第9話 新たなる動き(下)
摂津に伴われた松は、やっとの思いで戦艦「摂津」の艦長専用浴室に辿り着いた。
「これで艦長が使用中だったなんて事になったら嫌ですよ!」
松はぐったりしながら喚く。
「それなら大丈夫。川原艦長(川原袈裟太郎)大佐)が出掛けたのは確認済みだし、万一戻って来ても
直ぐに風呂なんて入らないから!これから道具を出すね!」
松の心情などお構いなしに摂津は言い、そのまま手を掲げ、円を描く様な動作を行う。
すると、ほんのりした光の球が現れ、その中から桶にタオル、石鹸といった入浴に必要な物が出現する。
転移と共に艦魂だけが持つ特殊能力-物質化である。
一見、無の場所から物を生み出す便利な魔法の能力に思えてしまうが、実はちょっと違う。
出現させられるのは、その艦に備えられた物に限るのだ。
つまり、艦内のどこか別の場所にある物を出現させているにすぎない。拝借していると言っても良いだろう。
艦魂はこうやって自分の生活に必要なものを取り出して使っている。
自分たちの着ている紺や白の軍装もそうだし、大きいところでは自分たちが寝るベットもそうだ。
出現させる際に自分の身体と同様、透明化出来るので、人の目に触れられる心配はないし、
軍装等の元々男性用に作られている物は、自分に合う様にアレンジする事も可能だ。
艦魂にしてみれば、自分と一身同体である艦に備えられている物を使って何故悪いという感覚だろうが、
物品を管理している主計兵にとっては、頭が痛い問題である。
何しろ用意しておいた物が突然消えて無くなるという事態がありえるのだから。
「艦魂により紛失」と届を出す訳にもいかないだろう。
今回、摂津が出現させた入浴道具も、本来なら許可を受付けた河内か摂津が、その際に出現させて駆逐艦
艦魂たちに渡すのが決まりとなっている。
又、出現させるにはそれなりのエネルギーが必要な事は、転移と同じである。
ちなみに摂津により羞恥プレイをさせられる羽目になった松は、転移によって逃げるか、物質化によって
軍装を出現させて身に着けるか、艦魂の持ついずれかの能力を駆使して回避する事は可能だった。
それを行わなかったのは、単にこの迷惑な上官に気遣っての事である。
「どうやら近々出撃になりそうですね・・・」
河内と明石はそれぞれ自分の艦内で情報を仕入れていた。
それによると、佐藤司令長官以下、遺欧艦隊幕僚や「河内」「摂津」「明石」の艦長らは全員、イギリス海軍
基地の一角に設けられた司令部で会議中らしい。
「しかし、何処に出撃なのでしょう? いよいよイギリス本国へでしょうか?」
河内は幾分期待を含ませた眼で明石を見る。
「イギリスとドイツの二大艦隊は北海で睨み合いを続けてますが、今年1月23日のドッガーバンクでの
巡洋戦艦同士の戦闘の後、双方とも被弾した事もあって、その後は成りを潜めてます。
時期的にもイギリス本国へとは考え辛いでしょう。地中海内の範囲なのではと思います」
明石はベテランらしい見解を述べる。
「地中海内ですか?」
「はい。人間たちが地の果てまでも出撃すると言えば、艦魂である我々はそれに従うしかありませんが、
条件に合う場所として、ここ辺りが考えられます」
彼女はテーブルに広げられたヨーロッパ地図の、ある一点を指差した。
それはイタリア半島の東に位置する地中海内の湾の一つだった。
「なるほど、たしかに明石様の言われるのはもっともです。私は摂津を呼んできます。三人で話し合いましょう」
河内はそう言って光に身を包んだ。
「ほら、松も一緒に入ろうよ!」
湯船にどっぷりと浸かった摂津が、立ちすくむ松を手招きする。
「でも、二人一緒に入ったら一杯一杯になってしまいますよ・・・」
「いいじゃん! 二人寄せ合って入れば!」
