初恋の人
冷火の淵で開眼できたことと、何度も気分が悪くなったことからカナ達は下山することにした。
久しぶりにカナはロージにおぶって貰った。ロージは二人の荷物も持っているから、相当な重量を背負っている。だが、彼には、そのぐらいの負荷が丁度良かった。もし、その重量が無ければ、脳裏に焼きついたカナの裸身が彼の中に眠る男を揺り起こしていただろう。
一方、カナの方は開眼するという目標を果たし、身も心もすっかり脱力していた。そして、最近の彼女にしては、珍しく饒舌になった。
「ねぇ、ロージ、私の話を聞いてくれる?」
ロージの肩に顎を載せ、半ば目を閉じてカナは囁いた。その息と柔らかな髪を首筋に感じつつ、ロージは努めて冷静にふるまった。
「ああ、なんでも聞くよ」
「私は、この世界と違う世界から来たみたいなの」
「知っている」
「でもよく似ているの。一年が三百六十五日だし、動物も植物もほとんど同じだし、言葉は私の知っている言葉を混ぜたような感じなの。ほとんど同じ、同じ地球という星のような気がするの」
「それじゃ、何が違うんだ?」
ロージの問にカナは考え考え答える。
「地球は地球かもしれないけれど…… 北極星が無いわ。正確に言うと、北極星が北極ではないの。それに月の模様も違うようだし…… そうだ、月蝕。私のいた世界では、こんなに頻繁に月蝕は起こらないわ」
「頻繁?」
「そうよ、ここでは二月に一度は皆既月蝕が起きるわ」
「当たり前じゃないか」
「どうして?」
「昔からそうだから」
「……」
話がかみ合わないと悟ったカナは話題を身近なものに変えた。
「地球や月や星の話は置いておくわ。本当はどの惑星系にいるかと言う問題だから、大事なことなのだけれど…… 私のいた世界とは、技術や文化が違う。例えば、電気やITがないし、自動車や飛行機もない」
「なんだい、その…… デンキとかヒコウキとか?」
「電気はあらゆる機械や道具に使われる。飛行機は空を飛ぶ乗り物よ」
「それが、無いと困るのか?」
「そりゃ~ 電気が無ければ…… 電話、遠くの人と話ができないし、夜は暗いし、お米が炊けないし……」
「だが、遠くの人と話ができなければ、手紙を送ればいいじゃないか。夜は暗いのが当たり前だし、必要ならランプを使えばいい。第一、暗くない夜だったら、眠れないじゃないか。米だって…… 俺は、デンキとやらが無くたって米を炊けるぜ」
「う~ん、そうかもしれない。あっ、でも、コンピューター! コンピューターは電気がないと動かないわ」
「コンプター?」
「コンピューターは何をする機械かというと……」
カナはインターネットのための機械と答えようとして、インターネット自体を説明しなければならないことに気がついた。そして、説明を諦めた。
ロージが
「そんなに、何もない世界なら、カナはさぞかし不便だろうな」
と半分皮肉交じりで応じた。
「不便と言われれば、不便なんだけれど…… この世界にしかないものもある」
「例えば?」
「精霊。私のいた世界で、今日みたいに木や動物の意識、霊を感じたことは無かったわ」
「そうなのか! 俺は、精霊使いじゃないから、植物や動物の霊と話はできないが、霊がいるのはわかる。霊がいないなんてことはありえないぜ。第一、人はいるんだろう。カナがいるぐらいだから」
「人がいるのは当たり前よ」
「なら、植物や動物に霊があるのも当たり前だ」
「……」
カナは途方に暮れた。その一方で、実際に植物や動物の意識に触れたカナにとって、ロージの言っていることの方が正しい気もした。もしかしたら、元の世界でも植物に霊があって、気がつかないだけなのかもしれない。
ロージが話題を変える。
「妖変魔獣は、カナの世界にいたのか?」
「いなかったわ」
「ならば、平和な世界だ」
「平和?」
