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赤い月  作者: 粉雪草
セシル編
8/10

中編

― 中編 ―


 部屋へと響き渡るのは甲高い音。

 どこか耳に心地良く、不快な感情を霧散させてしまうような涼やかな音色だった。

 音の発生源は、セシルが左手で握っている人差し指程度の太さの釘と、水晶色の結晶が削り合う音である。針を右手に握る金槌で叩き削っているのだ。音が鳴る度に削られていく結晶は、不揃いな形から、今では丸みを帯びた球体とその姿を変えている。

「すごい」

 作業を見つめていたアニタが感嘆の声を上げる。よほど驚いているのか、幼き少女は瞳をぱちくりとさせて魅入っていた。まるで瞳に焼き付けるようにして見つめる姿は、まさに歳相応だろう。

「触ってみる?」

 引き締めた表情を緩めたセシルは作業を一時中断する。

 するとアニタは一度躊躇いを見せるが、好奇心の方が勝ったらしく、ゆっくりと小さな手を結晶へと向けていく。

「痛くない」

 撫でるように触れたアニタの第一声は、それだった。

 おそらく削られた結晶のざらつきで指が痛むと思ったのだろう。実際には触れれば切れるほどに荒い部分もある。そのような部分は、これから研磨用の厚紙で整える必要があるのだが、それはもう少し先の話だ。

「商品として売り出すからね。触れても痛くないように仕上げないと」

 セシルはアニタにも分かるように言葉をかみ砕いて述べる。

 アニタは水晶を人差し指で撫でるように走らせて「痛くない」と何度も繰り返していた。やはりこれくらいの年齢ならば言葉よりも先に触れさせた方が早いのかもしれないとセシルは思う。

(そろそろいいかな)

 十分にアニタが触れたのを確認したセシルは、水晶へと手を伸ばして掴み取る。

 しかし、その水晶を追うように空色の瞳が追いかけてきた。どうやらまだ水晶が気になるらしい。しばらく触らせてあげてもいいが、作業をあまり止めている訳にはいかないセシルは逡巡する。作業をしながら、アニタの好奇心を満たす方法を考えるために。

「アニタはこの結晶がどこから来たか知ってる?」

 数瞬の内に思いついたのは、結晶についての話題をする事だった。今のアニタなら興味を持つと思ったのだ。当然、再びテーブルの上へと置いて、削り出しと研磨をしながらである。

「この街にはないの?」

 セシルの読み通りに、アニタは小首を傾げながら話に乗ってきた。

「この水晶はここストレアの街には――いや『上の世界』にはないんだ。ここではない『下の世界』と呼ばれる土地から採掘されるものなんだよ。『上の世界』からは食糧と物資を、『下の世界』からはこの結晶を物々交換しているんだ。僕が使用している結晶は、ストレアの街から南に半日ほど歩いた先の集落にいる親方……フィー・ノーストンという人から仕入れているよ」

 セシルは流れる水のように滑らかな言葉を発する。

 聞き手のアニタは傾げた首をそのままに整った眉根を寄せていく。分からないのは当然だと思う。しかし、いずれ分かってくれればいい、そうセシルは思った。

「よく分かんない。でも、この結晶が街の明かりになっているんだよね?」

 アニタは振り返り、窓の外を指差す。

 現在は昼過ぎであり、まだ街灯の明りは燈ってはいない。だが、日が暮れて月が出る頃にはセシルが納めた水晶が昼の間に吸った光を外へと解き放つ事だろう。

 闇を追い出す光、そして道を指し示す光となって。

 セシル達が住む住宅街を、岩で出来た並木道を照らし尽くすのだ。

「そうだよ。あの街灯は……僕の誇りかな」

 セシルは磨き上げた水晶の具合を確かめるために頭上まで掲げる。

 ざっと見た所では商品として並べても問題はないように見えた。ジーナの稼ぎと、自分の水晶での稼ぎを合わせれば何とか三人で暮らせる程度にはなる。過酷だと言われている下の世界の住民と比べれば、幾重かましな生活が出来ているのではないだろうか。

