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15 バルタザール②

 不思議なニンゲンだ。


 我は目の前で胸を張るアーサーを眺めていた。懐かしい敬礼ではあるが、この少年から悪意や我を利用しようという魂胆が見えず、眩しく感じるほどにひどく純粋なのだと思った。


 不思議なことはまだある。


 それは、我の体だ。目の前の少年がニンゲンの子どもだとすると、どうもサイズ感が合わない。元の体の十分の一もないのではなかろうか。そこで自分の体を見てみると、どうやら布と綿でできているらしい。それらを縫い合わせる糸に少しだけ神の気配を感じた。


 どうやら、我があの久遠結界を抜け出せたのは、神の手引きがあったようだ。


 それにしても、この我の依り代となる体が、こんなにも頼りないものだとは思わなかったが。


 しかし、あの地獄から我を救い出したことに関してだけは感謝してやってもいい。


 それにしても、時間の感覚が曖昧だ。ここがあのエインズワース王国だとすると、今は邪神封印からどれほどの時が経っているのだろうか。


 ニンゲンが我のことを覚えているのだ。せいぜい百年、二百年後といったところだろう。


 しかし……。


「狭いな……」


 ニンゲンにとっては十分広い部屋だろう。


 だが、我にとっては狭すぎる。満足に動けぬどころか、翼も広げられぬほどだ。


 この部屋の中から動けぬのでは、久遠結界を抜け出せた意味がない。


 ここは強引に壊してしまおう。


「下がっているがいい」

「え?」


 頭の巡りの悪いらしいアーサーを鼻先で押して退避させると、我は立ち上がって翼を広げた。


 どうやら分厚い石造りだったらしいが、我を拘束するには不足であったな。


 ガラガラと音を立てて崩れる屋根と壁。


 できた穴から首を伸ばすと、もう見られると思っていた青空が広がっていた。


「ふむ……」


 布と綿で作られたハリボテの体だが、匂いを感じることはできるらしい。それによると、ここは空ほどではないが、高度が高い場所のようだ。わざわざ山の上に都を築いたのか。ニンゲンというのはごく短い寿命のはずだが、存外暇なのかもしれん。


「バルタザール!」

「アーサー、無事であったか?」

「うおっほ! うおっぷ! 無事だけど、埃がすごいよ! そんなことより、どこか破れてないよね? 大丈夫だよね!?」

「ほう……?」


 建物を壊されて、まず心配するのは我のことか。面白いニンゲンだ。


「少し、飛ぶ。すぐ戻る故――――」

「僕も行く!」

「何……?」


 足元を見ると、もくもくと煙る埃の中、我の体にしがみ付いて登り始めているアーサーの姿があった。その顔はまっすぐと我を見上げ、その希少な宝石を思わせる紫の瞳をキラキラさせていた。


「……はぁ。一度、しゃがむ。尻尾から登るとよい」

「約束だからね!」

「わかった、わかった」


 まったく、あんな純粋な憧憬の瞳は何だ?


 ニンゲンとは、我らドラゴンを恐れるものではなかったのか?


「登ったよ! もう大丈夫!」


 そんなことを考えていたら、アーサーはもう我の背中に乗ったらしい。


 その時だった。


「アーサー様! 失礼いたします!」


 バゴンッと歪んだ扉が蹴飛ばされ、戦士風の者や女中のような者たちが崩れた部屋に入ってくる。


 そういえば、アーサーは王族だったな。


 察するに、アーサーの家臣といったところか。


「みんな! 僕は大丈夫! これから空を飛んでくるね!」

「「「「「はあ!?」」」」」


 我もこの時ばかりはニンゲンたちと心を一つにしただろう。これは貴重な経験かもしれない。


 まさか、自分の家臣たちにはたったそれだけの説明で、命綱なしの飛行に臨むつもりなのか?


 まさかとは思っていたが、アーサーはバカなのか?


 いや、部屋に入ってきたニンゲンたちに比べると、アーサーの背丈は特に小さい。それだけ幼いということだろう。それにしても限度があると思うのだが……。


「バルタザール! 早く! 早く!」

「……後で怒られるのは汝だぞ?」

「怒られるくらいで飛べるならいくらでも怒られるよ! これは僕の夢なんだ!」

「ふむ……」


 これも翼を持たぬ者の悲願なのかもしれぬ。そう考えれば、無下にもできんな。


「掴まっておれよ?」

「はい!」


 我は大きく翼を広げる。それのなんと心地よいこと!


 もう二度とできないと思っておったからな。その感動は、危うく涙を流すところであった。


 まだ空を駆けていないのにこれだ。飛んだらどうなってしまうのか。


「アーサー様!?」

「なんだ、これは!?」

「ド、ドラゴン!?」

「よく見ろ! ぬいぐるみだ!」

「アーサー様の魔法か!」

「アーサー様、戻ってきてください!」


 下からアーサーの家臣が喚いている。


 だが、これ以上は我が我慢できぬ!


「行くぞ!」

「はい!」


 背中に小さな手がギュッと我を掴むのがわかった。


 我は翼を打ち付け、ふわりと飛翔する。


 この布と綿だけの体だが、元の体と同じように飛べるらしい。


 それがとてつもなく嬉しい。


 我とアーサーは青へと駆ける。


 この晴れ渡った蒼穹は、我を祝福するものか、それとも――――。

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