第7話 艦魂-者と物として
2010年10月3日、冒頭部を追加、全体に加筆しました。
又、タイトルを「攻めと守り」から変更しました。
戦艦「摂津」の艦舷甲板。そこに一人の少女の姿があった。
いや、一人ではない。もう一人、小柄な少女を背負っている。
背負われている少女は、身体中を包帯だらけにしての痛々しい姿である。
二人は此処から見渡せるある一点を見詰めていたが、やがて背負っている側の少女が、もう一人に声を
掛ける。
「それじゃ、行くよ!」
「はい。よろしくお願いします」
背負われている少女も答え、振落されない様にする為か、相手の胸元に回した右腕に幾分かの力を込める。
「いっせーの・・・せっ!」
掛声と共に、跳び上がったかと思われた二人一つとなった少女たちを、光が包み、やがて消え去った。
二人が光と共に再び現れたのは、修理中の駆逐艦「榊」の甲板上だった。
榊を背負った摂津は、そのままラッタルを降りて艦内へ入っていく。
行き着く先は、艦魂である榊の本来の居住区である機関室倉庫である。
「いつも通り後で迎えに来るからね。それまでゆっくり寝てなよ。
何も無いと思うけど、異常があったら直ぐ呼んで」
摂津は榊を粗末なベットに寝させながら言う。
「はい。ありがとうございます」
榊も攝津に成されるままに自分の身体を横たえる。
「じゃ、又ね!」
摂津は榊ににっこり微笑んで見せ、倉庫であるその部屋を後にした。
ドアを閉める。前方からはカコーンカコーンと金属を打ち鳴らす甲高い音が聞こえてくる。
榊の艦体を修理している音である。
しかし、それは歯切れの良いものではない。何か陰鬱で、やる気が感じられないのだ。
摂津はその雰囲気が嫌なのか、笑顔から一転、顔を顰める。
そして、早くこの場所から立ち去りたく、急ぎその身を光で包んだ。
艦魂はその片身となる艦無しでは生きられない。
艦と一身同体の彼女たちは、その艦からエネルギーを得ているからだ。
それは、森で暮らすドライアド(樹の精霊)が、森から生命力を得ている故に、その場所から離れて暮らせ
ないのと似た理屈なのかもしれない。
これは例え同型艦であっても代替不可能である。
今、摂津の部屋で療養中の榊がそうした様に、一日の内の数時間でも、エネルギー補給の為に自分の艦に
留まる必要があった。
「・・・う~ん・・・」
自分の艦に戻った摂津は、開放された気分に身体を大きく反らせて伸びをする。
マルタは今日も快晴。地中海に注ぐ光は眩しく戦艦「摂津」の甲板に反射する。
そんな光に目を細めながら彼女は辺りを見回すと、一人の人物に目が止った。
士官姿のその男性には見覚えがある。
「多聞さ~ん!」
彼女は士官の男-山口少尉を見定めると、その名を叫びながら彼の元へ駆け寄って行く。
しかし、山口の方は、駆け寄って来る者が艦魂である摂津だと解ると、たじろぐ態度を示した。
彼女もそれが気に障り、口を尖らせてて言い放つ。
「酷いよ多聞さん! 私だと解ったら露骨に嫌そうな態度を取って!」
「い、いや又、『食べ物を沢山、酒保から買って来い!』と催促されるのかと思ってな・・・」
「だからぁ、あれは新しく仲間になった橄欖と栴檀の歓迎会の為だと言ったでしょ!」
「えっ? そうだったのか?」
わざと惚けて見せる山口に、摂津は「ったく!」とばかり、怒りから今度は呆れた様子を表すが、
直ぐに笑顔へと変わる。本当に表情が多彩な娘である。
「でもね。おかげで助かったよ。二人共、とっても喜んでくれたんだよ!」
「そうか。それは役に立って良かったよ」
山口とて海軍男児だ。
感謝される相手が艦魂の娘だろうと、女性からなのは格別に嬉しい。
「それにね。戦艦の艦魂である私やお姉ちゃんが気楽に接してくれた事に驚いたみたいだよ」
「ほう、それはどういう事だい?」
「うん。後で松から聞いた話だと、イギリスでは艦魂であっても、戦艦と駆逐艦とでは
扱いが天と地くらい違うんだって」
「へえ、そういうものなのか」