「ねえ……それは私にも出来るの?」

 思考に耽っていると、アニタが瞳を輝かせて問うてきた。

 その言葉を聞いた瞬間。

 セシルの全身に言いようのない感覚が走り抜けた。まさか傍目から見たら地味に見える、この仕事に興味を持ってくれるとは思わなかったのだ。

(アニタに教えて……二人で仕事するのは楽しいかもね)

 セシルはふとそう思った。

 しかし、それと同時にこの歳で自らの仕事を決めてしまうのは早すぎるような気もする。もっと世界を見て、好きな事を探して欲しいと思ったのだ。多くの事を知り、その結果セシルの元から離れてしまったとしても。

「もう少し大きくなって……興味を持ったら教えてあげるよ」

 心へと浮かぶ、相反する想いを押し殺したセシルは当たり障りのない言葉で誤魔化す。幼いアニタには複雑な心境が伝わる事はなく、残念そうな顔をするだけだった。

 見るからに落ち込むアニタの様子に、少なからず罪悪感を覚えはするがセシルはそれ以後の言葉を発する事はない。何か言葉を発してしまえば、流れる感情に任せて動いてしまいそうだったから。

 それもまた一つの生き方だとは思うけれど。

(ジーナだったら感情のままに動くかな?)

 ずっと側にいた幼馴染の顔を思い浮かべながら心中で問う。しかし、答えは分からない。ジーナの事を知っているようで、知らない事も多々あるのだから。ジーナがセシルの事について知らない事が多々あるように。一緒に住んでいるとしても他人である以上は仕方のない事ではある。

 共に住んでいても家族ではないのだ。

 アニタとジーナとは家族になりたいとは思う。本当の意味での家族に。

 そのためには性別を選ぶ必要があるのだとセシルは思っている。中性体という半端な存在では駄目だと思っているのだ。常に変わりたい、変えたいと願っている。しかし、その反面今の心地良い生活が変化してしまうのが恐い。

 今の生活が壊れてしまうのであれば、今のままの方がいいとさえ思ってしまうのだ。決められない自身の弱さには嫌気が差す。だが、失いたくないという気持ちも確かに心にある。まるで刻み込まれたかのように。

「セシル?」

 思考に耽っていると、どこか心配するような声が届く。

 声に導かれて視線を向けると、覗き込むような空色の瞳と目が合った。今のセシルは心配してくれたアニタにどんな顔を向けているのだろうか。もしかすれば苦渋に満ちた表情を浮かべているのかもしれない。自身の事であるのに、セシルは自分で自分が分からなかった。

「何かあるの?」

 答えないセシルを心配したアニタは小さな手を差し伸べて問う。まるで答えてくれるまで逃がさない、そう言うかのようにセシルの腕を強く掴む。

 その瞬間に喉元まで込み上げて来たのは、一つの問い。アニタはセシルにどちらの性別を選んで欲しいのか。それを確かめるための問いだった。

(――聞いては駄目だ)

 セシルは飛び出しそうになる問いを必死で飲み込んで、顔を左右に振る。

 アニタなら答えてくれるような気がする。しかし、一度問うてしまえば今の生活は変化してしまうのは明らかだった。もう戻れなくなってしまうのだ。

 だからセシルは――

「何でもないよ、アニタ」

 いつものように言葉を濁して誤魔化す。

 そんなセシルは、とてもではないが男らしいとは言えないような気がする。全ての男性が男らしいとは限らない。それは分かっている。それでも男となるのであれば、言いたい事をきっぱりと言えるようになりたいとセシルは思うのだ。

「そう……なんだ」

 さすがのアニタも今回は何か隠し事をされたと思ったのか、両肩を下げて独り言のように呟いた。空色の瞳はまるで曇天のように曇っているように見える。これはおそらく気のせいではないだろう。

