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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

8時32分発各駅停車

本日は8時32分発各駅停車をご利用いただき、誠にありがとうございます。なお、帰宅はできません。

 俺を巡る争いが、日に日に苛烈さを増している。


 通常なら王様だとか皇帝だとか、そういう存在が腰を下ろすはずの、豪華絢爛な椅子に座っていた。金と宝石と彫刻で自己主張の激しいその椅子は、座り心地だけは最悪なのに座り慣れてしまっている。眼下に広がるのは巨大な闘技場だった。石造りの観客席はぎっしりと人で埋まり、怒号、歓声、罵声が混じり合って熱気となって立ち上る。


「俺を求めて争え……!」


 これは冗談なのだが、実際そういう状態である。隣では聖女様がシクシクと泣き続けていた。

 そう、この世界には「聖女」と呼ばれている女性がいる。蘇生スキル持ちの美女で、俺たちがどれだけ無茶をしても、死体を元に戻す役目を担わされている。白い衣装はどことなく血の匂いが染み付き、目の下には深い隈が刻まれていた。朝から晩まで、壊れた人間を直し続ける仕事。死ぬ側は一瞬で済むが、戻す側は確実に削れていく。最悪の労働環境だ。


 今日も元気に泣いてるなあと見下ろしている最中に、本日の勝者が決まる。


 スキル【魔法剣・炎】

 燃え残った地面に立つ青年が、血と煤にまみれながら雄叫びを上げる。


「俺が勝った!! 頼む!!」


 焼けた死体─────すぐに蘇生される同郷の人間たちを踏みつけて、転げるように駆けてきたのは、境原くんだった。まだ少年と呼んで差し支えない年齢で、顔には殴られた痕が残り、切り傷や火傷に塗れ、服は引き裂かれている。それでも彼は必死だった。俺の前に膝をつき、手を合わせ、早口で俺に懇願する。


 俺はそれを最後まで聞いてから、軽く相槌を打った。


「把握~~」


 周囲の空気とは正反対な返事だが、仕方ない。下手に真面目な反応をすると緊張してしまうし……失敗したら嫌だし……。


 目を閉じてスキルを発動すると、どこからともなくカラカラと車輪の回る音がする。金属でも魔法でもない、ひどく生活感のある音だ。


 スキル発動、成功。


「はむちゅけ~~~!!!!」


 境原くんは泣き崩れ、透明なケースを抱きしめた。その中で、白と茶色のハムスターが、何も知らない顔で回し車を回し続けている。世界が違おうが、人間が血を流していようが、ハムスターは今日も回る。これが本日のバトルロイヤルの戦果です。


「もういや……いや……っ」


 聖女様は、その日も泣いていた。

 それでも毎日数十人を蘇生させ続けた結果、彼女のレベルは異常なほど上がっている。安全なレベリングだろうが、感謝して欲しい。お前らがはじめたんだぞ、この地獄をよ。


 ───────そうだ。

 最初から、こんな世界だったわけじゃない。


 俺たちだって普通の、一般人だった。こんな風に殺し合いなんてしたことのない、ただただ善良なだけの日本国民だった。


 あの日、8時32分発の各駅停車に乗るまでは。











 その日、8時32分発の各駅停車は、いつもどおりの顔をしてホームに滑り込んできた。


 市街地を横断するその路線は、通勤と通学の狭間にある中途半端な時間帯でもそれなりに人が多い。学生には少し遅く、会社員には少し早い。だからこそ、そこには実に雑多な人間が乗り込んでいた。リュックを背負った大学生、スーツ姿でスマホを睨む会社員、子どもを保育園に預けた帰りらしい母親、夜勤明けで目を虚ろにした作業着の男、旅行用のキャリーケースを足元に置いた若いカップル。

 誰一人として互いに興味はなく、視線は広告、スマホ、窓の外へと散っている。車内は混んではいるが押し合うほどではなく、吊革はほどよく埋まり、座席も立ち客も中途半端に存在する、何もおかしくない“いつもの朝”だった。