カナはまたしても考え込んでしまった。確かに魔獣もいないし、技術も発達している。それでも人と人が戦うという戦争があった。とても平和とは言えない。
「魔獣がいなければ平和さ」
ロージのつぶやきに、カナが深く考えもせずに反応する。
「どうして?」
「そりゃ~ 魔獣がいれば…… 俺の娘は魔獣にやられたんだ」
「あっ、嫌なことを思い出させて、ごめんなさい」
カナは素直に謝った。ロージの娘が不幸な死を迎えたことは、ナパから聞いていた。また、ある時、ビックママが黒目、黒髪の美少女だったらしいと漏らしたのを覚えていた。そして、ロージが自分のことを娘のように思っていること、自分が娘のように甘えていることをカナは自覚していた。
「もうずいぶん昔の事さ。あまりに昔すぎて、俺にも娘がいたことを忘れることがある」
ロージは自嘲気味にそう言った。
カナは思い切って確かめることにした。
「私のことを娘のように思っているの?」
ロージはしばらく考えて返事をする。
「いや、そうは思っていない」
その返事にカナは落胆した。彼女のため息に気がついたロージは自分でも思わぬ言葉を吐く。
「娘ではないが…… 愛しい人だ」
「えっ!」
カナは絶句し、ロージは自分の本心と、それを漏らしてしまったことに驚愕した。しかし、カナの次のセリフに彼はさらに驚かされることになる。
「私も、私もロージが好き」
おぶわれたカナはロージの首筋にそっと唇を寄せた。それがカナの初恋となった。
* * *
ロージは元々農夫であった。鋸で大木を切り倒し、切り株を引き抜いて、鍬を振り下ろして大地を掘り起こしていた。そうして、がむしゃらに体を動かして、農地を切り開いていった。次々と農地が開拓されていくのが面白くてしかたなかった。そんなロージに巡礼中の巫女が惚れて妻となった。一人娘には、妻の故郷の花の名をとってサクラと名付けた。そして、誰もがうらやむ幸せな家庭を作った。
だが、一人娘が亡くなってからのロージは抜けがらのようだった。亡くなった原因をめぐって妻との口論が絶えなくなり、ある時、妻の顔を拳で殴った。口内を切った妻は手をあてて押し黙り、はっと気がついたロージはそのまま家を飛び出した。
放浪しながら、昼は日雇いの仕事をし、夜は酒場で浴びるように酒を飲んだ。ロージがビックママに会ったのはそんな酒場だった。
丁度、連れてきた護衛が怪我で抜けてしまい、ビックママは代わりの護衛を探していた。そこで、体格の良いロージに目をつけた。三日間だけの臨時の護衛だったはずが、いつの間にか剣を持たされ、彼はビックママ専属の護衛となった。そして、魔獣退治に喜びを見出すようになった。
そのうちビックママの護衛では飽き足らなくなり、魔獣を求めて、北部妖変地域のそばを巡った。その頃の彼を知る者は、彼を『狂った剣士』と呼んだ。魔獣に対峙する鬼気迫る彼の目は、魔獣よりも恐ろしかった。彼はサクラの夢にうなされるたびに、狂ったように魔獣を求めた。
二十有余年の歳月が流れ、ロージは娘の夢を見なくなった。魔獣に対する執念もきれいさっぱり無くなってしまった。再び抜けがらになりかけた彼を、幼馴染のクリスが見かねて、フエの町に呼び寄せたのだ。そこには彼を『狂った剣士』と指さす者はおらず、守備隊に剣術を教えたり、近所のガキの子守りをしながら静かに暮らしていた。
クリスの宿でカナと出会ったのはそんな時だった。会った瞬間に黒目黒髪のサクラを思い出したが、サクラとは正反対の暗くおどおどした表情に胸が痛んだ。
カナが小学校に通い出し、次第に明るい表情が増えていくのをそっと見守っていた。そして、子供たちの評判がよいのも聞いていたし、よく子供の相手をするロージには、カナの優しさがよくわかった。