 自身の迷い。そして、ずるずると抱えた悩みがアニタの表情を曇らせている。

 そう理解した瞬間に心は締め付けられるように痛む。そして、今年こそは決めなければいけないという強迫観念に近いような想いが心を満たしていくのをセシルは感じる。

(決めないと……決めないと)

 それは焦りと変わり、セシルの心中を駆け巡る。

「お部屋にいるね」

 言葉にはしなくても、セシルが内なる何かと戦っていると理解したアニタは自身の部屋へと向けて小走りに向かっていく。その背中を見つめたセシルは深く、重い溜息を一つ吐き出した。



 息を乱す事もなく、約五分の道程を全力で疾走したジーナは、真紅の髪が乱れる事も構わずに大股で酒場へと続く階段を下っていく。一日中舞い続ける雪が階段に降り積もり、気を抜けば滑りそうではあったが止まってはいられなかった。

 そんな彼女の背中に――

「おい!」

 同僚の叫び声が届くが、それは無視する。こういう時のために彼女達はいるのだから。

 当人同士で傷つけ合うのであればそれでいい。しかし、外へと無慈悲な暴力が出てしまう事だけは何としても防ぎたいのである。それがセシルやアニタを守るという事に繋がる、そうジーナは思っているから。

「速攻で決めたげる。臆病者はそこにいな」

 一度同僚に振り返りニヤリと笑い、人が一人通れるかどうかの階段を再び下っていく。その先にある焦げ茶色に塗られた木製のドアを開ければ酒場である。

 一段、二段、三段と下っていく程に酒瓶が割れる音が、男の野太い声が届く。

 それでも怯まずに進んでいく。ただ争いを止めるために。平穏な暮らしを守るために。

「ふぅ――」

 一度深呼吸をしたジーナは、改めてどこか年代を感じさせるドアを見つめる。

 時間にして二秒。ざわついた心が落ち着くのを確かに感じ取ったジーナは、ドアノブを掴み一気にドアを開け放つ。

 すると――

(すごい匂いだねぇ)

 即座に感じたのは鼻につく酒の臭いだった。

 そして、視界に入ったのはまさに地獄絵図のような有様。顔を朱色に染めた男共がお互いの頭部を殴りつけ、血を吐いていたのだ。中には空の酒瓶を持って暴れている者までおり、ただの喧嘩と断言するにはいささか事が大き過ぎるような気がする。

(これは呼ばれる訳だ)

 内心で納得したジーナは溜息をついて、喧騒が鳴り響く酒場へと一歩踏み込む。

「余所者がでかい口を叩くな!」

「ただの酔っ払いがうるせえ!」

 まず視界に飛び込んできたのは胸倉を掴み睨み合う男二人。左側は飲んだくれで有名な中年の男で、右側の男は見た事はない。

 余所者、という言葉が意味する通りに別の街から来た者なのだろう。確かストレアの街から東に約一日歩いた所に街があった筈である。その街から出稼ぎに来た者なのか何かだろう。それらが昼から酒を飲み、挙句にはこのストレアの者と争う事になったという事か。

(面倒だねぇ)

 ストレアの街の者であれば説得も可能だが、別の街の住民となると話を聞いてくれるかどうかも分からない。一人ずつ気絶させるにしても手間がかかって仕方がないのだ。

 しかし、それしか方法がないというのであれば、実行に移すしか方法はない。

「今すぐにでも止めてくれる」

 とりあえずは警告の意味を込めて、言葉を掛けるジーナ。その間にも酒瓶が回転して飛んでくるが、それは左手の甲で弾き飛ばす。

「なんだ――お前は!」

「自警団はすっこんでろ!」

 酒瓶が床に激突して割れる音を響かせるのと、男達の声は同時だった。まさに予想通りの言葉を耳にしたジーナは説得という手段を頭から綺麗さっぱりと消し去る。

 以後のジーナの動きは、自身でも惚れ惚れしてしまうほどに速かった。

「それなら――」

 言葉を切って男二人の頭部を両手で掴む。

 男達は咄嗟の出来事にまだ追いつけてはいない。そんな間抜けな男達は視界へと入れる事はなく。

「力づくで止める!」

 叫ぶと共に掴んだ二人の頭部を渾身の力を持って叩きつける。

 一度、鈍い音が響き渡る。その瞬間にお互いの頭部を叩きつけられた男二人は糸が切れた操り人形のように全身の力を失う。昼間から喧嘩をしている男達を丁重に扱う義理を感じないジーナは、両手の力を抜いて二人を床へと捨てる。

