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01 魂の魔法

 大きく荘厳な白い建物。壁や床、天井に至るまで今日のためにピカピカに磨き上げられ、神々の像がステンドグラスのカラフルな色で染められている。それが王都にある大神殿の中だった。


 大神殿の中には、神官の姿と五十人くらいの子どもたちの姿があった。


 神官たちは直立不動で、椅子に座った子どもたちはお行儀良く座っているけど、どこかそわそわした雰囲気が漂っていた。


 それもそのはず。今日、僕たちは五歳になる。


 五歳になると、神様からその子だけの『魂の魔法』を授かることができるのだ。


 自分がどんな『魂の魔法』を賜るか。それは一生を左右しかねない大きなイベントだ。自分が何に向いているのか。自分に何ができるようになるのか。みんな魔法という強大な力に興味津々なのだ。


「最初は、アーサー・シド・エインズワース様。ご準備ください」

「はい!」


 そして、僕の名前が呼ばれる。


 これでも僕は王族だからね。こういうイベントでは、最初に呼ばれることが多い。


 もう慣れっこだ。でも、予想外に一気に緊張が走る。足と手が一緒に出てしまいそうになった。まるで歩き方を忘れてしまったみたいだ。


 さすがに僕も人生で一度の、それもやり直しもできない儀式に緊張しているらしい。


 なんとか無理やり歩き出すと、神官に付いて神様たちの像の前まで向かう。


「そこに跪き、一心不乱に祈るのです。さすれば、あなた様に相応しい『魂の魔法』が与えられるでしょう」


 この大神殿の神殿長なのだろう。白い立派なヒゲを生やした神官が、僕の横で水晶玉を構えて立っていた。


 たしか、メルヴィン兄上が言っていた。あの水晶玉に神様から授かった『魂の魔法』が映し出されるらしい。


 僕が水晶玉を見ると、今は大神殿の景色がうっすらと映ってるだけだ。『魂の魔法』を授かると、何か映るのだろうか?


 そんなことを思いながら、僕は神様たちの像に向き直り、跪こうとした。


 その時――――!


「出ましたぞ」

「え?」


 まだ祈りどころか跪いてすらないんだけど? もう貰えたの?


 さすがに早すぎないかな?


 でも、神官の持つ水晶玉はたしかに光っている。


「アーサー様はよほど神々に好かれていらっしゃるのか、とても早かったですな。アーサー様の日頃のおこないがよかったのでしょう。これほど早いのはわたくしが神殿長になって初めてのことです。きっと強力な、それこそ四大神のお与えになる『魂の魔法』の中でも特に強力なものを授かったのでしょう。どれどれ……」


 四大神とは、火、水、風、土を司る神様の中でも上位の存在だ。前を向けば、四柱の大きな神像が飾られている。その周りに犇めき合うように安置されているのが中神たちの像で、そのさらに外側には、小神の神像が飾られている。


 光が収縮するように水晶玉に集まると、ある一つの単語が浮かび上がる。


「糸……?」


 糸って、あの糸? いったいどんな魔法なんだろう?


「糸……ですか……」


 先ほどまでの興奮はどこに行ったのか、神殿長はまるで期待外れだと言いたげに深い息を吐いた。


「アーサー様が賜ったのは、糸を出す『魂の魔法』だと思われます。おそらく、機織りの女神であるアルバータ様から賜ったのでしょう」


 今さらのように姿勢を正してそう真面目に答える神殿長の姿は、子どもの僕から見てもわざとらしかった。


 また期待外れという言葉が頭をよぎった。


「魔力の扱いはご存じですな? 実際に魔法を発動してみましょう。とはいえ、『魂の魔法』は危険な力を孕むものもあります。魔力を細く、ゆっくり手から出してみてください」

「はい……」


 僕は気を取り直して、右の手のひらに魔力を集める。僕は魔力の扱いは得意だからね。このくらい簡単である。


 僕もお兄様たちみたいにすごい『魂の魔法』を賜って、みんなのために、国のために役に立ちたいのだ!


 でも、僕の期待を裏切るように、手のひらから出てきたのは、透明な細い糸だった。一瞬、手のひらから白髪が生えたのかと思ったよ。


 そんな透明な糸はするすると手のひらから伸び続けていく。


「本当に糸を出すだけの魔法のようですね……。もう大丈夫です。触ってもよいですか?」

「はい……」

「ふーむ……。驚くほど透明な糸ですね。これで服を作るわけにも……。いえ、逆に飾りや羽織として使えばよいのかもしれませんが……私には有効な使用方法が見つからず、申し訳ございません……」

「いえ……」


 がっかりしたように言う神殿長の声色に、僕もなんだか無性に悲しくなった。


 だって、お兄様たちはすごい『魂の魔法』を使って大活躍だと言っていたのに……。


 なんで僕だけこんな思いをしなくちゃいけないんだ……。


「では、席にお戻りください。次の者を」

「はい……」


 僕はとぼとぼと自分の席に帰ると、クスクスと笑う声が聞こえてきた。


 きっと、僕と神官のやり取りをみんな聞いていたのだろう。


 僕の心はだんだんと熱を失ったように小さくなっていくような心地がした。


 僕はこのまま小さくなって消えてしまいたくなった。


 そうしている間にも儀式は進み、集まったみんなが儀式を終えた。


「今この瞬間も、神々は皆様のおこないを見ておいでですよ? 賜った『魂の魔法』を磨き、その力に恥じぬように生きていきましょう。本日はお疲れ様でございました」


 神殿長の言葉を最後に、『魂の魔法』を賜る儀式が終わり、解散となる。


 僕はすぐに立ちあがると、近くの子と話し合う子どもたちの間を縫って、そそくさと逃げるように大神殿を後にした。


「うっ……」


 大神殿から出ると、たくさんの大人たちが庭で待っていた。その顔には輝くように期待がある。


 きっと自分たちの子どもがどんな『魂の魔法』を賜ったのか、わくわくしているのだ。


 僕は急に家族と会うのが怖くなった。


 そんなわけがないとはわかってはいるけど、優しいみんなが手のひらを返したように僕に辛く当たるようになってしまったらと思っただけで泣いてしまいそうだ。


 それでも、このままここにいれば、すぐに僕の『魂の魔法』がどうしようもないものだとバレてしまうだろう。


 なら、ここから早く離れないと!