不安顔の松に対し、摂津はあくまでも一緒に入ろうと言い張る。
艦船の中でも戦艦は最大の部類に入るが、それでも浴室に割けるスペースは極く限られたものとなる。
ましてや二人が入っているのは艦長個人の為の浴室だ。男性である艦長に較べれば、二人は全然小柄で
あるが、松が言う通り二人一緒となれば、身体を寄せ合う状態になる事は容易に想像出来る。
それでも摂津は笑顔で招くので、松は覚悟を決めた。
尻を着いて湯船に浸かる摂津。その前方に曲げて突き出された脚の間に松は立つ。
該当年齢で言えば攝津は16歳、松を含む樺級駆逐艦姉妹は15歳と大差ない。
しかし露わにしているその身体は、戦艦と駆逐艦の艦魂の違いもあってか、一回りも二回りも違っている。
身長は摂津が160cm近くあるのに対し、松たちは揃って150cmにも満たない。
そして胸に至っては、摂津が年齢以上に豊満であるのに対し、松のそれは遥かに起伏に乏しい。
摂津がニヤニヤと笑いながら見上げる中、松は体格差からくるコンプレックスに恥ずかしさを倍増させながら
あずおずと身体を湯船の中に没していく。
案の定、お互いの身体が触れ合うくらい近付き、自分の目前に相手の顔がある状態となる。
「ふふっ 松って何もかも小ぶりで可愛いよ!」
摂津の笑いがニヤニヤからニンマリに変わり、いきなり松の背に腕を伸ばしたかと思うと抱きついてきた。
松の貧相な胸に、摂津の密着して押し潰された豊満な胸の感触が伝わり、何とも言えない気分になる。
「ふ、副司令! いいかげんにしてください!」
松は反抗するが、それは形ばかりで逃れる術は無い。
そして、摂津に抱かれた事で直接肌から肌に伝わってくる熱気と、浴室内に籠もる熱気が一緒になり、
次第に頭がぼうっとしてきた。
「・・・はい、摂津様と妹の松は、一緒に入浴に行きましたが・・・」
部屋に一人残された榊は、いきなり現れた河内の問いに遠慮がちに答えた。
河内は部屋の中を見回す。すると、摂津のベット上に無造作に脱ぎ散らかした衣服を見つけた。
上着やシャツ以外にも下着まである。それも二人分。
彼女はその下着を拾い上げて見る。二人がどの様な姿で浴室に向ったのか想像に難くない。
河内は榊に笑顔を向ける。それは榊からは多分に引きつったものに映った。
「ありがとう榊。私も浴室に行ってみます」
「あはっ! いい気持!」
摂津は、深呼吸をするかの様に両腕を広げ、身体を反らす。
つんと上を向いた形良く整った胸を、地中海の風が優しく撫でていく。
バレッタの古い街並みが、地中海の蒼い海と空が、パノラマで広がるこの場所で、こうやって全てを晒して
立っていると、世界を独り占めした気分になってくる。
「副司令~ もう戻りましょうよぉ~ 誰かが見てないとも限りませんからぁ~」
彼女の脚元では、同じく素っ裸の松が蹲まって愚痴る。
「あんっ 折角良い気分になっているのに! 大丈夫だって。私たちは見えはしないんだから!」
「でも此処はイギリス海軍の基地内ですよ。
人には見えなくても、イギリスの艦魂には丸見えなんですから、変な噂が立ったらどうするんですか?」
二人が居る場所は、戦艦「摂津」の前部三脚檣に設置された射撃指揮所の更にその上の屋根であった。
転移が可能な艦魂だからこそ到達出来る場所である。
抱きつかれ熱気に当てられ、ぐったりとなった松を、摂津は自分が原因であるのを棚に上げて、
逆上せた身体を風に晒して醒ますという独善解釈の元、この場所に転移したのだった。
摂津は御満悦だが、当の松は風に晒されなくても、湯あたりはいっぺんに醒めたばかりか、更に冷や汗を
掻かされる羽目になるという豪い迷惑な話である。
「こんな高い処まで見上げる艦魂なんていないだろうし、見られたら、その時はその時!