(ざっと二十人? どれだけ倒せば……いいやら)

 心中で呟いて、視線を素早く走らせていくジーナ。

 両者の争いのおかげで、もう何が何だか判別の出来ない料理を載せた木製のテーブルは左右に四つずつ。そして、その間で入り乱れるように殴り合う男達。その中の一部が、主に外の街から来た者が、突然の乱入者であるジーナに鋭い視線を向けてくる。

 睨む視線を正面から受けたジーナは、とりあえずの目的を彼らに定め、迷わず一歩を踏み出す。

 床が軋む音を一度鳴らしている間に右、左、正面に視線を走らせる。

(まずは右が動くかな)

 距離にして二歩の位置にいる筋肉質な男は手に酒瓶を持って距離を測っているように見える。そんな事は承知しているジーナはわざと視線を左へと向ける。

 刹那、床を軋ませる音が、叫び声が響く。

 予想通りに右側にいる男が動いたのだ。

「なめるな――」

 叫び声を上げる男。だが、最後まで叫ぶ事は叶わない。

 長身から繰り出される、鋭い突きを思わせる蹴りが男の腹部に深くめり込んだからだ。

(次は正面っと)

 周囲を見る事なくジーナは男達の様子を正確に把握している。床を軋ませる音を、そして叫び声を捉える事で。

 そんな彼女にとっては視界にすら収めずとも、振り下ろされる酒瓶を避ける事など造作もない事だ。

「嘘だろ」

 正面から酒瓶を振り下ろした男は呆気に取られて呟く。目標であるジーナが左足を半歩下がるだけで避けて見せたからだ。

「吹っ飛びな!」

 叫びを力へと変換したジーナは右足に全ての力を込めて男の腹部に回し蹴りを叩き込む。その意図する所は、男を左側へと吹き飛ばすためである。

「ぐぇ……」

 すかさず聞こえたのは、小さな両生類を潰した際の呻き声のようだった。どうやらジーナの左側から迫る男へ見事に直撃出来たらしい。

 一応横目で確認すると、大の男二人が重なって倒れていた。

(頃合いかな)

 とりあえずは眼前に広がる脅威を退けたジーナは酒場全体の喧騒を吹き飛ばすために肺へと酒気を帯びた空気を取りいれる。

「お前達――いいかげんにしろ!」

 そして、間髪入れずに叫び声を上げる。

 すぐに視線を向けたのは、このストレアの街に住む、その中でも比較的優位に戦いを進めている者だった。次に視線を向けたのは当然、その相手である余所者達である。

「自警団だ。これ以上続けるならば――捕らえる他にないぞ」

 争いを一時中断した男達に向けて、同僚の男がジーナの背中越しに言い放つ。

 内心では「遅い」とは思いつつもジーナは決して口には出さない。報告に来た少年と合わせてこちらは三人。そして、自警団の強さは先ほど見せつけたばかりであり、見ていなくても床に転がっている男達を見れば自ずと分かる事だろう。

「こいつらがいけないんだ」

 自警団三人に向けられたのは、どこか言い訳のような言葉だった。この仕事をしていれば幾重にも聞く機会がある、言い訳である。

「はい、はい。話は後で聞くよ。とりあえずこっちとそっちの代表の人だけ付いてきて」

 ジーナはこっちと述べた時はストレアの者達を指差し、そっちと述べた時は余所者達を指差した。大勢の主張を聞くのはさすがにうんざりするので、代表の話だけ聞くつもりである。