 発車メロディが鳴り、扉が閉まる。

 8時32分、定刻。

 電車はいつもどおりに走り出すはずだった。


 だが、次の瞬間。

 ブレーキも衝撃もなかった。ただ、音が消えた。線路を叩く振動も、車輪の金属音も、空調の低い唸りも、すべてが一斉に途切れたかのように、世界が「無音」になった。代わりに、耳の奥がきんと鳴る感覚だけが残る。

 誰かが「え?」と声を漏らしたが、それすらも途中で飲み込まれた。


 窓の外にあったはずの街並みは消えていた。ビルも信号も電線もない。代わりに、歪な形の太陽と、見たことのない地平線が広がっていた。窓に駆け寄ったサラリーマンが「なんだよこれ!」と叫ぶと同時に、電池が入ったようにみんなが動き出した。誰かと連絡しようとする人や、周囲を落ち着かせようと声をかけ合う人もいる。


 電車は走っていない。止まってもいない。そもそも、レールの感触がない。次の瞬間、足元が抜けるような感覚がして、乗っていた全員が、座っていようが立っていようが、同時に浮いた。


 そして、落ちた。






 気がついたとき、俺たちは真っ白な場所に集められていた。床も壁も天井も、素材が何なのか分からない白で統一されていて、影の落ち方だけが妙にくっきりしている。照明器具らしきものは見当たらないのに、どこからともなく均一な明るさが満ちていた。


 数十人。ざっと見渡しただけでもそれくらいの人数がいる。年齢も性別もばらばらで、服装も統一感がない。スーツ、制服、私服、作業着。俺を含めて、この顔ぶれには見覚えがあった。たぶん、いや、ほぼ間違いなく、8時32分発の各駅停車に乗っていた人間たちだ。


 電車はない。線路もない。代わりに、異様に太い柱が何本も立っていて、それが天井を支えている。柱の表面には装飾らしき彫り込みがあり、どれも幾何学的で、意味があるのかないのか判断できない模様だ。天井は高く、感覚的には体育館の倍以上ある。いったいどんな技術なんだよと思ったが、専門家とかなら案外「現代技術で造れるものですね」というのだろうか。

 ただ、このスケール感だけで、日本じゃないと直感した。耐震基準とか、建築法規とか、そういう現実的な制約を一切無視した高さと太さだ。ギリシャとか、ローマとか、教科書で見た石造建築のイメージに近い。もちろん、本物を見たことはないが、「日本じゃない」という確信だけはあった。


 ざわざわと小さな声が広がっていく。泣き出す人はいないが、全員が落ち着いているわけでもない。誰かが「夢だろ」と呟き、誰かがスマホを取り出して圏外表示を睨みつけている。


