第5話 駆逐艦「榊」
2010年9月20日、大幅に加筆しました。
マルタ島のバレッタ港を拠点とした日本艦隊。
防護巡洋艦「明石」以下駆逐艦隊は、直ちに無制限潜水艦作戦に対しての艦船護衛の任に就いた。
当初は「極東国の二流艦隊なんぞに護衛など頼めるか!」と、小馬鹿にした態度をとっていた各国も、
地味な任務ながらも誠意をもって当る姿を認め始め、護衛依頼は少しづつ多くなっていった。
けれども、この二人は別だった。
「う~ 暇だよぉ!」
摂津は椅子にどっかりと座り、天井に向って吼えた。
「今は我慢ですよ。摂津・・・」
戦艦「河内」内に設けられた誰も使ってない小部屋。
此処が艦魂である河内の部屋であり、艦魂たちによる遺欧艦隊司令部ともなっている。
旗艦である河内が司令長官だからだ。
ちなみに次席司令官は攝津なのだが、実質的には明石である事は、艦魂の間では明白だった。
河内は此処で事務作業を進めながら、妹の摂津を諌める。
「だけどさ、明石さんたちだけ活躍していて、私たちはただ此処でのんびりしているだけだよ。
お姉ちゃんは、これが悔しくないの?」
「明石少佐たちは、自分に合った任務に就いているだけです。
今の護衛任務は、私たち戦艦には大袈裟過ぎます。
これで、のこのこ出撃して行ってUボートの攻撃を受けたとならば、良い物笑いとなるばかりか、
明石中尉たちが築いてくれた実績にも泥を塗りかねません。
今は、私たちに相応しい任務を与えられる事を、ひたすら待つしかないのです。
私や貴方の艦に乗艦している人間も、気持は同じはずです」
妹の前では河内は平然とした態度をとる。しかし、内心はそうでもなかった。
戦艦六隻から成るアメリカの派遣艦隊が、そのままイギリス本国の第六艦隊として編入されたという話が
伝わって来たからだ。
同じく派遣艦隊を出しておきながら、あちらは本国艦隊に編入され、こちらはイギリス本国から遠く離れた
地中海で、足止め同然になっている。
この温度差は何だというのだ? 河内は怒りと共に焦りを感じていた。
「そうは言ってもさあ・・・」
河内に諌められても、摂津は未だ不満で口を尖らせる。
不満の理由は姉が言った通りなのだが、原因としては山口も少なからず関わっている。
水雷科出身の山口は、日毎に多くなる護衛依頼に、応援要員として刈り出される事が多いのだ。
その上、「山口少尉は指揮もキビキビしていてかっこいい」などと駆逐艦艦魂連中の話しているのを聞くと、
落着かない気分になってしまうのだった。
そんな時、日本艦隊を震撼させる事件が起った。
6月11日、イギリスの貨客船トランシルバニア号は、看護任務等に当たる女子を含む3200人の乗員、その他、
銃砲や弾薬等を満載して、フランス・マルセイユを出港した。
日本の駆逐艦「榊」と「松」は、その彼女を目的地エジプト・アレクサンドリアまで護衛する任務に就いていた。
二日目に入った6月12日、順調に航行を続ける「榊」の左舷甲板上で、榊は佇んでいた。
彼女の片身である駆逐艦「榊」の前方には、イタリア半島が長々と横たわっている。
出発地マルセイユと目的地アレクサンドリアは、地中海を挟んだ対岸に当たり、航行はイタリア半島の海岸線を
沿う事になる。
目を他方に転じれば、右斜め前方にトランシルバニア号の大きな船体が、その先には僚艦の「松」の姿もある。
榊は出航前の打合せで顔を揃えた二人の事を思い出していた。
駆逐艦は戦艦等と違って同型艦が多い。
そして、建造に手間が掛かり、同型艦であっても竣工時期に隔たりのある戦艦と違って、建造期間の短い
駆逐艦は、大人数でも姉と妹といった上下の区別をする事はあまり無い。
特にこの樺級駆逐艦は、大戦を見込んで当時の日本としては珍しくマスプロ的に建造し、わずか四ヶ月で
全10隻が竣工に至った事もあってか、艦魂である姉妹も、そっくりの顔付きをしていた。
その為、髪型を変える等して、各自が区別出来る様に工夫している。
榊が背中のあたりで揃えた長い髪であるのに対し、松の髪は短く、あちこちピンピンと跳ねていた。
まるで自分の名の由来である松の葉の様である。
しかし、その様な外観上の区別をしなくても、この二人は明確に判別出来た。性格が正反対なのである。
10姉妹の次女にあたる榊は、淑やかで、それでいて一本芯の通ったしっかり者の印象がある。
実際、長女である樺が遺欧艦隊に参加しなかった為もあってか、姉妹の纏め役を彼女は負っていた。
一方、八女にあたる松は、末っ子に近い為か、姉妹で一番やんちゃであった。
性格が両極端な事もあってか、二人はウマが合い、護衛任務においてもペアを組む事も多かった。
そして、今回のもう一人の仲間は、二人が護衛するトランシルバニア号である。
その艦魂(貨客船なので船魂と呼ぶべきか?)は、赤毛を三つ編みにし、ソバカス顔の素朴な印象があった。
外形年齢は二人と同じく15歳くらい。丁度、「赤毛のアン」をもっと気弱にしたら彼女になるであろう。
二人はイギリスにも、こんなカントリーガール丸出しの少女が居る事を認識した。
「あ、あの・・・よ、よろしくお願いします・・・」
打合せの時、彼女は、おどおどしく二人に挨拶した。
「こちらこそ宜しく。トランシルバニアさん」
「おう、任せな! あたいたちが居れば何も怖い事はないからな!
