転生した俺、前世の記憶があると家族に話したら家を追い出されました ~水・風・光の三属性しか使えない俺ですが、氷と雷を生み出して最強を目指します~
第一話 前世の記憶があると話しただけなのに
父の剣に、雷が落ちた。
青白い光が刀身を駆け抜け、乾いた破裂音が訓練場に響く。
次の瞬間。
父の姿が消えた。
いや。
消えたように見えただけだ。
一瞬で十メートル以上を詰めた父――ガルド・アルヴェインが、訓練場の中央に置かれた巨大な岩へ剣を振り抜く。
一拍遅れて。
岩が、ずれた。
上半分が地面へ落ちる。
轟音。
土煙が舞い上がった。
「……やっぱり父上が使うとおかしいな」
思わず呟いた。
父上が振り返る。
「何がおかしい」
「威力ですよ」
「お前が作った魔法だろう」
「作ったのは雷です。岩を真っ二つにしろとは言ってません」
「剣とは、そういうものだ」
「絶対違うと思う」
父上が笑った。
俺も笑う。
昔から、こんな感じだった。
俺の父、ガルド・アルヴェインは王国北東部の小さな領地を治める領主であり、同時に王国でも指折りの剣士でもある。
若い頃には王国騎士団に所属し、剣術大会で優勝したこともある。
そして今。
父上にはもう一つの名がある。
――〈雷装剣士〉ガルド。
その原因は。
俺だった。
「もう一回やってください」
「まだやるのか?」
「右足への雷が少し強いです。肩は逆に弱い。剣への流量も少し落とした方がいいかも」
「見ただけで分かるのか?」
「なんとなく」
「相変わらず気味が悪いな」
「息子に言います?」
「褒めている」
「便利な言葉だなぁ」
父上が再び剣を構える。
俺は右手を上げた。
魔力を指先へ集める。
風。
光。
二つを重ねる。
バチッ。
青白い雷が指先で弾けた。
この世界の魔法には、六つの属性がある。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
平均は二属性。
三属性なら優秀。
四属性ともなれば〈賢者〉と呼ばれるほど希少だ。
俺は三属性。
水、風、光。
十分に恵まれている。
ただ。
俺は昔から一つだけ不思議だった。
どうして。
魔法まで六種類しかないことになっているんだろう。
水は冷やせば凍る。
雷は火じゃない。
霧も雲も水からできている。
前の世界では、子供でも知っていた。
だから十二歳の頃、試しに水を冷やし続けてみた。
凍った。
母上に見せたら喜んでくれた。
嬉しくなって夕食のスープまで凍らせたら怒られた。
次に挑んだのが雷だった。
こっちは簡単じゃなかった。
そもそも前世の俺は科学者でも何でもない。
雷は電気。
雲の中で何かがどうにかなって、電気が溜まって、最後にドーン。
その程度だ。
何百回も失敗した。
髪が逆立った。
指を火傷した。
母上の花瓶も割った。
それでも十三歳の時。
初めて俺の指先から、小さな雷が飛んだ。
それを見た父上が言った。
『これ、剣に纏わせられないか?』
頭がおかしいと思った。
やってみた。
できた。
次に。
『身体にも流せないか?』
もっと頭がおかしいと思った。
でも、やってみた。
これもできた。
俺が雷を作り。
父上が剣術として完成させた。
それが〈雷装〉だった。
「レオン」
「はい?」
「ぼーっとするな」
「あ」
目の前に父上がいた。
「うわっ!」
頭を下げる。
直前まで頭があった場所を木剣が通過した。
「危なっ!」
「戦場なら死んでいたぞ」
「ここ戦場じゃないでしょう!」
「だから木剣にした」
「論点そこじゃない!」
父上が笑う。
俺も腰の剣を抜いた。
「やります?」
「来い」
「魔法あり?」
「ああ」
「後悔しますよ」
左手を向ける。
「――氷槍」
三本の氷槍が生まれる。
放つ。
一閃。
全部砕かれた。
「嘘だろ」
「遅い」
父上が来る。
俺は剣へ魔力を流した。