 そのとき、空気が変わった。


 白い空間の奥、いつの間にかそこに“立っていた”存在がいた。

 歩いてきた様子も、現れた瞬間も分からない。ただ、視線を上げたときには、そこにいた。


 白を基調とした衣装をまとった若い女性。金でも銀でもない、柔らかく光を反射するような髪。顔立ちは整っているが、作り物めいていて、どこか現実味が薄い。


「皆さま、ようこそ」


 声はよく通った。マイクもスピーカーもないはずなのに、空間全体に均等に届く。


「あなた方を、この世界にお招きしました。私はこの国に仕える聖女です」


 ───────聖女。

 その言葉が、空気の中で一瞬だけ浮いた。


「あなた方は“勇者”として召喚されました。この世界を救うための力を、その身に授かっています」


 その瞬間、空気が一気に張り詰めた。期待と混乱と恐怖が、同時に噴き出す。


「ふざけるなよ」


 誰かが低く言った。さっき、電車の中で窓を叩いていたサラリーマンだ。スーツの袖口が少し擦り切れていて、ネクタイは緩んだまま。顔色が悪く、目が赤い。


「家に返してくれ!」


 叫び声は、怒鳴り声というより悲鳴に近かった。


「子供がいるんだ! まだ小さいんだ、……病気なんだ! 俺が稼いで、病院に、入院費が払えなくなる! 家に返してくれ!!」


 怒りよりも切実で、必死で、悲鳴と言った方が近い声だった。あの声を聞いて、初めて俺は、ここが取り返しのつかない場所だと理解した気がする。


 俺の隣では、「異世界転移だ」と嬉しそうな声を上げていた学生が、その様子を見て口を閉ざしていた。

 さっきまで浮かべていた期待と高揚が、一気に現実に引き戻され、バツの悪そうな顔で視線を逸らす。その表情が、妙に生々しかった。

 夢と現実の境目が、今、全員の足元で音を立てて崩れ始めている。


 聖女様は、絵に描いたように微笑んだ。

 それが善意なのか、慣れなのか、あるいは役割なのかは、この時点ではまだ分からない。ただ、その微笑みが、俺たちの事情を即座に解決してくれるものではないということだけは、はっきりしていた。ただ、最初から用意していた台詞を読むように口を開く。


「元の世界へお戻りになることはできません」


 一瞬、空間が静まり返った。

 理解が追いつかない沈黙。

 そして、次の瞬間には「ふざけるな!」「家に帰してよ!!」と怒号が飛び交う。泣き出す人間が出始め、誰かが床に座り込んだ。

 聖女様は、それをすべて受け止めるでもなく、遮るでもなく、ただ続けた。


「ですが、ご安心ください。皆さまには、この世界で生きるための“スキル”が与えられています。それぞれが、特別な力です」


 その言葉と同時に、俺の視界の端が一瞬だけ歪んだ。目の奥に、理解できない情報が流れ込んでくる感覚。

 頭痛とも違う、眩暈とも違う、だが確かに“何かが入った”という実感。


 周囲からも、同じようなざわめきが起こる。

 俺は、自分の中に浮かび上がった言葉を、反射的に読んでいた。


 ───────スキル:運搬。


 運搬……。運搬……?? これ俺いなくてもいいんじゃないか? 周囲の阿鼻叫喚で誰にも話しかけられずに、俺はこの真っ白い地獄で呆然とすることしか出来なかった。どうしろってんだよコレ。








 剣だの、魔法だの、回復だの、生産だの。


 世界を救うために用意されたかのような能力が、無差別に、平等に、俺たちの手のひらへと押し付けられた。説明は簡単で、理解も容易だった。だからこそ最初のうちは、皆どこか浮き足立っていたように思える。自分が「選ばれた側」になったという錯覚は、思っている以上に人を軽くする。

 俺は“運搬”なので特に何の期待もできなかった。こちらの世界のものを運搬するのかと思ったが、実際は日本から異世界へ個人資産の運搬しか出来ない。冷蔵庫に入れていたコンビニスイーツを運搬したら、それだけで終わった。一日一回しか利用できないスキル、運搬。なんなんだよコレはよ。



 俺が自分の無力さをプリンを食べながら儚んでいる間も、俺以外のみんなはなんだかんだ言って与えられたスキルを育ててこの世界を楽しんでいるように見えた。だが、それは長くは続かなかった。


 なぜならこの世界は、俺たちに一切の優しさを用意していなかったし、魔物はゲームのモンスターではなく、普通に猛獣だったからだ。牙は鋭く、爪は速く、攻撃は重い。戦闘の間合いも、回避の感覚も、現代日本で生きてきた俺たちの身体には刻まれていない。剣を持ったところで振り方が分からないし、魔法が使えたところで、殺す覚悟と殺されない判断力がなければ、ただの的だった。


 あのとき白い空間で叫んでいたサラリーマン─────神崎さんだけが、例外的に前に出た。


「魔王を倒したら帰れるんだろ」


 目を血走らせ、言葉を自分に言い聞かせるように繰り返しながら、彼は魔物へ向かっていった。躊躇はなく、戦術もなく、ただ前に出る。結果は分かりきっていた。噛み砕かれ、引き裂かれ、叩き潰され、何度も死んだ。そのたびに聖女様が呼ばれ、“蘇生”が行われる。死体が起き上がり、息を吹き返し、また前に出る。その繰り返しだ。


