プロローグ
主人公は中性体です。
彼とも彼女とも言えますので、どちらでも好きな方を想像して読んで下さい。
プロローグ
世界を照らすのは、赤き光。
身から流れ出る鮮血を思わせる、全身を震わせる輝きである。
輝きの発生源は空に浮かぶ、闇を追い払う月。
しかし、色は赤い。今日だけは、特別に。
ただ赤く輝いているだけ。そう思えば何という事もない輝きではある。
しかし、その月を見上げる、少年とも少女とも言えない一人の人物、フィンス・ノーストンにとっては深い意味を持っている。
「私は――」
フィンスは鈴を鳴らしたような、凛とした声を響かせる。
声は空へと、月へと昇る。
しかし、想いは届かない。まだ決めていないから。
自身がどちらを選ぶべきなのかを。まるである種の呪いをかけられたように、心は縛られているのだから。
この月を見上げる事は、これで何回目になるだろうか。物心がついた三歳の頃からずっと、毎年見上げている。一年に一回昇る、この月を。
他の者であれば、五回程度で決めてしまう事であるというのに。
「決められない」
両手をきつく握り締めて呟く、フィンス。
言葉は心を締め付ける。締め付けた心は自身を叱咤する。
それでも決められなかった。
どれだけその場に立ち尽くしていただろうか。
夜の冷えた空気が、全身を震わせた頃。
「今年も……駄目でしたか、フィー」
柔らかい声が、温もりがフィンスを包み込んでくれた。優しく、慈しむように。
振り向かずとも誰であるのかは分かっている。
後ろから抱きしめてくれたのは、淡い金色の髪を腰まで伸ばした少女。フィンスが密かに想いを寄せている、大切な人である。
「すまない」
羽虫が飛ぶようなか細い声で返すフィンス。
「いいわ。また来年にでも……決めましょう。私は今のフィーも好きだから」
沈んだ心を励ましてくれる、心に沁みるような声。
「ありがとう」
彼女の言葉を、明日を歩む力に変えたフィンスは視線を空から自身が立つ地へと向ける。
薄い茶色に彩られた岩が転がっている地を、まるでこの地に暮らす者を幽閉するかのようにそびえ立つ岩壁を。
この地に生まれて十三年。
何も変わらない土地を見つめ続ける。だが、変わらないこの地においても変わる事が出来る存在がいる。
それが自分達である。
世界にとっては些細な事。でも、フィンスにとっては大切な事である。
「来年こそは変わる。いや、変わってみせる」
フィンスは呟くと共に、心に強く、強く刻み込んだ。