バチッ。
青白い雷が刀身を走る。
受ける。
重い。
「くっ!」
「足が止まっている」
「父上基準で言わないでください!」
「敵は待ってくれんぞ」
「だったら!」
右手を向ける。
「――雷撃!」
「馬鹿!」
父上が飛ぶ。
轟音。
雷が訓練場の壁を吹き飛ばした。
「……」
「……」
二人で壁を見る。
「レオン」
「父上がやったことにしません?」
「何故だ」
「母上に怒られるの嫌なので」
「俺も嫌だ」
結局。
二人で怒られた。
剣だけなら、父上には百回やって百回負ける。
魔法を使っても。
まだ勝てない。
でも。
いつか勝ってみたいと思っていた。
これから何年も。
父上と剣を振るのだと思っていた。
その日の夕食は、母上の作ったシチューだった。
領主の家なのだから料理人はいる。
それでも母上は昔から時々、自分で料理をする。
特にシチューは。
俺が小さい頃から好きだった。
「レオン」
「はい」
「人参」
「……食べてます」
「避けているでしょう」
「気のせいです」
「十六年間あなたを育てた母親に、その言い訳が通じると思っているの?」
「……食べます」
向かいで父上が笑った。
「諦めろ、レオン」
「父上だって豆残してるじゃないですか」
父上の笑顔が消えた。
母上を見る。
母上も見る。
「あなた?」
「……今から食べる」
「俺には諦めろって言ったくせに」
「黙れ」
いつも通りだった。
本当に。
いつも通りの夕食だった。
俺はこの時間が好きだった。
厳しい父上も。
怒ると怖い母上も。
大好きだった。
自分がこの家に生まれたことを、心から幸せだと思っていた。
「そういえば」
母上が言う。
「今日も雷の訓練をしていたのでしょう?」
「はい」
「壁が壊れていたけど?」
「父上です」
「レオン!」
「共犯です」
「お前!」
「二人ともです」
「はい」
「……はい」
母上には勝てない。
父上がパンをちぎりながら俺を見る。
「しかし、本当に不思議だな」
「何がです?」
「雷だ。王都の魔術師にも聞いたが、再現できた者はいないそうだ」
「そうなんですか」
「ああ。どうやって思いついた?」
「ああ」
俺は人参を口に入れた。
嫌いだ。
噛む。
飲み込む。
それから。
本当に。
何も考えずに答えた。
「前の世界にあったからですよ」
父上の手が止まった。
母上も止まった。
「……何?」
「雷です」
「いや」
父上が眉を寄せる。
「前の世界とは何だ」
「あれ?」
そういえば。
話してなかったっけ。
「俺、前世の記憶があるんですよ」
言った。
本当に。
それだけだった。
父上が俺を見る。
母上も俺を見る。
俺は二人を見返した。
「……何です?」
「レオン」
父上の声が低くなる。
「今の話を、もう一度しろ」
「前世の記憶があります」
「前世とは」
「この世界に生まれる前です。別の世界で一回生きてました」
沈黙。
「……冗談?」
母上が聞いた。
「いや。本当ですよ」
「いつから?」
「いつからって?」
「その記憶があるのは、いつからなの?」
「ああ」
「生まれた時からです」
母上の顔から。
笑顔が消えた。
それを見て。
ようやく。
何かがおかしいと思った。
夕食は終わった。
正確には。
続けられなくなった。
場所を父上の書斎へ移した。
父上。
母上。
俺。
さっきまで同じ食卓で、人参だの豆だの壁だのと話していた三人が、今は誰も笑っていない。
「前の人生では、何歳だった」
父上が聞いた。
「死んだ時ですか?」
「ああ」
「三十四です」
母上の指が僅かに動いた。
「……三十四」
「はい」
「男?」
「そうです」
「家族は?」
「いました」
「妻は?」
母上だった。
「いました」
「子供も?」
「娘が一人」
母上が口元を押さえた。
そこで。
ようやく俺にも分かった。
これは。
俺が思っていたより。