『我こそは大日本帝国海軍戦艦「摂津」の艦魂の摂津だ!』って堂々と名乗ってやる!」
摂津は、正義の味方登場よろしく胸を張り腕を腰に当てて仁王立ちの姿勢を取る。
「そう・・・ だったら名乗ってもらいましょうか・・・摂津!」
優しくだが威圧感のこもった声と共に光の中から少女が現れる。
「お、お姉ちゃん・・・」
現れた少女に驚き慌てふためく攝津。その少女-河内は、摂津の腕を掴み言い放つ。
「松、貴方は直ぐに摂津の部屋に戻って服を着なさい! 摂津、貴方は私と一緒に来るのよ!」
河内は妹の摂津の腕を掴んだまま転移する。
現れた先は、河内の自室であり艦魂たちによる遺欧艦隊司令部となっている部屋である。
そこには先ほどから明石が待っていた。
彼女は素っ裸の摂津の姿に一瞬驚くが、概ね予期していたのだろう。喉元で「くくっ」と笑う。
「お姉ちゃん、酷いよ! 私を裸のまま連れてくるなんて!」
「貴方はその格好が好きなのでしょ! だったらそのまま会議に参加しなさい!」
「えーーーーー! そんなぁ・・・それで、私が参加する必要がある会議なの?」
「大ありよ。私たちは出撃する事になるかもしれないの。その為の会議だから」
「え?」
不満たらたら叫んでいた摂津は一瞬で静かになり、姉を見詰める。
その眼に期待感が込められているのは、先ほど河内が明石を見た時と同じだ。
「ねえ! 何処何処? もしかしてイギリス本国へ?」
「残念ながら違うわ。明石様と話し合って此処じゃないかと考えているの」
河内は先ほどの広げられたヨーロッパ地図の一点を指差した。
その後を受けて明石が解説する。
「此処はアドリア海と呼ばれる海域です。この海の両側にあるイタリア王国とオーストリア=ハンガリー帝国は、
以前より派遣争いを繰広げており、今回の大戦でもイタリアは我々やイギリスと同じ連合国側、
オーストリア=ハンガリーはドイツら同盟国側に付き、分かれて争う事になりました。
海軍力でも、イタリアがダンテ・アリギエーリとコンテ・ディ・カブール級3隻、オーストリア=ハンガリーが
フィリブス・ウニティス級4隻と、弩級戦艦数はそれぞれ4隻づつと拮抗し、しばらくはこの状態で睨み合いを
続けていました」
摂津はその地図の上で頬杖をつきながら明石の話を聴いていた。
「ふ~ん。続けていたと言うからには、今は違うんだよね?」
「はい。拮抗が崩れたのは、去る8月2日、就役から間もないイタリア戦艦レオナルド・ダ・ヴィンチが、
本拠地タラント軍港内で、突然爆発し沈没してからです。
イタリアはこれをオーストリアの破壊工作によるものと断定、急ぎアドリア海の入口にあたるオトラント海峡に
簡易堰を設けて封鎖を図ろうとしましたが、オーストリアも巡洋艦部隊を出動させ妨害攻撃を行うといった具合に
緊張が一気に高まってきたのが今の現状です」
明石の言う事に摂津も頷く。
「へえ~ そんな状態になってたんだ・・・」
「能天気に裸で駆けずり回っている場合じゃない事は、貴方もこれで解ったでしょ!」
「はいはい。でもさ、その両国の争いに何で私たちが関係あるわけ?」
「関係が無い訳ではないわ。トランシルバニア号を狙って榊が被雷する事になった魚雷を放ったUボートと
いうのは、どうやらドイツではなくオーストリアらしいの」
「そうなの?」
「もちろん、それだけが理由じゃないけどね。
一番の理由はコンテ・ディ・カブール級の改良型であるカイオ・ドゥイリオが竣工したからだと思う。
これで弩級戦艦数を五分五分に戻したイタリアは、すぐ近くに駐在する私たちに助っ人として参加を呼びかけ、
一気に攻勢に出るって魂胆なのではないかしら?」