「俺でいいか」

 まず動いたのはストレアの酔っ払いだった。この中で一番の年長者で、歳は五十を超えてはいるが肉体労働をしていた経験があり武骨な印象を受ける男である。

(こっちはよしと……問題は)

 何とか話を聞ける相手を確保したジーナは、鋭い視線を余所者へと向ける。意識はしないように努めてはいるが「余所者」が騒ぎを起こした、という事であまりいい思いは抱いてはいないのが正直な所だ。

「なら俺が」

 睨む視線を受け止めた男が片手を上げる。

 しかし、ジーナは彼を見つめて一度眉根を寄せた。

 その男が殴り合いなどの暴力沙汰には不向きに見える、ほっそりとした体躯だったからである。よくそんな貧弱な体でこんなルール無用な殴り合いで気絶もせずにいられたものだと思ってしまう。それとも何か武術の心得でもあるというのだろうか。

(まあ……いいか)

 深く詮索した所で答えは分からないジーナはボサボサの髪を掻いてからゆっくりと歩み寄る。

「なら聞かせてもらう」

 そう対話の意思を向けて。

 進路を塞ぐ木製のテーブルを右手で除けて、転がる酒瓶を軽く蹴って退かしながら歩く。ほどなくして目的の男まで、残り一歩という距離まで近寄った時。

 ジーナは背に寒気を感じて、咄嗟に右足を半歩下がらせる。寒気の正体は、ほっそりとした男が突如として浮かべた笑みだった。

 一体何が楽しいのか。理解に苦しむその姿は、不気味で仕方がなかった。

 警戒して咄嗟に半歩退いたが、それはあまりにも遅すぎた。

 酒場の淡い照明を受けて煌めいたのは突き出されたナイフ。刃渡り十センチ以下の携帯用のナイフだった。

(ナイフだって!)

 まさかただの喧嘩にナイフまで使用するとは思っても見なかったのだ。

 おそらく酒瓶で殴る、という行動もこの者達から始めた事だろう。どこか落ち着いた雰囲気があるこのストレアで凶器を使用した喧嘩など今までなかったのだから。

 そのために完全に油断していた。迫るナイフを避けようにも、ここまで近ければ避けきれない。

 己の甘さを認識した瞬間。腹部に衝撃と、焼けるような熱が広がる。

「今日は厄日かねぇ」

 ジーナはあえて陽気に笑い、男がナイフを引き抜いた瞬間に、細く頼りない腕を掴み取る。男の力は見た目通りに貧相ではあったが、ナイフで刺されれば致命傷足りえる。これ以上振り回されたら堪らないである。

「動けねぇ」

 腕を掴まれた男はナイフを握った腕を再び突き出そうとするが、その腕を全ての力を込めて留める。これ以上、この凶器が他の誰かを傷つけないように。。

「もう止めときな」

 ジーナは血が流れる腹部を無視して、男を睨みつける。おそらく背にいる同僚二人は迂闊には動けないだろう。ならばジーナが事を収める他にない。

「うっ……」

 男はナイフで刺されても倒れない相手を見て、頬を引きつらせていた。表情は見るからに青ざめている。もうひと押しだ。

「刺した事は咎めない。だから――もう止めろ。これ以上問題を大きくするな」

 ジーナは乱れそうになる息を整えて、男の瞳を真っ直ぐに見つめる。

 こういう甘い所は、やはり自身が女性であると思い知らされる瞬間だ。男であればもっと冷徹に事を処理出来るのかと思ってしまうのである。女でも冷徹な者はいるため、ただの思い込みなのかもしれないけれど。

 ほどなく見つめていると。

 甲高い音が地面から鳴り響く。男が鮮血のついたナイフを落としたからである。

「後は……よろしく」

 最後の力を振り絞って、同僚二人へと声を掛けたジーナはそこで意識を失った。


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