ま、あんたは大船に乗った気分でいればいいからさ!」
榊は優しく、松は荒っぽく、二人も彼女に挨拶する。しかし彼女はきょとんとして二人を見詰める。
「あの・・・『オオブネニノッタキブン』ですか?」
「ああ、あたいたちの日本では、全てを任せて安心する事をそう言うのさ」
「で、でも・・・大きい船なのは私の方なんですけれど・・・」
「ふふっ 松、これは一本取られたわね」
「ははっ 違ぇねぇ!」
二人が何故笑い出したのか解らず、再びきょとんとするトランシルバニアであった。
榊はそんな昨日の出来事を思い出し、一人微笑む。
午前10時20分。天気は快晴。この地中海をクルージングしたい気分になってくる。
しかし今は戦時中。そんな悠長な事は言ってられない。
彼女はふと波間を覗き、次の瞬間、眼を見張った。
波間に白い線が一本、糸を引く様にこちらに向って走ってくる。続いて見張員が叫ぶ。
「左舷より魚雷接近!」
この報告に艦内は騒然となる。
榊はその白い線-魚雷の進路を一直線に延ばしてみる。その先にあるのは・・・トランシルバニア号だ!
しかし、多くの人員・物資を満載し、図体の大きな彼女が避ける事は不可能である。
ならば、打つ手は一つだけ。
艦長の上原太一中佐以下全乗員、そして艦魂である榊は心を一つとした。
「全速前進!」
榊のさらりとした髪が突如逆立つ。
上原艦長の号令の下、「榊」の機関は、その最大出力を捻り出そうと激しく身震いする。
そして最大速力の30ノット、いや、それ以上の速力で、魚雷が向かうトランシルバニア号との間に割って
入ろうと躍起になる。
「お願い! 私の身体なんてどうなっても構わない! だから間に合って!」
それは榊の、乗員たちの、強い願いだった。
「榊さん!」
赤毛の少女は、突然速度を上げた左舷の駆逐艦を心配そうに見詰める。
「がんばって! あと少し!」
榊は己の片身を奮い立たせて叫ぶ。白き線は目前にまで迫っている。
トランシルバニアが、彼女の片身に乗込む多くの人々が、祈る想いで見つめる中、猛々しい轟音と、
同時に吹き上がった巨大な水柱が、「榊」の姿を視界から消し去った。
「・・・やっ・・・たの・・・か?・・・」
榊の身体は大きく舞い上り、甲板に叩きつけられ、意識は沈黙した。
「さ、榊ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
僚艦である「松」の艦魂である松は泣き叫んだ。
無理も無い。最も仲の良かった姉妹が殺されたのだ。
しかし、榊は未だ沈んだ訳では無かった。
「松」とトランシルバニア号の乗員たちは、水柱が納まった後、惰性で航行を続ける「榊」の姿を認めたのだ。
一方、艦魂の二人も榊が発する微弱な念波を察知していた。二人は同時に呆然と呟いた。
「・・・生きているの?・・・」
けれども、その艦影は随分と小さくなっている。
慌てて双眼鏡でその姿を確認した両艦の艦長は、「榊」の痛ましい状態に唖然とした。
「榊」は艦首から艦橋の後ろ、三本ある内の第一煙突までの部分が、すっぱりと無くなっていたのだ。
まるで、巨大な斧でばっさり断ち切ったかの様に。
今直ぐ榊の救助に向いたい!-これは、今の榊の姿を見る者全ての想いだったはずだ。
しかし、その想いは「松」艦長加藤次太郎少佐の、冷徹だが的確な命令に一喝される。
「トランシルバニア号の安全確保を第一とする。
この上、第二波攻撃で危害が加わる事があれば、榊のその身を呈した犠牲は無駄なものとなってしまう。
トランシルバニア号の周りを巡って対抗雷撃用意!」
「松」は停止したトランシルバニア号を中心に、円を描く様に航行し、その悔しい想いを敵潜水艦に
ぶつける様に、爆雷を投下し、砲撃し、機銃で海面を叩く。
「ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう!」
松も発射される爆雷に、弾丸に、我が身を乗り移らせるかの勢いで咆哮する。