ずっと大きな話なのかもしれない。
「母上」
「あなた」
母上が俺を見る。
今まで。
一度も見たことのない目だった。
「私より……年上なの?」
「……いや」
違う。
そう言おうとして。
止まった。
前世で死んだのが三十四。
母上は三十八。
だから年齢だけなら違う。
でも。
そういう話じゃない。
「生まれた時から、全部覚えていたの?」
「……はい」
「私があなたを抱いていた時も?」
「はい」
「お風呂に入れた時も?」
「……はい」
「一緒に寝ていた時も?」
声が震えていた。
何も言えなくなった。
俺にとって。
この人は母親だ。
前世の記憶があろうがなかろうが。
十六年間。
一度だって。
それを疑ったことはない。
だけど。
それは俺の側の話だった。
母上がどう感じるのか。
一度も。
考えたことがなかった。
「……ごめんなさい」
「違うの」
母上が立ち上がる。
「責めたいわけじゃないの。ただ……」
声が続かなかった。
「ごめんなさい。少し、一人にして」
「母上」
「今は」
止められた。
「お願い」
母上が出ていく。
扉が閉まった。
静かだった。
父上は。
ずっと黙っていた。
「父上」
「雷は」
「……はい?」
「あれも、前の世界の知識なのか」
「……はい」
「氷も?」
「はい」
「そうか」
父上が自分の右手を見る。
何度も一緒に作った。
何百回も失敗した。
父上の腕を痺れさせた。
転ばせた。
二人で夜中まで魔力の流れを考えた。
初めて剣へ雷を纏わせられた夜。
父上は珍しく酒を出した。
俺は十三歳だったから、母上に二人まとめて怒られた。
全部。
俺にとっては。
父上との思い出だった。
「俺はお前に剣を教えた」
「はい」
「文字も。馬も。初めて魔物を倒した時も一緒だった」
「はい」
「俺は」
父上の声が掠れた。
「お前の父親だと思っていた」
「父親でしょう」
即答した。
父上が俺を見る。
「俺の父親です」
「……前の世界にもいたのだろう」
「いました」
「母親も」
「はい」
「妻も」
「はい」
「娘まで」
「……はい」
父上の顔が歪んだ。
「なら」
小さな声だった。
「お前は、誰なんだ」
胸の奥に。
何かが刺さった。
「俺は……レオンです」
「そういう意味ではない」
「分かってます」
「俺には分からん」
父上が立ち上がった。
窓へ歩く。
背中を向けたまま。
長い間。
何も言わなかった。
「すまない」
やがて。
父上が言った。
「今は、お前を息子として見られない」
「……え?」
「家を出てくれ」
「父上?」
「頼む」
本気だった。
その時になって。
初めて理解した。
怒られるなんて。
嫌われるなんて。
追い出されるなんて。
微塵も考えていなかった。
家族だから。
俺の家族だから。
普通に受け入れてくれると思っていた。
前世の記憶がある。
俺にとっては。
ただ、それだけだった。
浅はかだった。
翌朝。
俺は十六年間暮らした家を出た。
荷物は鞄一つ。
服。
金。
保存食。
そして。
腰に一本の剣。
十五歳の誕生日に、父上からもらった剣だった。
母上には会えなかった。
部屋から出てこなかった。
父上は玄関にいた。
「……行きます」
「ああ」
それだけ。
父上の腰にも。
剣があった。
「父上」
「何だ」
「雷」
父上の手が僅かに動いた。
「まだ使ってくださいね」
「……」
「父上が使う雷、好きなんです」
返事はなかった。
俺は頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました」
外へ出る。
扉が閉まった。
十六年間暮らした家だった。
なのに。
振り返ることができなかった。
家を出て。
初めて知った。
噂というものは。
魔法より速い。
「あいつだ」
「領主様の息子じゃなかったって」
