"毒林檎"
「君の味方はもう僕しか居ない」
腕の中でさめざめと泣く君に、僕は囁く
「やられる前にやるんだ」
屋敷の私室には、僕たち子供二人しか居ない
渡すなら今しか無いと判断し、紅いベルベットの箱を手渡す
中身は、分厚い刃をした一本のナイフだった
何回やっても、主人殺しの教唆は堪らない悦楽だ
今回に至っては、こうして美しい少年にお手付きする約得さえ得た
一つ二つ激励の言葉を掛けると、君は追い詰められた表情で部屋を後にした
珈琲を淹れながら、暫く待つ
二時間程が経過する頃
君はべっとりとした血塗れの刃を持って、上着を返り血で汚して、項垂れた姿で帰って来た
「───やりました」
「僕っ、…………やったんです」
君の如何にもな『褒められるのを待つ姿』を視て
急に僕は気が変わり、狼狽した風を装った大声で使用人を呼んだ
静かだった屋敷に大勢の靴音がざわめいた後、正装した使用人達が部屋に殺到し、君を取り押さえた
数名が僕の傍らに立ち、「お怪我は有りませんか」と尋ねる
途端、俯せに押さえ込まれた君が狂った様に、僕を非難する言葉を叫び始めた
確かに『元々の予定』では、君はあらゆる手を使ってでも罪に問われなくする積りだった
だが、飽くまで其れは『元々の予定』に過ぎない
あんな表情をされればどうしても、非業の死を遂げさせたくなる心が起こるのは当然だった
「大丈夫だよ」「ありがとう」と、左右に向き直りながら使用人達に感謝を伝える
そして、努めて険しい顔をすると僕は君を視た
君は、端正だった顔中を自らの唾液に濡らして泣きながら喚き散らして居たが、僕と視線を交わすと、何を勘違いしたのか期待に満ちた表情に成った
君が騒ぐのを止めた為、必然的に部屋は静まり返る
僕は、使用人達を順番に視ながら「此の子」「前から言動が変だったんだよね」と呟いた
君は、きょとん、と云う顔を一瞬したあと
激しい憎悪で僕に掴み掛かろうとした
「怖い」と云いながら使用人の後ろに隠れる
もう少しで警察が到着するらしかった