一方、被雷した「榊」も、自分がまだ生きている事を示すかの様に、やがて停止し、スクリューを逆回転させた
バック運転で、やはり後部甲板に残った機銃で海面を叩きながら、トランシルバニア号の元へゆっくりと
戻りつつあった。これは後部甲板にいて難を逃れた吉田庸光大尉の指示によるものだ。
傷付いてもなお、彼女を守り通そうとする不屈の闘志は失われていない。
幸い、日本駆逐艦二隻の鬼神の如き守りに恐れをなしたのか、敵潜水艦からの第二波攻撃は無かった。
「・・・かき・・・さかき・・・」
榊は、嗚咽が交じった聞き覚えのある声に、ゆっくりと眼を開けた。
しかし、その眼は曇りガラス越しに見る景色の様に、何を映しているのかさっぱり解らない。
それでも彼女には誰が側にいるのか理解出来た。
「・・・ま・・・つ・・・」
身体中を突刺す様に激痛が走る。それを堪えて声を出してみる。
「さ、榊っ! 気付いたのっ? そうだよ! 松だよ! あんたの妹の!」
松の返事は半狂乱になった。
榊は、「分かった」と答える代わりに微かに頷いた。そして、次の言葉を紡ぐ為に口を僅かに動かす。
「・・・と・・・らん・・・しる・・・」
今の彼女はそれだけ言うのが精一杯だった。
「トランシルバニアの事? 無事だよ! 此処に来ているよ! 姉貴が守り抜いたんだよ!」
「そうですよ。榊さん! 私は貴方に救われたのです。
いいえ、私だけではありません。私の片身に乗っていた多くの人たち。それがみんな救われたのです。
貴方の尊い犠牲によって・・・ ありがとうございます。本当に何と言って感謝していいものやら・・・」
松の他にもう一人少女の声が重なる。
その声は涙声ながら、昨日とは違って毅然としたものだった。
「・・・よ・・・かっ・・・た・・・」
声にはならなかった。しかし二人には充分理解出来た。
「さっ これで安心しただろ? 姉貴は大怪我を負っているんだ。少し休みなよ。
あたいたちが見守ってやるからさ」
「ええ、もう大丈夫ですから」
二人に言われて、榊は微かに微笑み頷き、再び眼を閉じた。
松とトランシルバニアは榊が寝入ったのに安心したが、同時にこれが今生の別れになるのではと怖くなった。
何しろ榊の状態は酷いものなのだ。
左腕は肩からずたずたに引き裂かれ、無くなっていた。
顔も左半分が真っ赤に腫れ、左眼の視力を失っていると思われる。
そして、上半身と下半身は捩れて、両脚はあらぬ方を向いている。
白いセーラー服は、血で真っ赤に染められ、特に捩れた腹部が酷い。
おそらくこの部分の下は、飛び出た内臓で溢れているのだろう。
人間なら即死の状態である。しかし艦魂の榊は、艦魂だからこそ生きていた。
二人が榊の側について見守っていると、突然、二つの光が現れ、それは少女の姿を成していく。
少女たちは、松や榊と同じくセーラー服姿だった。
「失礼する。
私はイギリス海軍駆逐艦「ネメシス」の艦魂であるネメシス。こっちは同じくミンストレルだ。
救難信号を発したのは、そなたの艦か?」
イギリス駆逐艦の艦魂だという二人は敬礼しながら訊く。
二人は良く似た顔立ちと、揃って金髪なところから、松と榊と同じく同型艦の艦魂姉妹と思われた。
しかし、自己紹介したネメシスが、ツインテールでややキツめの印象を受けるのに対し、ミンストレルの方は、
ボブカットに無表情と、捉えどころの無い印象である。
外見年齢から松たち姉妹よりやや上に思えるが、生まれ出でた時より少女の姿を成した艦魂ゆえ、
その実年齢は極めてあやふやである。
「その通りです。救援要請に応じて駆けつけていただき、感謝します。
私は大日本帝国海軍駆逐艦「松」の艦魂である松。救援が必要なのは、この姉である榊です」
松も答礼しながら答える。
ネメシスは、横たわる榊の傍に跪き、その状態をしばらく観察した後、言い放った。
「失礼だが、貴官の姉上の状態は良くない。安楽死させた方が良いと見受けする」