「三十過ぎの男が赤ん坊に入り込んでたらしいぞ」
「じゃあ本当のレオン様は?」
「最初からいなかったんじゃないか?」
「気持ち悪い……」
違う。
そうじゃない。
そう言いたかった。
でも。
何が違うのか。
上手く説明できなかった。
俺には前世の記憶がある。
三十四歳まで生きた。
妻も。
娘もいた。
全部。
本当だ。
それでも。
俺はレオンだ。
そのはずなのに。
昨日まで挨拶してくれた人が目を逸らす。
店の前を通れば。
会話が止まる。
街の門が見えてきた。
ここを出れば。
アルヴェイン領の外だ。
「レオン!」
声がした。
振り返る。
長い茶色の髪。
大きな鞄。
幼馴染のミアが走ってきた。
「……何してんの?」
「見れば分かるでしょ」
「分からないから聞いてる」
「旅支度」
「どこ行くの?」
「あんたと」
「何で!?」
ミアが俺の隣へ並ぶ。
「一人じゃ死ぬでしょ」
「俺、結構強いよ?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味だよ」
「面倒臭いなぁ!」
怒られた。
「帰れよ」
「嫌」
「お前まで変な噂立つぞ」
「もう立ってる」
「……え?」
「異世界人に誑かされた女だって」
言葉が出なかった。
「……ごめん」
「何で謝るの?」
「俺のせいだろ」
「そうだね」
「そこは否定してくれよ」
「嫌」
ミアが笑う。
「だから責任取って」
「どうやって?」
「とりあえずご飯」
「何で俺が作るんだよ」
「レオンの方が上手いから」
「追放された日に飯炊きさせられる奴いる?」
「ここにいる」
歩き出す。
俺は。
その背中を見た。
「……ミア」
「何?」
「俺、本当に前世の記憶あるよ」
ミアが止まった。
「三十四まで生きてた。結婚もしてた。娘もいた」
「聞いた」
「怖くないの?」
ミアは。
少し考えた。
「レオンは、私が八歳の時に木から落ちたの覚えてる?」
「鼻水垂らしながら泣いてた」
「殺すわよ」
「聞いたのお前だろ」
「十歳の時、川に落ちたのは?」
「俺が助けた」
「十二歳の時は?」
「お前が俺の氷を食べて腹壊した」
「それは忘れて」
「無理」
ミアが振り返る。
「それ」
「何?」
「全部レオンでしょ」
「……」
「前のあんたが誰だったかなんて、私は知らない」
笑った。
「私が知ってる十六年のあんたは、あんたでしょ」
胸が。
痛くなった。
『お前は、誰なんだ』
父上の声が浮かぶ。
俺には。
答えられなかった。
でも。
ミアは。
あっさり答えた。
「……そっか」
「うん」
「じゃあ行くか」
「うん」
「どこへ?」
「知らない」
「決めてないの!?」
「レオンが決めてると思ってた」
「俺、昨日追い出されたばっかりだぞ!」
「頼りないなぁ」
「帰れ!」
二人で。
街を出た。
三日後。
俺たちは隣の都市ラグナへ着いた。
宿代。
飯代。
これから生活する金。
全部必要だ。
だから。
冒険者になった。
登録で水晶へ触れると。
青。
緑。
白。
三色に輝いた。
「三属性!?」
受付嬢が叫んだ。
「水、風、光……三属性持ちなんですか!?」
「はい」
「すごいですよ!」
「そうなんですか?」
「そうなんです!」
何故か怒られた。
その日のうちに。
俺とミアは初めての依頼を受けた。
ゴブリン五体。
簡単な討伐だった。
森へ入る。
見つける。
「五体」
ミアが剣を抜く。
「俺がやる」
右手を向けた。
水属性の魔力を集める。
「――氷槍」
水が生まれる。
凍る。
五本。
放つ。
一瞬だった。
五体のゴブリンが倒れる。
同行していたギルド職員が固まった。
「……今の」
「はい?」
「何属性ですか?」
「水です」
「どこが?」
「水ですよ」
「凍ってましたけど!?」
「冷やしたので」
「水は冷やしても凍りません!」
「冬に池凍りますよね?」
「……」
