第6話 新しい仲間
2010年9月23日、加筆しました。
「来た来たっ! 帰ってきたよ!」
摂津は嬉しそうにその艦隊を指差しながら叫ぶ。
隣では姉の河内が、やはり微笑みながら大きく頷く。
二人が居るのは、日本遺欧艦隊旗艦・戦艦「河内」のトップマスト上であった。
この日、三隻の駆逐艦が並走しながら、日本遺欧艦隊が本拠地としているマルタ・バレッタ港へ並んで
入ろうとしていた。
三隻の内、中央のは日本艦隊でおなじみの樺級二等駆逐艦だ。
しかし、その樺級駆逐艦を両側から挟む様に航行して来るのは、明らかに日本の駆逐艦ではない。
イギリスの駆逐艦である。
実は、樺級駆逐艦の後方に隠れがちの一隻の艦-これこそが今日の主役である駆逐艦「榊」であった。
僚艦「松」と共にイギリス貨客船「トランシルバニア号」護衛の任務に就いていた彼女は、同船の身代わりと
なって被雷、大破し、避難先のイタリア・サボナ港に係留されていた。
しかし、本格的修理を行う為に、本拠地であるマルタ島へ回航が決まったのである。
回航に当って、破損部である第一煙突から手前をすっぱりと切断し、応急処置を施した「榊」は、僚艦の「松」に曳航され、護衛には被雷時に駆けつけてくれて以来、腐れ縁となった「ネメシス」と「ミンストラル」を伴って
帰ってきたのだった。
それは英雄の帰還であった。
日本の誠実な護衛活動に対する評判は、徐々に高まりつつあったが、今回、「榊」が自分の身を犠牲にして
までも護衛する艦艇を守り切ったという事実によって、それは一気に頂点へと達した。
日本艦隊へ護衛の依頼が殺到したのである。
中には「日本艦が護衛に就かなければ、船は出せない」という強情に言う船長まで現れ、「極東の二流艦隊」と
軽蔑された当初とは掌を返した様な好意的な扱いを受ける始末である。
しかし反面、日本は、その応対に翻弄される事になる。
護衛依頼を受けたくても艦が足りないのだ。
おかげで護衛任務に就く駆逐艦はフル稼働。時には隊長役の「明石」まで、駆出される有様である。
その為、基地の管理者であるイギリスからは盛大な出迎えがあった反面、当の日本側は出払っている者も
多く、出迎えた人数は少なかった。それは艦魂とて同じで、わずかに二人、河内と攝津だけだった。
二人は「榊」が接岸されるのを見届けると、その身を光に包み「榊」艦内へと転移させた。
駆逐艦「榊」の機関部倉庫室。此処が艦魂である榊の個室になっている。
英雄となった彼女の部屋としては、真に狭くみすぼらしいものだが、元々小型である駆逐艦の居住性は悪い上、
本来の部屋であった艦首倉庫が壊れてしまっては仕方無かった。
又、通常なら榊や松が艦隊本部となっている河内の元に出向くところであるが、ダルキース軍医の応急処置で
意識を取戻したものの、まだ歩く事も出来ない重傷の身であるゆえ、河内と攝津の方から赴むく事にしたのだ。
ドアを開いて中に入ると、ベット上の榊は、先に到着した妹の松に上体を起してもらい、二人に謁見した。
「榊二等兵曹、おかえりなさい。良くがんばりましたね」
河内は微笑んで榊を労う。
「わざわざの御労足、感謝致します。榊一等水兵、只今戻りました」
答礼する榊の姿は痛々しいものだった。
身体中包帯でぐるぐる巻きにされ、それは頭部にまで及んでいる。
僅かに開いた右眼と口元で、表情が読み取れるだけだ。
欠けてしまった左腕も哀れである。けれども艦魂と艦は一身同体。片身である艦の修理が進めば、回復する。
「ほらほら榊、間違っているよ! あなたはもう、一水ではなく二曹なんだよ!」
榊の容態が思っていたより酷く、ともすれば沈みがちになる中、摂津は明るく笑って言った。
「え? それはどういう事ですか?」
訳も解らずきょとんとする榊に、河内はまるで表彰状を読上げるかの様に淡々とした口調で答えた。
「貴方の我が身を犠牲にした勇気ある行動が、大日本帝国海軍の名誉を世界に知らしめました。
よって、その栄誉を讃え二階級特進、二等兵曹に昇格するものです」
そう言ってから河内は優しく微笑んで付け加える。「おめでとう。榊」と。
「し、しかし、私自身は護衛任務を完遂出来ませんでしたし、その後の事も松の助けがあってこそです。
この怪我ではしばらく任務にも就けず、迷惑を掛ける事にもなります。私だけが昇格するのは不公平です!」
真面目で姉妹想いの榊らしく、自分だけ贔屓にした昇格に憤慨する。
その肩に松は優しく手を添えて言った。
「でも、あたいだって嬉しいんだよ。姉貴の栄誉は、あたいら姉妹全員の栄誉でもあるんだからさ」