カナが怪しげな男につけられて、ビックママの所に行くことになって、ロージはカナについていくと即断した。その表向きの理由は、カナが心配であったということだが、本当の理由は、守れなかった娘の代わりにカナを守りたかったのだ。しかし、さらに深層には、カナに惚れたロージがいた。ただ、それを自覚するには、あまりにも長い年月、愛情から遠ざかっていた。
* * *
ロージは油断していた。疲れと胸中の思いと、そして何より、久しく凶暴な魔獣と対峙していなかったことが油断を招いた。それでも、全く気がつかなかったわけではない。
突然、ロージが立ち止まる。異様な雰囲気を察したのだ。
「降りてくれ」
そう言って、カナを背中からおろした途端、左手から赤黒い何かが飛び出した。
カナをかばうためにとっさに左腕を突き出す。
手首の上あたりに鋭い痛みとサッカーボールほどの頭があった。
赤い目、表面を覆う鱗、大蛇がロージの腕に咬みついていた。巨体と赤い目から妖変魔獣であることが知れる。
「きゃっ」
カナの悲鳴が途中で消える。驚きで悲鳴も満足に出せない。
体長四メートル以上、その重みでロージの左腕が沈む。
「むっ」
ロージが右手で大剣を探る。宿った
探り当てた剣を革の鞘ごと振るう。大剣は、その重量と速度で相手を叩き切るものである。ストロークもなく、そばにカナがいる状況では、剣に速度を持たせることはできない。それでも、ロージの振り下ろす剣には威力があった。
「くそったれ!」
直径二十センチ以上の胴をしたたかに打たれた大蛇は、毒をもった牙を抜き後退する。
ロージは右手だけで器用に鞘を振り払って、剣をまっすぐに構えた。左腕の感覚はすでにない。
「活!」
ロージが気合を入れる。そして、目には狂気が宿った。
すべてが静止した中で、大蛇の真っ赤な舌先だけがちょろちょろと動く。
対峙すること一分ほど、大蛇は反転し、悠々と去っていった。
額に汗を浮かべたロージは、それを見届けて倒れた。神経毒が全身に回わり始め、体に力が入らないのだ。毒が回れば呼吸もできなくなるはずだ。
「腕を縛ってくれ」
仰向けになったロージは震えるカナに声をかけた。コクリと頷いたカナが荷物をあさる。その間にも毒が回り、ロージの呼吸が浅くなっていく。カナが二の腕をきつく縛るの認めたところで、ロージの意識が途切れる。
ロージが息をしていないことに気がついたカナは悲鳴を上げた。
「ロージ!」
その悲鳴は大気を振動させ、精霊たちを震えさせた。
書斎の窓は小さく、昼でも薄暗い。いくつものランプを机上に置いて、ビックママは老眼鏡をかけて手紙を読んでいる。ルチエン王国各地の妖変魔獣の活動に関する報告がアカデミーから送られてきたのだ。
風もないのにふっとランプの炎が一斉に揺らめく。ビックママは老眼鏡をはずし小窓の外に目をやる。そして、あわてて立ち上がって、居間へと急ぐ。
居間の鈴石は鳴動していないから森の中に異常はないのだろう。庭にでると、洗濯ものを干していたナパがじっと山の方を見ている。
「どうしたナパ」
「あっママ、何かが起きたのだと思います。森の精霊がざわついていました。でも、すぐに静まりました」
「よし、精霊の記憶を呼び起こそう」
そう言ってビックママは右手を大地に押し当てて、目をつぶり眉根を寄せる。すると、紫に染めた髪が光を放ち始めた。
「森の精霊たちよ、我が為に思い出せ。たった今聞いたざわめきの方位を示せ!」
風もないのに木々の枝葉がわずかに揺れ始める。まるで振り子のように前後、あるいは左右に揺れ始める。ビックママとナパは注意深く周りの木々を観察した。どれもがある方位を示していた。
「冷火の淵の方だな」
「何かあったのでしょうか?」
「そうかもしれない。ナパ、探れるか?」
「わかりました」