「……」
「凍りますね」
「ですよね?」
ミアが笑っていた。
依頼は終わった。
そのはずだった。
帰り道。
低い唸り声が響いた。
木々の奥から。
巨大な影が現れる。
オーク。
さらに。
その後ろ。
一回り大きな巨体。
巨大な斧。
ギルド職員の顔が青ざめた。
「オークジェネラル……!」
「強いんですか?」
「逃げてください! 新人が戦う相手じゃありません!」
オークジェネラルが走る。
地面が揺れた。
「レオン!」
「大丈夫」
右手を上げる。
風。
光。
二つを重ねる。
空気が震える。
髪が逆立つ。
青白い雷が。
指先に集まった。
「――雷撃」
轟音。
森が白く染まった。
雷が巨体を貫く。
オークジェネラルが。
倒れた。
「……」
ギルド職員が俺を見る。
「今のは?」
「風と光です」
「何で!?」
「組み合わせました」
「組み合わせるな!」
「何で怒ってるんです?」
「常識が壊れるからです!」
「レオン!」
ミアが叫んだ。
一体のオークが。
すぐそこまで来ている。
近い。
魔法より。
こっちの方が速い。
剣を抜く。
バチッ。
刀身へ雷が走った。
一歩。
踏み込む。
父上ほど速くはない。
剣術だって。
遠く及ばない。
それでも。
十六年間。
あの人に教わった剣だ。
一閃。
オークが崩れ落ちる。
刀身に残った雷が。
小さく弾けた。
「……やっぱり」
ミアが呟いた。
「何?」
「あんた、戦い方だけはガルド様そっくり」
俺は。
剣を見る。
「まあ」
鞘へ戻した。
「父上に習ったからね」
ギルドへ戻ると。
少しだけ騒ぎになった。
新人がオークジェネラルを倒した。
しかも。
見たことのない氷と雷を使った。
ギルドマスターに呼ばれた。
「氷は何属性だ」
「水です」
「雷は?」
「風と光」
「お前は三属性しか持っていないんだよな?」
「はい」
「なら何故、氷と雷を使える?」
「何故って……」
少し考える。
「氷は水ですし、雷も風と光を使って作ってるだけなので」
「だが魔法は六属性だ」
「属性は六つですよ」
「なら何が違う」
俺は首を傾げた。
「魔法まで六種類しかないなんて」
誰も。
そんなことを。
決めていない。
「誰が決めたんです?」
ギルドマスターが。
黙った。
それから一か月。
俺とミアは。
ラグナに小さな家を借りた。
俺の氷と雷は街で少し有名になった。
王都から魔術師までやってきた。
冒険者としての仕事も増えた。
金も。
少しずつ貯まった。
「狭い」
新居へ入ったミアの第一声だった。
「文句言うなら出てけ」
「台所も狭い」
「お前料理しないだろ」
「レオンがする」
「だから何でだよ!」
ミアが笑う。
俺も。
笑った。
その夜。
新しい自分の部屋へ入った。
ベッド。
机。
椅子。
窓。
それだけ。
前の部屋と比べれば。
ずっと狭い。
それでも。
「……俺の部屋か」
家を追い出された。
家族を失った。
故郷まで失った。
それでも。
俺は生きている。
仕事もある。
家もある。
隣には。
うるさい幼馴染もいる。
ここから。
また始めればいい。
そう思った。
もう。
俺からアルヴェイン領へ戻ることはない。
父上や母上を嫌いになったわけじゃない。
嫌いになれるはずがない。
でも。
俺を息子として見られないと言ったのは父上だ。
俺を追い出したのも。
あの家だ。
なら。
俺はここで生きていく。
そう。
決めた。
その数日後。
夕方の冒険者ギルド。
扉が。
勢いよく開いた。
「レオン・アルヴェイン殿はいるか!」
酒場が静かになった。
俺も。
動けなかった。
久しぶりに聞いた。
その名前。
レオン・アルヴェイン。
「……レオン?」
ミアが俺を見る。
「聞こえてる」
入口に。
一人の騎士が立っていた。
泥だらけだった。
鎧には傷。
息も荒い。
知っている。
アルヴェイン領の騎士だった。