「なるほどね。だけど、私たちに頼むのなら、フランスに頼むって手もあるんじゃない?」
摂津は地図を見ながら発言する。
明石はこの裸で佇む少女になかなかの洞察力があるのを感心し、答えを挟む。
「それは難しいと思います」
「え? どうして?」
「たしかにフランスもクールベ級という弩級戦艦を持っていますので、助っ人には成り得ます。
しかし、イタリアとしてはここでフランスに借りを作ってしまうと、後々厄介だと考えられます。
今は同じ連合国側として一緒にいますが、それが何時までかは解りません。
突然、敵同士になる事も充分考えられるのです。
国同士が間近で接していると、いろいろと柵があって大変なのですよ。
その点日本ならヨーロッパから遠く離れてますから、考慮する事が少なく頼み易いのでしょう」
その辺りの事情は、かって明石が日露戦争を前にして散々苦労させられたところである。
そして戦争終結後、今度は鹵獲したロシア艦の艦魂たちとの調整に手を焼く事になる。
だから、言う事に現実味が溢れていた。
「だけど、助っ人として利用されるだけってのは癪に触るよ。こっちだって命張るんだし、何か貰わないと」
「その通りです。こちらも得るものがないと割に合いませんよね」
結局、艦魂の三人が話し合った事は現実のものとなった。
河内と攝津はイタリア艦隊に組してアドリア海に向かい、そこでオーストリア艦隊と争う事になったのだ。
「みなさん、はじめまして! この作品の主人公、戦艦「摂津」の艦魂である摂津で・・・うわぁぁぁぁぁ!」
「どうした摂津。突然大声を出したら読者様が驚くだろ」
「ねえ作者! 私、すっぽんぽんのままじゃないかぁ!」
「ああ、そうだが、何か?」
「わ、私だって女の子なんだよ! 読者様の前でこの格好は恥ずかしいよ!」
「今更何を言っとるか。お前はヒロインとして、そうなる宿命にあったのだ」
「すっぽんぽんになるのが宿命なの? そんなの嫌だよ!」
「私の作品においては、そうならないとヒロインとは言えないのだ。いわばデフォ!」
「そんなのがデフォだったら、私、ヒロインやりたくない!」
「摂津、君は艦魂だろ?」
「うん、そうだけど、いきなりそれがどうしたのさ?」
「艦魂というのは、その艦に宿る精霊みたいなものだ。違うか?」
「一般にはそう言われているね」
「精霊は何も身に着けないのが普通だ。だから摂津も裸でいる事に何ら問題無い。ノープロブレム!」
「何なのよ! その理屈!」
「よって摂津は最終回まで裸でいる事に決て・・・」
ズズゥーン!
「摂津は自業自得にしても、横暴すぎはしませんか? 作者様」
「をいっ河内、いきなり何をするんだ!」
「艦魂というのは、多くの先輩作家先生方が描き育んできた独自の様式というのがあるのです」
「そうだそうだ! お姉ちゃんがんばれ!」
「だから何だというのだ?」
「その様式を崩すという事は、他の先生方にも迷惑が掛かるというものです」
「迷惑って何? 美味しいの?」
「ここに来てまだ惚けるつもりですか? もう一度30.5cm砲12門の一斉射を食らいますか?」
「私のと合わせて24門一斉射でも良いよ!」
「ま、待て! 他の先生方だって独自の艦魂像をいろいろと描かれているではないか!」
「それは優れた文章力に裏打ちされてのものです。作者様にそれがお有りですか?」
「ううっ・・・ し、しかし、文章力はともかく、物事には革新が必要だ!」
「裸になるのが革新的とでも?」
「ああそうだ。究極の美とは女性の裸身にあるという。お前たちの裸身が艦魂界のドレッドノートに・・・」
「摂津、もう一斉射いきますよ!」
「うん、お姉ちゃん!」
ズズズズゥゥーン!