ナパは精霊使いではないが、『探り』が得意である。方位を絞れば、二十スタジオン(約四キロ)近くまで探れるから、並みの精霊使いを上回る。ナパが大木に両手を当てて目をつぶり、大きく深呼吸をしてから息を止める。
ナパの表情が歪む。何かを見つけたのだろう。さらに三十秒ほど額に汗を浮かべて探る。そして、大木から手を離したかと思うと膝をついて、荒い息を繰り返した。
「み、見つけました。人の気配が二つ、でもそのうちの一つはとても気配が薄いです。それと少し離れた所に魔獣の気配が一つです」
「距離は?」
ナパの息はまだ上がったままだ。
「た、多分、二十スタジオン以上」
「よくやった。あたしは出かける。ナパは休んでおれ」
「い、いえ、私も行きます」
「そうか。わかった。坊やを呼ぶから特上の月晶酒を二本用意してくれ」
「はい!」
ビックママは銀色の笛を取ってきた。ピーという甲高い音が三度、森に響く。
やってきたのは、体高二メートル以上のイノシシだ。ブオー、ブオーという鼻息で枯れ葉を舞い上がる。ナパが用意した桶に鼻先を突っ込んで中の酒を飲み始める。その間に、ブーツとパンツを穿いたビックママが手際よく鞍をつける。
「坊や、ひとっ走りしてもらうよ」
ビックママは弓と袋を背負い、鐙に足をかけ、体重をものともせずに、ひょいとイノシシの背に乗る。腕を一本差し出し、小柄なナパが両手でビックママの腕をつかむと、彼女は軽々と吊りあげられ坊やの背に載せられる。
「よし、走れ!」
ビックママが腹をけると、猛烈な速さで坊やが走り出した。大きく揺れる背から振り落とされないようにナパはビックママにしがみついた。そのビックママは坊やにしがみついている。
ナパは舌をかまないように歯を食いしばりながら、周囲の気配を探った。ビックママに全方位を探るように言われたのだ。盛大に揺れるイノシシの上で集中力を維持するのは困難であるが、魔獣に遭遇する危険を考えれば、探らないわけにはいかなかった。
集中力が途切れかけた頃に、ナパは気配を察知した。
「見つけました! 二人の気配を見つけました。もう少し右側、一スタジオンもありません」
「魔獣の気配は?」
「ありません」
「よし」
横たわるロージのそばにカナがいた。ナパには、その光景が理解できなかった。カナがロージに口づけをしているのだ。いや、口づけではなかった。まるでかまどに火吹き筒で空気を送るように、ロージの口に息を吹き込んでいるのだ。それが、息戻しの術であるとビックママから教えてもらうのは後日のこと。とにかく、カナが必死であることはわかった。
ビックママが坊やから飛び降りる。
「何があった」
カナが顔を上げる。目が真っ赤になっている。泣きはらしたのだろう。
「ロージが……」
言葉に詰まるカナをビックママが叱咤する。
「きちんと説明しろ!」
「蛇です! 大きな蛇に咬まれました」
ビックママが聴診器を取り出しながら
「どこだ」
と尋ね、カナが視線をロージの腕に移す。二の腕に紐が巻かれており、その先の腕に青黒い斑点が現れている。
「そのまま息を吹き込め」
そう言って、ビックママがロージを診始めた。袋から桜の葉を取り出し、2本の牙の痕に貼り、聴診器の青みがかった月晶石を当てる。すぐに桜の葉が濃緑色から赤褐色に変色する。三枚ほどそれを繰り返してから、今度はロージのはだけた胸の上に桜の葉を置き、同じことをする。変色するまでに時間がかかったが、何度かやっているうちにロージが呼吸を取り戻した。
ロージが意識を取り戻したのは、丸一日が過ぎてからのことだった。憔悴したカナは、ベッドで目を覚ましたロージに気がつき
「ロージ!」
と叫び、無精ひげの生えた頬に自分の頬を寄せ、静かに涙を流した。
そこへ、妖変蛇を退治し終えたビックママとナパが戻ってきた。
ロージは不思議そうな顔でカナを見て
「一体全体何が起きたのか……」
