思い出化
「かあさん?来たよ」
そう言って白くて重たいドアを開ける
ここは大きな大学病院である
「…あら、こんにちは」
その第一声から、また俺は忘れられているのだというのを実感する
母は一年前から異常が見られ、診断されたのは『鬱からの記憶障害』だそうだ
それは年々悪化し、検査の結果、脳に腫瘍が見つかった
会うたび会うたび他人扱い
「こんにちは、今日も来てくれたのねぇ?」
「…うん」
「斉藤さんはお仕事何されてるの?」
…斉藤でもなければ社会人でもない。俺は高校生だよ
「…斉藤さん?」
「…俺、斉藤じゃないですよ?弘樹です」
「そうなの〜?あ、そうだ、この前ね、息子にこれもらったの。いかが?」
その息子は誰なんだ?
差し出されたのは箱入りのクッキー
もちろん見た事もない
「…ねぇ斉藤さん?ウチの息子ね、おっかしいの!勉強してないのに頭いいのよぉ!」
「…へぇ」
「でね、それは夫か私のどっちに似たのかなって昨日話してたの」
かあさん?
父さんはとっくの三年前に死んでるよ
それに俺は斉藤さんでもないってば
「…かあさん?」
「…どうしたんですか?そんな顔して、斉藤さんは笑ってる方が─」
「違うんだよ!斉藤じゃないんだよ!息子は俺だよ!なんなんだよ!…もういい加減にしてくれないか」
「…斉藤さん?」
「…俺…もう来ねぇから」
そう言って着替えの入った紙袋をその場に残し病院を出た
─その数時間後だった
母さんが亡くなったと言うのを聞いたのは
急に病状が悪化し、緊急手術したが、手遅れだったそう
「かぁ…さん?」
何人もが集まった病室
さっきも来た…病室
「…弘樹くん」
「…かあさん?」
周りの声も聞こえない
その日
母が死んだ
その日
一輪の花が散った
その日
たくさんの思い出が過去になった
母の声
母の笑顔
母の涙
母の思い
すべて
思い出になった