俺は立ち上がる。
「俺です」
男が。
俺を見た。
「レオン様……!」
「もう様はいりません」
「ですが」
「アルヴェイン家の人間じゃないので」
男の顔が。
僅かに歪んだ。
「それで」
俺は聞いた。
「何の用ですか?」
男は。
その場で。
膝をついた。
「お願いします」
頭を下げる。
「アルヴェイン領を、お救いください」
酒場が。
静まり返った。
「……何があったんです?」
「北の森から、魔物が溢れました」
「数は?」
「千を超えたところで、数えるのをやめました」
ミアの表情が変わった。
俺は。
聞かないつもりだった。
でも。
「父上は?」
口から出た。
「ガルド様は前線で戦っておられます」
「……母上は?」
「領民の避難を指揮されています」
二人とも。
生きている。
胸の奥が。
少しだけ軽くなった。
まだ。
こんなにも。
気にしている。
「レオン様」
「様はいりません」
「……レオン殿」
騎士が顔を上げる。
「ガルド様からです」
嫌な予感がした。
「何て?」
騎士は。
少しだけ言葉に詰まった。
「戻ってきてほしい、と」
胸が。
痛んだ。
あの日。
父上は言った。
『家を出てくれ』
そして今。
『戻ってきてほしい』
俺は。
騎士を見た。
「……俺を追い出したのは」
声が。
思っていたより静かだった。
「父上ですよ」
「……」
「俺はもう、息子じゃない」
「レオン殿……」
「そう言われたんです」
騎士は。
何も言えなかった。
長い沈黙。
「……少し」
俺は言った。
「考えさせてください」
その夜。
眠れなかった。
目を閉じる。
父上がいた。
剣に。
俺の雷を纏わせている。
母上がいた。
俺の嫌いな人参を。
シチューへ入れている。
家がある。
訓練場がある。
街がある。
十六年間。
俺が生きた場所。
そして。
最後の日。
『家を出てくれ』
目を開けた。
「……知らないよ」
誰も。
聞いていなかった。
翌朝。
冒険者ギルドへ向かった。
騎士は。
入口で待っていた。
俺を見る。
「レオン殿」
「家には戻りません」
最初に。
そう言った。
騎士の顔が曇る。
「俺はもう、アルヴェイン家の人間じゃない」
「では……」
「でも」
腰の剣へ触れる。
父上から。
もらった剣。
「魔物は倒します」
騎士が。
顔を上げた。
「レオン殿……!」
「勘違いしないでください」
右手を上げる。
指先に。
青白い雷が宿った。
「父上の息子として戻るわけじゃない」
「……」
「俺は冒険者です」
ミアが。
隣へ来る。
大きな鞄。
腰には剣。
「何してんの?」
「見れば分かるでしょ」
どこかで聞いた会話だった。
「旅支度」
「来るの?」
「当然」
「危ないぞ」
「一人じゃ死ぬでしょ」
「だから俺、結構強いって」
「そういう意味じゃない」
笑った。
俺も。
少しだけ笑った。
そして。
北を見る。
アルヴェイン領。
二か月前。
俺が追い出された場所。
もう戻らないと。
決めた場所。
「行こう」
「うん」
俺は。
家へ戻るんじゃない。
アルヴェイン家へ戻るんでもない。
父上の息子に戻るためでもない。
ただ。
魔物を倒しに行く。
それだけだ。
そう。
自分に言い聞かせながら。
指先には。
俺が生み出した雷を。
腰には。
父上から教わった剣を。
俺はもう一度。
生まれ故郷へ向かった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は短編として書きましたが、反響があれば続きを連載として書こうと思っています。
追い出された故郷へ戻ったレオンを、父と母はどう迎えるのか。
そして、父とともに作った〈雷〉を手に、レオンは故郷を救うのか。
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