で間違っているのだが。

「さて、それじゃ、お姉さんのお願いを聞いてくれるかな?」

「お姉さん?」

ナパは思わず眉をひそめたが、それ以上は何も言わずに黙った。これから始まることを、じっと見ていようと考えたのだ。

 イノシシは、月晶酒をおいしそうに飲んでいる。巨大イノシシの『坊や』も月晶酒を好んでいたから、酒はイノシシの好物なのかもしれない。

「おいしかった? さあ、それじゃ、お姉さんと遊んでくれる?」

カナは袋から根を取り出した。

「さて、ウリちゃん、これは何だと思う? こっちの甘い匂いがする方が甘草で、あんまり匂わない方が麻黄。これを探して掘り出してほしいのだけれど…… えっ、私にも探せって言うの?」

イノシシはまるでカナの言葉を理解しているかのように頭を振る。

「そうね。それじゃ競争ね。最初はこっちの甘い方。いい? よーい、ドン!」

それを合図に、イノシシは走り出した。イノシシは知っているのだ。カナは桶と空き瓶を拾ってあわてて追いかける。ナパもそれを追いかける。

「ウリちゃん知っているみたいね。助かったわ」

カナは笑みを浮かべている。

「本当にあればね」

ナパは、イノシシが賢いとは思っていなかったし、カナの言葉を理解しているとは思えなかった。気まぐれで走り出したのだと思っていた。

 五分ほど、二人は必死でイノシシを追いかけたが、最後には振り切られた。それでも見失うことはない。カナは探りでイノシシの気配を探り当て、見えないイノシシを追った。

 うっそうと茂る森の中にぽっかりと穴があいたように、高木の無い空間ができることがある。固い岩盤が浅い所に埋まっていて根が張れなかったり、土壌が酸性で、植物の生育が悪かったり、色々な理由で木が育たないことがある。そういう空間は陽光が地面に届き、周りのうっそうと茂る森とは異なる植生が幅を利かせている。

 そんな場所に甘草があり、イノシシがすでに掘り起こしていた。カナは根を取りあげて、イノシシの背をなでた。

「さすが、ウリちゃんね。どこにあるか覚えていたのね。もしかしたら、お姉さんより賢いかもしれない。でも、こっちの麻黄はどうかしら?」

カナは掘り出された甘草を袋にしまって、代わりに干からびた麻黄を取り出す。ブヒブヒと鼻息をかけながらイノシシは麻黄を嗅ぐ。そして、今度は地面に鼻をつけて、歩き始める。あっちへふらふら、こっちへふらふら。匂いを探しているのだろう。

 カナは麻黄を鼻の所へ持っていき、目をつぶって深く匂いを嗅ぐ。

「かすかに匂うわね。ナパも嗅いでみて」

怪訝な表情を見せながらもナパはカナから根を受け取る。

「まさか、あたしたちも地面を嗅ぎ回るのじゃないでしょうね?」

ナパはちょっと匂いを嗅いだだけで、すぐに根をカナに返した。

「ウリちゃんとやり方は違うけれど、同じ匂いを探してみようと思うの」

「どうやって?」

「だから匂いを探すのよ」

 カナは、持ってきた干からびた根の匂いをもう一度ゆっくり嗅いでから、袋にしまった。そして、目をつぶって匂いを探す。意識を五メートル程先の地面に集中させ、さらに、ぐるっと回りながら匂いを探す。鼻で匂いを探すのではなく、頭の中で匂いを探すのだ。つまり、匂いを探るのだ。


 怪我や病気の治療の基本は診断である。巫女の場合、診断とは精霊素を介した『探り』である。訓練を受けた巫女ならば、体内の異常を捉える事ができ、例えば、胃壁の細胞の状態や意識を捉える事ができる。そうやって胃がんや胃潰瘍などの異常を発見するのだ。その探りの第一歩が植物や動物の状態と意識を知覚することである。つまり『開眼』である。

 一口に『探り』と言っても種々の側面があり、精霊使いの得手不得手もさまざまである。例えば、薬草を探るときに、薬草の形を探す者もいれば、薬草を色で探すもの者、匂いや味を使うものもいる。丁度、匂い付き、味付きの夢を見ることが少ないように、匂いや、味で探ることはあまりない。が、一流の巫女ならば匂いで探ることも可能だ。なぜなら、もっと難しいもの、捉え難いものを巫女は捉えなければならない。例えば、血液の中の赤血球、白血球、血小板。これらを捉えて識別できなければ治療等できない。そういう目に見えない抽象的なものでも探れるのが巫女である。


 イノシシは地面の匂いを嗅ぎながら、カナは頭の中で匂いを探す。ナパは頭の中の映像を見ながら探す。三者三様の競争が始まった。最初にイノシシがある方向へゆっくり歩きだす。匂いを辿っているから、真っ直ぐには進まない。

 次に動き出したのは、カナである。方位を見定めて一気に一スタジオン程(約二百メートル)走って立ち止まる。そこで、もう一度探る。また、一スタジオン程走る。

 だいぶ時間が経ってからナパが動き出した。口を真一文字に結んで、前方を睨んでいる。美少女には似つかわしくない険しい表情である。そして、大きなため息を吐いて駆けだした。薬草を探すのを諦め、カナ達のいる場所を目指すことにしたのだ。カナ達が五スタジオン程離れた所で動かなくなったのが探りでわかったのだ。

 ちょっとした岩山のくぼ地に一株だけ麻黄が生えていた。株数と距離を考えれば、ナパが探せなかったのも無理はない。

 カナが既に石槌で掘り出していた。掘り出した株を両手で頭の上に掲げて、まるで踊るように辺りを跳ねまわりながらイノシシに話しかけている。

「だめだよ、ウリちゃん。私の方が早かったんだから」

どうやら、カナが競争に勝ったようである。そのカナをイノシシが追いかけている。

「あっ、もしかして、麻黄はウリちゃんの好物だったの?」

ブヒブヒとイノシシが頷いている。

「しょうがないわね。今、堀ったのは、お薬にするけれど、ママからもらった方はウリちゃんにあげてもいいかもしれない」

そう言って、カナはナパを見つめた。ナパはしばらく考えて、頷いた。

 ナパは呆れていた。遠く離れた一株の薬草を見つけてしまう『探り』の能力は修行のたまものだとしても、訓練もしないうちに、イノシシと話をする『語り』の能力は天性の術師と言っても過言ではない。ビックママが強引に連れてきたのも不思議はない。そう思って呆れていた。ナパが嫉妬するような相手ではないということだ。

 自分の身をなげうってでも、この子、精神の幼いこの幼い子を守ってやらなければならないと、ナパは決意した。美少女が美女に羽化した瞬間、でられる者から愛でる者に変った瞬間であった。


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