それを聞いて松はキレた。跪くネメシスのセーラー服の喉元をいきなり掴み、無理やり立たす。
そして松より頭一つ分高いネメシスに向って怒鳴りつけた。
「んだとぉ! おたくの海軍では、まだ息のある者を、むざむざ殺すのか!」
トランシルバニアも黙ってない。
「松さんの言う通りです! この方は私の命の恩人。それを殺せとは、栄えある大英帝国の軍人は、
それほどまでの人でなしなのですか! 許しません! 同じ大英帝国に生まれし者として恥ずかしいです!」
松ばかりか、トランシルバニアにまでえらい剣幕で怒られ、さすがのネメシスも狼狽する。
「ま、待て! これだけの傷を負ったなら、わざわざ治療するよりも、生まれ変わらせた方が
得策なのは常識だ。私はそれを言ったまでだ!」
「傷の浅い深い、損得勘定なんて、あたいらには関係ねぇんだ!
共に戦ってきた得がたい姉妹に、ほんの僅かでも生きる可能性があれば、それに賭ける。
それが、あたいたちの流儀なんだ!」
「しかし、貴官らがいくら望んでも、決めるのは結局は人間たちだ! 貴官はそれでもなお・・・」
ネメシスはそこまで言い掛けて、ぴくりと反論を止めた。
どうやら自分の片身の甲板上で行われている日本側との会談の様子を察知していたらしい。
そして吐き捨てる様に言った。
「どうやら人間たちも貴官の姉上を生かす事にしたらしい・・・
ったく、日本人て奴は、艦魂も人間も・・・
曳航は私が行う。貴官とミンストレルは、引続きトランシルバニアの護衛に当ってくれ」
「榊」を破棄せず、あくまでも修理をと主張したのは、生残って指揮を執っていた吉田大尉だった。
「ネメシス」は、「榊」の大破した前部を後向き、つまり艦尾を前にして曳航の準備にかかる。
松は先ほど喧嘩した手前上、何かするのではないかという懸念はあったが、その手並みは鮮やかなもので、
いくらか安心した。
トランシルバニア号と「榊」を曳航する「ネメシス」が並んで同航し、その両側を「松」と「ミンストレル」が
護衛に当る。
一行はアレクサンドリアまでの航行を打切り、最寄のイタリア・サボナ港へ入港した。
フランスのマルセイユとイタリアのサボナは、国こそ違えども陸続きでかなり近い距離にある。
奮闘した榊には悪いが、艦隊は振出しに戻る格好となったのだ。
サボナ港には、たまたまイギリスの工作艦「ダルキース」が入港しており、ダルキース艦魂軍医が早速、
榊の様態を診てくれたは良いが、その顔は瞬く間に厳しいものとなった。
「酷いものね。生きているのが不思議なくらいだわ。私の手には負えない。応急処置をするのが精一杯。
希望通り治すのなら、入院するしかないわね」
ダルキース軍医の診断に、松は榊が改めて重傷なのだと思い知らされた。
一方、艦としての「榊」の方でも、被害状況の確認と修理に際しての検証が行われつつあった。
落着いてよく見てみると、改めて被害の大きさを感じさせる。
実際は艦橋を含む艦首部分が潰され、大きく捲り上って後方へと倒れ込んでいるのであるが、
正面衝突したかの様にぺしゃんこになっている。
更に驚くべき事に、二連装の魚雷発射管に装填済みの魚雷の弾頭部が、捲り上がった前甲板に
突き刺さっているのだ。
見解の結果、艦首にある12cm砲塔直下で敵魚雷が爆発。そこにある弾薬庫に誘爆したのが、
事を大きくした原因とされた。
しかし、この装填済みの魚雷まで誘爆すれば、間違いなく轟沈となった訳で、正に紙一重であった。
そして、作業中にこの魚雷が暴発する危険性から、まずは信管を抜く作業が行われ、続いて遺体の回収が
始まった。全壊した艦橋からは、上原艦長以下「榊」の幹部将校の遺体が次々運び出され、火葬された後、
遺骨は木箱に入れられ、荼毘に伏せられた。
死者の数は、サボナの病院に収容されながらも亡くなった者も含め、48名にのぼった。
「榊」の準備が次々と整う中、僚艦の「松」の方でも新たな動きがあった。