「三回死ねば慣れますよ」


 そう言っていた神崎さんの声は、途中からどこか乾いていた。

 彼のスキルは【治療】。自分を治すことはできないが、他人は治せる。だから彼は、魔王を素手で殴り倒す気らしかった。ステゴロだ。理屈としては破綻しているが、本人の中ではもう整合が取れているようだった。死ぬことを前提に組み立てられた思考は、常識から一段階外れている。


 だが、普通の人間は一度も死にたくない。

 そして、万が一死んだとしても、一度で十分に怖気づく。身体が覚えてしまうからだ。死の痛みも、無力感も、何もできなかった瞬間の恐怖も。蘇生されても、それは消えない。むしろ、はっきりと刻まれる。


 だから俺たちは、動けなかった。

 様子を見る、距離を取る、危険を避ける。そんな消極的な選択を重ねるうちに、空気は確実に悪くなっていった。役に立たない勇者。戦わない召喚者。そういう評価は、あっという間に定着する。


 異世界転移にはしゃいでいた学生……スキル【魔法剣・炎】の境原くんが、ある日、俺の前で泣いた。


「俺たち……追放されて、野垂れ死にしちゃうかもしれない」


 声は震えていて、子供みたいだった。彼はちゃんと理解している。自分が強い側にいることも、でもそれだけでは足りないことも。集団の中で、役に立たない者は切り捨てられる。そういう展開が、ラノベではよくあるらしい。


 俺は彼を慰めるために、冷蔵庫の中に入れていた最後のプリンを“運搬”して、境原くんに手渡した。ビニール包装のまま現れたそれを見て、彼は一瞬きょとんとした顔をしてから、子供みたいに泣きながら受け取った。

 「いつもこれ食ってますね」と、しゃくり上げるように言うので、「常に三十個は常備してるんだ」と返した。好きな物を無限に食べ続けられる才能があるからな、最寄りのコンビニでは俺のことを『プリンさん』と呼んでいた。街の奇人扱いされていたと初めて知ったので、それからは複数のコンビニから少しずつ購入して集めていた。消費期限以内だったら結構食いきれるし。


「神崎さんに治療してもらった方がいいっすよ。たぶん糖尿病が近いから」


 あの人、スキルレベルが上がって外傷以外も治せるらしいっすよ、と軽口を叩くと、境原くんは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、ばくばくと食べ続けた。空腹というより、安心を詰め込んでいるみたいだった。

 「うめえ~~~~~~~………」としみじみ長く呟いている。そうだよな、みんなもう母国のもの食べられないんだよな。そう思うと、俺の“運搬”は当たりの方だったのかもしれない。冷凍庫にはまだピノとかあるし……。


 境原くんの様子を見守りながら、まあ、きっとなんとかなるだろうと、根拠のない楽観にすがった。今日をやり過ごせたなら、明日も多分大丈夫だ。明日から何を“運搬”しようか。水か、菓子か、保存食か。そんなことを考えているうちは、まだ余裕がある証拠だ。





 転機は、川下さんだった。四十二歳。日本では一人暮らしで、友人なし、親族疎遠。こちらの世界に来てから、彼は日に日に痩せていった。頬がこけ、肩が落ち、目の焦点が合わなくなっていく。何もしていないのに、静かに消耗していく人間の姿を、俺は初めて間近で見た気がする。

 転移者はそれなりにいるのであまり話したことの無い人だったが、境原くんから俺のことを聞いたらしい。


「猫とかぁ……無理ですかねえ……」


 声は、擦り切れた布みたいにかすれていた。

 話を聞けば、飼い猫を日本に置き去りにしてきたらしい。時間はもう、かなり経っている。餌も水もない。死んでしまった可能性の方が高い。自分なんかが生き物を飼うんじゃなかった、申し訳ないことをしてしまった、それでも会いたい。たとえ遺体でもいいから、と泣きながら訴える中年男を前に、俺は一度、言葉を失った。