と呟いた。その彼をカナが嬉しそうに見つめていた。彼は、部屋に入ってきたビックママに気がついてこう言った。
「あっママ、ここはどこだ? このお嬢さんは誰だ?」
ロージは、ここ一年程の記憶を失っていた。
蛇の毒には神経毒と出血毒があり、その割合も濃度も蛇の種類によって異なる。妖変魔獣の場合、元々毒をもつ種はその毒の濃度が上がり、体が大きい分だけ量も増えると考えられている。
不幸中の幸いだったことは、咬みついたのが革の籠手だったことで、そのため、牙の刺さる深さが浅く、毒の量も毒の回る速さもましだったことである。ましとは言っても比較の問題であり、呼吸をつかさどる横隔膜を麻痺させるには十分だった。
呼吸が止まって、すぐに人工呼吸を始めなかったカナを責めるのは酷である。呼吸の停まっていた数分が軽い記憶喪失を引き起こしたのは、起こりえた最悪の事態を考えれば、いたしかたないことであろう。
それでも、カナは後悔した。すぐに人工呼吸を始めなかったことを後悔した。開眼したのに感覚を閉じて周囲の気配を探らなかったことを後悔した。そして、巫女になるための修行を真剣にしていなかったことを後悔した。
神経毒とは別に出血毒も含まれていた。それにより血液が破壊され、酸素がいきわたらず、筋肉の半分が壊死した。ビックママの治療により、一部は回復したが、完全に再生することはできなかった。リハビリをすれば、かなり回復するのは間違いないが、これまでのように大剣を振り回すのは難しいだろうとビックママはロージに告げた。
蛇に咬まれて一週間、カナは黙々と治療を手伝い、ロージの面倒をみた。そして、一通りの回復したロージはフエに戻るとビックママに告げた。
「やっぱり戻ることにした」
「そうかい、まあ、役割は果たしたから、それもいいだろう」
ロージは隣に立っているカナに声をかけた。
「カナさんにも世話になりました」
カナは世話になったのは自分の方だと答えようとしてやめた。どこか余所いきの口調にカナは改めて認識したのだ。カナが世話になった人、カナを愛しいと言ってくれた人、カナが好きだと告げた人は、もうどこにもいないのだということを。
目の前にいるのは、この一週間世話をした者に謝意を示す礼儀正しい男だ。
「カナさん、俺の剣を取ってきてくれませんか」
カナが出ていくのを待って、ビックママが口を開いた。
「正直に言って、お前さんが引いてくれてありがたいと思っている」
「何のことだ?」
ロージの疑問に彼女は答えずに話を続けた。
「あの娘は今修行中だ。だから余計なことは考えさせたくない。それに、あのぐらいの娘は気が変わるのが速い。だから、お前さんにとっても時間を置いた方がいいと思うんだ」
「俺にとっても?」
「ああ、そうだ。あの娘の幸せになってほしいとは思っているが、お前さんにだって幸せになってほしいんだ。お前さんには幸せになる権利があるんだよ。だから、いつか戻っておいで。そうさなあ、三年たったら戻っておいで。ライバルも多いかもしれないが、お前さんだって捨てたもんじゃないよ」
ロージは隠しているつもりだった。彼がカナに惚れたことも、記憶が戻りつつあることも。それが、ビックママにはすべてばれているらしい。
「ママにはかなわないな」
ロージは苦笑した。
カナが大剣を持って戻ってきた。ロージは革の鞘からほんの少し剣を抜いて輝きを確かめて、呟いた。
「結局、カナに合う武器は探せなかったなあ」
カナは、うつむいて後悔した。自分が銀色に輝く武器を持っていれば、違ったかもしれないと。
ロージの不用意なその一言の意味にカナが気づいたのは、ロージが去った次の日だった。そして、カナは、ひっそりと泣いた。
ロージ・スタンレー、実年齢は六十三歳だが、この世界の他の人々と同様に若く見える。カナには、三十代に見える。一方、カナ・マツシタは十六歳であった。