山口も軽く相槌を打つが、思い当たる事が無い訳では無かった。
『鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門。 日向行こうか、伊勢行こか、いっそ海兵団で首吊ろか』
『地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡。乗るな山城、鬼より怖い』
これはもっと後の時代の戯れ歌の一節であるが、出てくるのは全て戦艦の艦名だ。
摂津たち戦艦の艦魂が聞いたら、真っ赤になって怒りそうな内容である。
けれども、実は戦艦乗務員の厳しさを詠ったものなのだ。
以前にも述べた通り、戦艦は海軍の中心であり、象徴でもある。
当然、戦艦に乗込む者はそれに相応しくあるべきと、他の艦種に較べて特別に厳しい教育が課せられる。
これは一兵卒であっても、いや、一兵卒だからこそ行われるのだ。
良い方向で捉えれば、戦艦乗りはエリートだという事になる。
「帝国海軍が手本とし、数多くの戦艦を擁する大英帝国海軍においては、艦魂に至るまでこのエリート意識を
持っているのかもしれないな・・・」
しかし、山口のこの考えも、目の前で屈託の無い笑顔を見せる艦魂の娘を見ると揺らいでしまう。
戦艦の艦魂という事で上位にいるはずの彼女が、エリート意識を持っているとはどうにも思えないのだ。
「ま、摂津がこんな能天気な性分だから、イギリスの艦魂たちも驚いたのだろう」
彼はそう結論付ける事にした。
「あっ ほらっ!」
突然、摂津が港の一箇所を指差した。
山口も指差す方向を眼で追うと、二隻の駆逐艦が出港し、こちらに近付いて来る。
話題の主であった「橄欖」と「栴檀」である。
イギリスから転属となった二艦であるが、借与されたのは艦自体だけで、操艦する乗員はこちらで工面しなく
てはならない。
修理中の「榊」の乗員が真っ先に宛がわれたのはもちろんであるが、それでは全く足りないので、「河内」や
「摂津」の乗員の中からも、助っ人として駆り出されているはずだ。
今日は、それら混成された乗員の、訓練目的の出航であった。
やがて「橄欖」と「栴檀」は、「摂津」の艦舷を横切って行く。
甲板上の二人は敬礼して二艦を見送る。相手も答礼してくる。
しかし、二人が敬礼を贈る相手は違っている。
山口は二艦の乗員に、摂津はおそらく舳先に居るのであろうイギリス生まれの艦魂二人に。
遠ざかっていく二艦を見ながら、山口は摂津に訊く。
「なあ、艦魂であっても、生まれた国が異なれば、顔立ちも違ってくるものなのか?」
「うん。今は橄欖と栴檀となった二人もイギリス人らしいよ。揃って金髪だし」
「イギリス人らしいというのなら、金剛艦の艦魂もそうなのか?」
「そうだよ。彼女も金髪で、やっぱり私たち日本生まれの艦魂とは違ってる」
「富士艦や三笠艦も?」
「う、うん、そう」
「富士」や「三笠」の名を口にした際、摂津はやや緊張した面持で答える。
どうやら艦魂社会では、日露戦争で活躍した六隻のイギリス生まれの戦艦「富士」「八島」「敷島」「朝日」
「初瀬」「三笠」の艦魂は、六英雄と讃えられる特別な存在であるらしい。
中でも末妹にあたる三笠は、当時の連合艦隊旗艦であった事から、唯一元帥職にあるというのだ。
我々で言うところの東郷平八郎元帥みたいなものなのだろう。
ちなみにこの世界においては、機雷によって喪失した「八島」「初瀬」とも健在で、六隻が揃って日本海海戦に
臨み、大勝利の立役者となっている。六英雄と言われる由縁だ。
又、その為か香取級戦艦の追加発注は行われず、巡洋戦艦の先駆けとなる筑波級、鞍馬級も
建造されてない。僅かに薩摩級の「薩摩」「安芸」の二隻が建造されただけである。
これとて史実の薩摩級が、前弩級艦か、せいぜい準弩級艦であるのに対し、30.5cm砲連装4基8門を
備えた純然たる弩級戦艦である事が違っている。
「でも、何でそんなに外国の艦魂に拘るの?