 僕は急いで家族のもとに走る。


 僕の家族は目立った容姿をしているので、こういう時は見つけるのが容易だ。


 まるでライオンのたてがみのような金の髪とヒゲ。大きく筋肉質な体はまるで肉食獣のような気配を放っているけど、その青い目は優しい光を放っている。


 僕の父上、コンラッド・シド・エインズワース。この国の王様である。


 その隣にひっそりと咲いている花を思わせるのは、僕の母上、オーレリア・ソン・ティペット=エインズワース。その細い銀の髪と青紫の瞳は、息子の僕から見ても神秘的だと思う。


「おお! アーサーよ! 一番乗りとは大儀である!」

「お友だちとのお話はよかったのですか?」


 ニカッと男臭い笑みを見せる父上と、そっと微笑む母上。それだけで周囲が華やかになった気さえするほどだった。


「それで、アーサーはどんな――――」

「父上、母上、あの、早く帰りましょう」


 僕は父上の言葉を遮るように早口で言い放つ。


「なぬ?」

「まあ? どこか痛いの?」

「いえ、そういうわけでは……」

「でもアーサー、お顔が真っ青よ?」

「ふむ。大神殿は石造りだからな。冷えたのかもしれん。風邪をひくと厄介だ。アーサーの言う通り、ここは撤退するか。セバスチャン! すぐに馬車の準備だ!」


 今日、神殿に集まったのは、この国の貴族の子どもたちだ。おそらく、父上も母上も他の貴族たちと情報交換などを予定していただろう。


 でも、両親は僕を優先してくれた。そのことが嬉しくて、そして申し訳ない。


 その後、僕は馬車に乗って、ずっと母上に顔を埋めるように抱きついていた。


 今は何も訊いてほしくなかったし、何も聞きたくなかったからだ。


「アーサーはどうだ?」

「アーサー、いったいどうしたの? 誰かにいじめられでもしたの?」


 僕はしゃべる代わりに顔を横に振って否を伝える。


「うーむ。これは思ったよりも重傷か?」

「あなた、縁起でもないことを言わないでください」

「すまん、すまん」


 言えなかった。


 僕がどこで役立つのかもわからないような『魂の魔法』を賜っただなんて。


「あ! アーサー!?」


 そして、僕は王城に着いた瞬間に自分でドアを開けて馬車を飛び降りた。


 そのまま逃げ込むように自分の離宮の寝室に入って鍵を閉める。ここなら使用人もいない。やっと一人になれた。


 その瞬間、涙が溢れてきた。


 その涙を拭く暇さえ惜しいと、僕は大きなベッドに飛び込んだ。


 薄暗い大きなベッドの上には、たくさんのぬいぐるみが僕を迎えてくれる。


「ただいま、みんな。今日は、ごめんね……。ちょっと、ね……」


 僕はぬいぐるみの中から枕の近くに置いてある白い犬と黒い猫の二匹のぬいぐるみを手に取ると、力いっぱい抱きしめた。


 この二匹は、僕が生まれた時から一緒にいたぬいぐるみたちの中でも一番の古株だ。


「ごめんね、ノア、ミア、今はこのままで……」


 僕は一番の友達である彼らにも伝えるのを躊躇ってしまうほど、自分の『魂の魔法』について引け目を感じていた。


 べつに強くなりたかったわけじゃない。でも、僕だって、みんなの役に立てるような力が欲しかったんだ……。それなのに……。


「うぅ……。あっ」


 二匹に抱きついて泣いていると、大きな白い犬のぬいぐるみであるノアの耳が取れかけているのが目に入った。


 実は、この二匹のぬいぐるみは、何度も修理しながら、ずっと僕の傍にいてくれる。


 よく見れば、黒猫のミアの尻尾も取れかけてる……。


 僕は大切に扱ってるつもりだけど、やっぱり少しずつ壊れちゃうんだね……。


「そうだ!」


 僕の『魂の魔法』は糸。僕の力を見た神官は、機織りの女神さまから賜ったと言っていた。


 ならば、ぬいぐるみくらい直してくれるのではないだろうか?


 この場合、糸が透明というのもいい。だって、縫った跡が目立たないから。


「えぇーっと……」


 僕は魔力を操ると、糸を生み出して、糸を操って二匹の傷を縫い合わせていく。


 すると――――!


「ワン!」

「にゃー」

「えっ⁉」


 それは二匹の傷跡を縫い終わった直後だった。なんと、二匹のぬいぐるみが、まるで本物の犬や猫のように動き出したのだ!


「うあっ⁉」


 大きな体のノアが僕にタックルするようにじゃれてくる。そんなノアの頭の上ではミアが毛繕いしていた。


 なんで、いきなり二匹が動き出したんだ!?


「もしかして……!」


 でも、それしか考えられない。


 僕の『魂の魔法』の力は糸を生み出すだけじゃない。その先にあったんだ!


 もし、本当に僕の『魂の魔法』の力がぬいぐるみに命を宿すことなら――――!


 僕の視線は、ベッドの外へと向かう。


 そこには、実に広い寝室の半分以上の空間を占める巨大なドラゴンのぬいぐるみが鎮座していた。

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