願い人
人が夢を見るのをやめた。
古ぼけた町並み、続く田舎道。
穏やかな毎日、平凡ともいうのかもしれない。
鐘の音が鳴り、ぞろぞろと人が校門から出て行く。
学校を終えて帰る学生も覇気がない。
この村では若者はまっすぐ決められた道を歩かねばいけない。
農家の家は農家に。漁師の子は漁師に。
だから誰も夢を見なくなった。
川原と青い空が続く田舎道。
学校帰りにふと、良い天気だなと空に目をやる少年。
少年の名はアルカ。
空を見上げた瞬間。アルカの真上にある空が光った。
何か物体が落ちてきて、徐々に速度を増していく。
わたわたと焦りながら、受け止めたほうがいいのだろうかと考えている間に、それはもうアルカの目の前に来ていた。
少女だった。
少女はふわりと地に降り立った。
白い和服を着ていて、髪には星のマークの髪飾りをつけている。
少女はふうとため息をつき、閉じていた目を開いた。
「・・・・・・はっ」
少女は目を丸くさせ挙動不審にそわそわと体を動かす。
アルカは驚きのあまりに声も出ない。
空から人が降って来るのは、物語でしかありえないと思っていたからだ。
呆然としているアルカに少女は恐る恐る近付いた。
そしてアルカの目の前で、手を何度か振りかざした。
「あのー私のこと見えてますか?」
出るか出ないかの掠れた声でアルカは答えた。
「うん……見えてる」
少女はムンクの叫びのように顔をゆがませた。
それが少女、牡丹との出逢いだった。
一言でいうと牡丹という少女は変わっていた。
牡丹が言うには、使命や任務を携わってこの地に降りてきた。
人間ではなく別の世界から来た者だと。
普通の人間には見えない筈だと牡丹は語る。
その話を聞き、だから変に動揺していたのかとアルカは納得した。
「その使命とやらは具体的に何をするの?」
待ってましたと言わんばかりに、牡丹は目を輝かせる。
「人々の願いを天に届けるのです!」
「願い?」
「そうです!ある国の風習なのですが、竹の笹に紙を飾るのです。その紙に叶えたい願いを書くと願いが叶うと言われてるんです。その願いを天に届けるのが私の役目なのです!」
えへんと牡丹は腰に手をおく。
変わった者もいるものだとしげしげ牡丹を見つめた。
「そっか、頑張ってね」
「はい!えと、早速ですがあなたのお名前と願いをお聞かせ下さい」
「名前はアルカ、願い・・・・・・願い?」
牡丹は不安そうにアルカを見つめる。
「願い事ありませんか?」
「そういう事、真剣に考えたことがなかったから」
「ではまた次の機会にお聞かせ下さい。また聞きにやって参りますので」
牡丹はにこっと笑い、深々と会釈をしてどこかへ歩いていった。
牡丹の背中を見送りながら、アルカは少々の違和感を感じずにはいられなかった。
人生に絶望したつもりも、満足しきった訳でもない自分が、とっさに浮かぶ願いもないことに。
意外と自分自身が分からないこともあるのだとアルカは感じた。
次の朝、学校に着くと校門に昨日の少女がいた。
次々に学生に声をかけていく。手にはノートとペンを持って。
誰も振り向きもせず通り過ぎていく、そのたびに焦った様子で意気込んだり、落ち込んだりしている。
人に見えないってことは、声も聞こえないのだろうか、それってかなり致命的なのではないかとアルカは感じた。
牡丹に近付いて声をかける。
「牡丹さん、おはよう」
「あっ!アルカさん。おはようございます!」
くるっと振り向き、満面の笑みを浮かべる。
「早速だけど。声も聞こえないんじゃ、願いを聞くことすら難しいんじゃないのかな」
がくーっとうなだれる。
「はいぃーそうですよねぇ・・・・・・こんなに早く緊急事態がくるなんて思ってませんでした」
うつむいている牡丹に、アルカは声をかける。
「あのさ、手伝うよ」
「はい?」
「俺で良ければ手伝うよ」
段々と牡丹の目に涙が溜まってゆく。
「ほ、本当ですかぁ~~!!ありがとうございますっ」
ペコペコとお辞儀をし始め、それでは足りないのか土下座までして頭を何度も地面につけた。
結果、おでこは泥だらけになった。