三日遅れでトランシルバニア号が、本来の目的地アレクサンドリアに向けて出港する事になり、
「松」も護衛で同航する事になったのだ。
「榊」が抜けた穴は、そのまま「ネメシス」と「ミンストレル」が請負ってくれる事になった。
松としてはこのまま榊の側に付いていてやりたいのだが、自分だけでは何一つ出来ない。
それが悔しく歯痒かった。
松は手当てを受けて眠る榊に、静かに、けれども力強く呟いた。
「姉貴、あたい、行って来るよ。又、戻って来るから待っていて!」
松は、それまで名前で呼んでいた姉の榊を、"姉貴"と呼ぶ事にした。勇敢で偉大な姉に敬意を表してだ。
出港する際、「トランシルバニア号」「ネメシス」「ミンストレル」、そして「松」、それぞれの乗艦者は皆、
無残な姿を晒して係留される「榊」に対し敬礼を送り、命運を祈った。もちろん艦魂たちとて同じだった。
トランシルバニア号は、無事アレクサンドリアに到着した。
今回は、史実の欧州派遣艦隊における最大の出来事、トランシルバニア号の救援と駆逐艦「榊」の
被雷について、私なりに艦魂を交えて書いてみました。
この出来事については、「トランシルバニア号を救う為に、駆逐艦「榊」は、その身を犠牲にして、
ドイツUボートの魚雷を受けて撃沈された」という間違った英雄譚が伝えられていますが、
これは二つの事項を一つに纏め、美化したものなのです。
もっとも本作とて、この間違った英雄譚をベースにはしているのですけどねw
実際のところ、「榊」と「松」は、護衛していたトランシルバニア号がUボートの雷撃で沈められ、
その乗員を救助したに過ぎません。つまり、任務としては完全に失敗したのです。
なのに各国で絶賛されたのは、当時「榊」や「松」と同様に、撃沈された船の救助に当った艦までも
敵の二次攻撃を受けて撃沈され、被害を大きくした事例により、
「雷撃されたら、残った船は救助活動せずに、さっさと逃げろ」と流布されていたところを
両艦が危険を顧みず救助活動に当った事を評価されたからです。
又、後に雷撃され大破した「榊」ばかりがクローズアップされてますが、この時危なかったのは、
むしろ「松」の方でした。
雷撃されたトランシルバニア号の乗員を助けようと、同船に横付けして活動していた「松」の舳先10m前を
第二波の魚雷が命中したのですから。
結局、この第二波攻撃がとどめとなって、トランシルバニア号は沈んでしまいます。
又、トランシルバニア号の3200人の乗員の内、3000人を救助したというのも、眉唾物に思えます。
3000人を救助するという事は、一艦当り1500人となりますが、小型の駆逐艦に、とてもそれだけ
乗せられるとは思えません。別データとしてある1800人がせいぜいだと、私は思います。
そして、駆逐艦「榊」の名を有名にした? 被雷・大破の件ですが、これはトランシルバニア号護衛とは
別になります。
前件が1917年5月4日の出来事であるのに対し、今回は一ヶ月以上経った6月11日であり、場所もギリシア近海。
護衛任務を終えて、「松」と二艦だけで帰還途中でした。
被害状況は概ね文中に書いた通りなので割愛しますが、大破はすれども沈んでません。
死者は59名にのぼりました。本作では48名と少なくしたのは、戦闘中で乗員も各部署に散っていたと
考慮してです。
又、救助に駆けつけてくれたのは、イギリス駆逐艦「リブル」が最初で、以下、同「ジェド」や
フランス水雷艇も来てくれました。
本作で救助に現れた「ネメシス」「ミンストレル」とは、後にイギリスから借与され、「橄欖」「栴檀」となった
駆逐艦の事です。
史実ではゴキブリが大発生したとかで、厄介払いとして押付けられた欠陥駆逐艦だったのですが
本作では時期を前倒しした上、いささかカッコ良く登場と相成りました。
ま、これらの史実は、私がぐだぐだ書くより、ググっていただければ、関連項目が数多く見付かると思います。
興味を持たれた方はどうぞ。