 スキルは一日一度きりだ。それを猫のためだけに使うのは、明らかに効率が悪い。でも、泣いてる中年男性を慰めるために一日くらい無駄にしたっていいだろう。昨日だって、泣いてる青年のために一日無駄にしたんだ。おんなじことだ。死体を運ぶことになるかもしれない。その覚悟で、俺は『運搬』を発動した。



 みーん。んにょう。



 目を閉じている間に、妙に甲高く、間の抜けた鳴き声が聞こえた。空耳だと思った。変な楽器が鳴ってるのかと思った。だが、目を開けた瞬間、「もちち~~~!!!!」という絶叫と号泣が混ざった音が、空に響き渡った。


 白黒の子ネコが、川下さんに抱き上げられていた。両手両足を突っ張り、全力で抵抗し、知らない場所と突然現れた飼い主に対する明確な拒絶を示している。川下さんは、それを逃がすまいと必死に抱きしめ、泣きながらえずき、途中で少し吐き、それでも「ありがとうございましたあああ!!」と叫び続けた。


 もちちは、本気で迷惑そうな顔をしていた。状況を何一つ理解していない、ただ連れてこられただけの猫の顔だった。



 その日から、俺の価値は爆発的に跳ね上がった。

 理由は単純だ。ペットは“個人資産”として運搬対象に含まれる。誰かがそう口にした瞬間、その解釈は一気に広まり、固定化され、常識になった。

 日本に置き去りにしてしまったペットの回収依頼が、雪崩のように押し寄せる。犬、猫、小動物、爬虫類、虫、魚。水槽ごと、ケージごと、場合によっては部屋ごと持ってきたいという無茶な相談まで飛び込んできた。


 発動は一日一度。

 それだけで、すべてが歪んだ。


 誰が“今日の一回”を使うか。その権利を巡って、自然と勝者総取りの形式が出来上がる。昨日まで「戦うのは怖い」「死にたくない」と震えていた連中が、「どうせ蘇生するからいいだろ!!」と叫びながら、躊躇なく刃を振るうようになった。死は終わりではなくなり、手段になった。倫理が軽くなり、殺意の敷居が地面に落ちる。


 もはやスキルの優劣は関係ない。

 決定打を放ったのは、真咲さんだった。スキル【裁縫】を持つ、物腰の柔らかなたおやかな女性。戦闘向きではないと誰もが思っていたその人が、ある日、無言で密室に毒ガスを流し込んだ。全員死亡。後に聖女様によって全員蘇生。結果、勝者は彼女だった。

 殺意の質が違った。ただそれだけだ。

 真咲さんは犬を三頭飼っている。年齢順に“運搬”するため、三回このバトルロイヤルに参加し、そのたびに全員を殺すつもりらしい。理屈も計画も明快だ。強い。“運搬”したマリーちゃん(9)を抱きしめて泣いている真咲さんは、聖女様より聖女らしい清らかさだった。

 ちなみに、あれだけ神秘的に登場した聖女様は俺たちの間で『クソ外道セーブポイント』との蔑称で親しまれている。まあ普通に誘拐犯の手先だし、これくらいの侮蔑は受け入れてもらいたい。


 運搬バトルロイヤル開催と同時に、“個人資産”の解釈を巡る研究も始まった。どこまでが個人の所有物なのか、どの規模まで許されるのか。服か、家具か、電子機器か。全員の希望を叶えるには、どう考えても時間が足りない。こちらとあちらでの時間の流れに差があるのか? それとも、俺が“運搬”するのは俺たちがこの世界に来たその瞬間のものだけなのか? 一日ひとつ29日間食べていたプリンは、そういえばいつも新鮮で腹を壊すことも無かった。川下さん曰く、もちちも出勤前に与えたチュールのにおいがしたらしい。駅前に住んでいるので、家を出て10分ほどしか経っていなかったという。