はは~ん、多聞さんは金髪の美人さんが好きなんだ。やらし~!」
摂津は茶目っ気たっぷりに軽蔑の眼差しを山口に送る。
「おいおい、俺はただ、軍艦も国によって特徴があるというから、艦魂でもそうなのかと思っただけだ。
だいたい、お前たち姉妹以外の艦魂は俺には見えないのだから、美人も何もないだろう」
山口ももっともらしい言い訳をする。
彼が見える範囲で存在するのは、摂津とその姉の河内の二人だけだが、この二人とて美人なので、
見えなくとも期待するのは、あながち嘘でもないのだが・・・
これでも摂津は納得した様だ。
「あ、そっか。残念だね~!」
「残念」という言葉を強調して皮肉交じりに言う。
「ところで、多聞さんは榊の状況調査に行ったんでしょ? どうだったの?」
話題を変えて摂津が訊く。
彼女が言うのは、「松」が先ほど出港していった二艦と共にトランシルバニア号の護衛を果たした帰路、
マルタ島に立寄り、戦死した上原艦長の後継艦長となる佃粂太郎少佐ら「榊」の回航要員を乗せて
係留されているサボナ港に戻る際、水雷科出身の山口も被害状況調査員として同行した事だ。
「あれか・・・あれは予想以上に酷い状態だった。
魚雷の威力や、それを発射する潜水艦の脅威を、まざまざと感じさせられたよ」
山口はその時の事を思い出しながら答える。
彼が赴いた時、「榊」の艦体はある程度は片付いていたが、全体の1/3を失った姿に驚愕したものだった。
「それで、榊は大丈夫なのか?」
艦魂である榊の様態を、今度は攝津に訊いてみる。
艦体があの状態では、片身である艦魂が無傷だとは考えられないからだ。
「うん、重傷だけど元気だよ。私たちはいくらボロボロになっても、没しない限り死なないから・・・
もちろん、人間が治してくれないとそのまんまだけど。今は私の部屋で面倒看てる」
摂津は寂し気に答える。
人間の少女の姿をしているとはいえ、艦魂は人間とは明らかに違っている。
それは人間より遥かに強靭な身体を持ちながら、自分自身では何も出来ない歯痒い存在であり、自分たちは
人間たちが争い合う為に生を受けたモノである事。
これらの事実は、いくら能天気な摂津でも解り切っている。
「そうか。それは良かった。宜しく言っておいてくれ」
「うん。わかった・・・」
山口は静かに言い、摂津も静かに答えた。
「それで、摂津はイギリスという国について、どれくらい知っている?」
「どれくらいって言われても・・・」
いきなりの質問に摂津は当惑した様だ。再び顔を顰めて考え込む。
山口はその様子を微笑ましく思いながら話し始めた。
「イギリスの本国は、実は欧羅巴大陸の片隅にある島国にすぎない。
ちょうど日本が亜細亜大陸の片隅にあるのと同じだ。
大きさで言えば、むしろ日本の方が大きいくらいだ。
そんなちっぽけな島国が、何で戦艦を何十隻も作れる様な大帝国になったと思う?」
「さあ?・・・」
「インドをはじめとして、世界各地に数多く持つ植民地のおかげだ。
そこで産み出されるさまざまな物資が、大英帝国繁栄の礎となっている。
しかし、これら物資の多くは船で運ばれるから、それらが潜水艦の魚雷で次々に沈められれば、いかに繁栄を
極めた大英帝国といえども、たちまち崩壊する危険性を秘めている。
そして、これは同じ島国である日本とて同じだ。
今の日本の対外的領土は、台湾と樺太(この世界においては日露戦争において樺太全島を保有している)程度
しかないが、将来、その版図を大きくする事があれば、現在のイギリスが置かれた状況を顧みる時が来る
だろう。俺は考えるのだが、敵国に対しては、潜水艦を建造して輸送船を次々沈める事で国力を削ぎ、逆に
自国に関しては、その潜水艦の攻撃から輸送船を守る為に、護衛艦艇を整備する必要が将来出てくるのでは
ないかと思う。大きな戦艦を一隻造るより、その分、むしろ潜水艦や護衛艦といった小艦艇を数多く造った方が
現実に即しているのかもしれない。摂津たち戦艦にとっては気の毒な話だけどね」
「でも、多聞さんは前に『戦艦はその国の国力の象徴だ』って言ったじゃん!」
気の毒だと前置きしていながらも、戦艦を軽視する山口の発言に、さすがの摂津も気を害したらしく、
大声で否定する。彼は優しく宥める様に話を続ける。
「たしかに今の時代において、戦艦の持つ価値観は大きい。
しかし、兵器の発達は日進月歩だ。特に今時の様に大戦が起きれば、それは更に急加速する。
何時その価値観が覆るか解らない。案外・・・」
山口はそこで口を噤んだ。
「案外・・・何なの?」
摂津は不思議に思って訊く。
「いや、単なる戯言だよ」
「えーーーーー! 何を話そうとしたのか教えてよ!」
「だから戯言だって・・・」
笑って誤魔化す山口だったが、彼はこう言おうとしていたのだ。
「案外、飛行機が戦艦を沈める時代が来るかもしれない」と。
こんな事、冗談でも戦艦の艦魂である摂津には言えない話だ。
しかし26年後、再び起こった世界大戦でそれは現実のものとなる。
しかも彼は、その飛行機を束ねる航空母艦「蒼龍」「飛龍」の二隻から成る第二航空戦隊の司令官になるのだ。
そして、今行われている輸送船護衛の経験は、その後に全く顧みられる事無く、史実において日本は壊滅の
道を辿る事になるのだ。
なかなか進みません・・・orz
次回は、史実には無いイタリアとオーストリアのアドリア海での戦闘に介入なんて、書いてみようかなあw