「そうそう。貰えるものはもらっちゃえ! やる事は同じなんだし!」
松は心底嬉しそうに、摂津は無責任に、榊を讃える。
「二人の言う通りですよ。二等兵曹となっても、任務内容は現状通り、特に変わりはありません。
それよりも今の貴方は、ゆっくり養生して、その身体を完治させる事が先決です。
任務の事は考える必要はありません」
「しかし・・・」
河内の説明にも、未だ榊は納得いかなそうな表情ををする。
その時、二人の少女が戸口の前に立って敬礼した。
「失礼します。大英帝国海軍所属の駆逐艦「ネメシス」ならびに「ミンストレル」です。
駆逐艦「松」および「榊」の護衛任務終了をもちまして、日本海軍第二特務艦隊へと転属となりましたので
挨拶に伺いました」
二人に対し、河内もネメシスとミンストラルに凛として答礼をする。
「御苦労。私が第二特務艦隊司令長官の河内です。貴官らの転属を歓迎します」
そこまで言って彼女は毅然とした表情を崩す。
「堅苦しい挨拶はここまで。丁度貴方たちの事を話そうと思っていたのよ。
こっちが副官である妹の摂津。榊と松の二人については知ってるわよね? お世話になったわ。
その他のメンバーは全員出払ってしまっているので、追々紹介する事にしましょう」
とはいっても、狭い部屋にもうこれ以上は入れない。
そして、話を聞きつけた松が、今度は榊に続いて驚く番であった。
知らされてなかった彼女は、ぽかんとして言った。
「何だ、あんたたち、あたいたちのところに来るのか?」
駆逐艦「松」の甲板上で、艦魂である松と、日本艦隊に転属し、その名を橄欖と改めたネメシス、
同じく栴檀と改めたミンストラルの三人が佇んでいた。
もっとも、栴檀は相変わらずぼ~としており、二人と一緒にいるだけだったが。
「しかし驚いたな。あんたたちが日本艦隊に転属になるとはね」
「何だ、不満なのか?」
「いやいや大歓迎さ! 正直、榊が抜けて、どうなるのかと思っていたからさ。
あんたたちが来てくれて助かったよ」
「まだ来たばかりだ。役に立つかどうか解らんぞ」
「初めてじゃないだろ。トランシルバニア号の護衛や、今回の「榊」の回送につき合ってくれた事で、
あんたたちの実力は少しは分かっているつもりだよ」
「随分と買い被られたものだな」
「まあね」
松はニヤリと笑った。無愛想でお堅い橄欖も口元を緩めた様だ。
「ところで、日本艦隊は、戦艦が駆逐艦と、あんなにも仲の良いものなのか?」
橄欖が訊くのは、先ほどの二人の歓迎会の事だ。
河内は榊が養生するにあたり、狭く環境も良くない自室よりも、戦艦内にあって比較的広いスペースが確保
出来ている摂津の部屋に同居する様に促したのだ。
広さの点では同型の戦艦内に部屋を持つ河内とて同じなのだが、こちらは艦隊司令部も兼ねていて手狭な事も
あって、摂津の部屋となったのである。
同時に榊の世話係までも命じられた摂津は、当初不満そうだったが、決まってしまえば「だったら自分の部屋で
榊の帰還と、橄欖と栴檀の二人の歓迎会をやろう」と言い出した。そして、どこから調達してきたのか食べ物
まで用意し、全員で五人と、ささやかながらも会が開かれたのだった。
「何でそんな事を訊くんだ? 英国艦隊は違うのか?」
「ああ、我々駆逐艦にとって、戦艦は格が違いすぎる天上人みたいなものだからな。
はなから相手になんかしてくれない。
それが此処では戦艦の艦魂である二人が、駆逐艦の艦魂でしかない我々の転入を喜んでくれ、
貴官の姉上の世話までしようとしている。これがどうも解せないのだ」
「そんなにおかしいものなのか?
ま、あたいたちは全員でも11人、あんたらを入れても13人の小所帯だからな。
仲良く助け合わないとやっていけない、といったところなんだと、あたいは思ってるけど」
「そんなところなのか?」
「そんなところなんだよ」
二人はお互いを見て、再びニヤリと笑う。
「あの時、貴官が何としてでも姉上を助けると言い張ったのも、少しは解った気がした」
「へえ、そうなのか? とにかく、あたいの姉妹たちもあんたらに悪い想いはさせないはずだ。
よろしく頼むわ。期待しているから」
「だから、買い被り過ぎだって言っただろう」
松が手を差出すと、彼女も握手に応じてきた。
二人の握手にもう一つの手が重なった。栴檀が松の顔をじっと見詰める。
「ああ、栴檀もよろしくな」
栴檀は小さく「うん」と頷いた。
早くジュットランド海戦に行きたいのですが、あれやこれや取り入れていたら、
結構長くなりそうです・・・orz