 俺がここにペットを呼ばなければ、日本では時間が進むかもしれない。餌が尽き、水が尽き、環境が壊れ、ペットの命がどうなるかは分からない。家に他の家族がいる者はまだいい。世話を頼める可能性がある。

 だが、爬虫類のように、「本人は好きで飼っていたが、家族はあまり良い顔をしていなかった」ペットを持つ者は必死だった。頼める相手がいない。むしろ、処分される可能性すらある。


 さらに混沌を深めたのは、俺の“運搬”の存在をこれまで知らなかった連中だ。

「パソコンだけは絶対に置いておけない、中身を見られたら終わる」

 そう言って全力で回収を迫ってくる。いや、それは別にいいんじゃない? というか何を保存してるんだ。犯罪とかしてたのかな。今後の付き合いは、ちょっと考えた方がいいかもしれない。



 ペットやその他の資産をこちらの世界へ“運搬”する生活にも、奇妙な安定が生まれ始めた頃だった。日々のバトルロイヤルは儀式のように定着し、殺し合いと蘇生は作業になり、誰が今日は勝つのかを予想する余裕すら出てきていた。闘技場を借りて観戦者をいれる余裕すらある。

 そんな中で、近隣の魔物退治に積極的に出ていた神崎さんが、ある日、何でもない雑談の延長みたいな顔で、俺にそう言った。



「子供って、親の個人資産ですよね?」



 一瞬、意味が分からなかった。聞き返そうとしたが、その前に彼は言葉を重ねてきた。



「法律的にも、実質的にも。親の所有物、管理対象。個人資産って扱いで、間違ってないですよね?

この世界の“個人資産”って、日本の法律じゃなくて、召喚時に紐づいた“責任と管理”の単位ですよね?」



 その目が、やけに澄んでいた。血走っているわけでも、興奮しているわけでもない。ただ、結論に辿り着いてしまった人間の目をしている。俺は喉が鳴るのを自覚しながら、「そ、そうですね……」と曖昧に返した。否定する材料が、頭に浮かばなかった。少なくとも、この世界の“個人資産”という雑な定義の中では、論理が通ってしまう。


 神崎さんは満足そうに頷いた。

 その瞬間、次のバトルロイヤルに参加する彼が、優勝賞品として何を“運搬”してほしいのか、俺ははっきり理解してしまった。言葉にされていないのに、もう決まっている。彼の中では、最初から。




 次回のバトルロイヤル、めっちゃ盛り上がりそうだ。参加者の顔ぶれもいいし、動機も十分に煮詰まってる。これは荒れる。確実に。


 そんなわけで、俺の異世界生活はわりと充実している。転移者コロシアムの主催として、非戦闘員スキル持ちと手を組み、物資を回し、情報を流し、金を転がす。生産職と鑑定持ちと記録係がいれば、戦わなくても生きていける。むしろ戦わない方が儲かる。戦うのは選手、稼ぐのは運営。俺は勝者の望むものを提供。役割分担って大事だ。


 二度と日本人召喚したくならないように、嫌な思いをさせ続けてやるからな、聖女……! そして聖女に連なる、この世界の神……! 無限蘇生で弱れ……! 蘇生が、この世界の神の命吸って発動してるって【理解】のスキル持ちが気づいてるんだよ……。苦しめ……! 苦しめ……! 最後は俺の“運搬”スキルレベルをあげて、魔王残したまま全員帰還してやるからな……!! ボケが……!


 


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人数多いとはいえ運搬は生き物限定にすれば一日1回でもそこそこの日数ですべて終わるのでは?召喚された人間の全てが生き物飼っているわけでも無し殺し合う必要ある?後、運搬は元の世界からこちらへの一方通行って…
主人公という要因も大きいんだけど神崎さんがいた時点、つまり最初からこの世界駄目なんだよね。魔王を倒す勇者がなぜ人間に殺されるか、それは仲間と思っていた存在からの不意打ちだから。神崎さんは最初から、他の…
神崎さん、自分以外を治療できるクレイジーDみたいなスキルだから成長させれば子供の治療を自分で出来るって判断したんだな
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