姫
気が付けば、俺は雅樂の背中に担がれていた。
周りに九十那と桂花はいない。
「お、気づいたか。……前と同じだ、キジにも言った。ずっと一緒にいた俺以外、まだ記憶のないキイチにはお前たちは毒なんだと。わかってくれたよ、キイチがこれだからな。」
背にいるので雅樂の表情はわからない。
「おろしていいぞ、逃げないから。」
重いだろうし、遠慮したつもりだった。
「いやだよ、前はできなかったことが嬉しいんだ。もう少しだけ、俺に甘えとけ。」
なんともいえない居心地の悪さ。照れくさい。
「周りの目がなぁ、雅樂が良くてもねぇ。」
「ふふ。もう、歩けるのか?ふらつくなら、抱えていくぜ……お姫様抱っこで。」
「意地でも歩くよ。くくっ」
足を地につけ、背伸び。
「うん、異常はない感じ。」
「じゃぁ。ほら、行くぞ!姫が待ってるからな。俺を。」
自信に満ち、ウキウキだった雅樂を突き落とす。現実。
校内に入り、見つけた姫に猛スピードで駆け寄り、止まったかのような時間。
遠目からわかる。女生徒からのあきらかな拒絶。
去っていくのを見つめる雅樂の後ろ姿。
胸が痛み、雅樂に駆け寄った。
青ざめた雅樂の表情に、こみ上げる感情。
あぁ、きっと俺の時にも感じたのだろう……
「雅樂?大丈夫か……」
声をかけると、少し顔色が戻り苦笑をみせる。
「姫も覚えてなかったよ、前世の事。期待したんだ……俺。サルとイヌ、キジに桃太郎まで記憶があったら。無いのはお前だけだと……」
そんな気弱なことを言っていたのに。
雅樂は俺とは違う。アッタクあるのみ。記憶など無関係で落としたのだ。
数日後に、屋上に呼び出されたかと思えば。雅樂は姫を彼女として俺に紹介した。
「はじめまして、姫宮 由以愛です。」
自己紹介の後、姫宮は俺をじっと見つめる。
それを黙って観察する雅樂。なんだ?
「オニ……キイチさん……?……っ」
言葉と連動するように、目に涙を浮かべ。俺に微笑み、涙をこぼした。
まさか……
「思い出した、一寸……何故、私は忘れていたのかな。あなたから何度きいても、何も響かなかったのに……ごめんなさい、ありがとう。」
目の前の光景が信じられず、俺は立ち尽くす。
運命に恵まれている……?そうなのか?
これが……記憶が、幼い時の雅樂との記憶に似たようなことが……まさか。
涙が止まらない姫宮を、雅樂は抱き寄せて呟く。
「そう、俺もキイチをみて思い出したんだ。だから信じていた……きっと、お前が全てを癒してくれると。」
全てを?俺が何も望んでいないのに……思い出すのを躊躇している。
だから、雅樂のように彼女を積極的に探さない。近づかない。
九十那と桂花さえ、俺を気遣って離れてくれているから。甘えて。
……桃太郎、君はきっと違うだろう。
俺は前世から逃げているわけにもいかない。
「雅樂、おめでとう。姫宮、雅樂を頼むね……」
「待てよ、どこにいくつもりだ?」
付き合い始めた事を喜んだつもりで言った言葉なんだけど、それを。何故。
雅樂の過剰な反応に戸惑ってしまう。
「逃げていたことを認めて行動はするつもりだが、雅樂が不安になるようなところへは一人で行かないよ。約束する。この時代で、過去みたいな死に方はしないだろう?」
雅樂は安心しただろうか。
俺が思い出したくないほどの記憶を、みんなが抱えている。
解決できるのは俺の記憶と決断。断ち切らなきゃいけない。
ここは前世ではないから。連鎖はいらない。
心惹かれるのに、悲しみに染まった彼女の視線が突き刺さる。
胸に痛み。それは今の俺を苦しめる。
覚えていない前世(過去)……違う、思い出したくないだけで俺にある
。夢にみる……記憶の奥底に、それは確実に俺の中に存在するんだ。
「雅樂、君たちと俺の前世を教えてほしい。」
雅樂は俺からそっと視線を逸らし、姫宮に目を向ける。
姫宮の涙……それは複雑な感情の入り混じったもの。
それでも二人が願うのは何だろうか。
雅樂は視線を俺に戻して、苦笑する。
「お前は変わらない。優しくて、誰かのために頑張るオニだった……キイチ、俺は昔からずっと呼び続けたけど応えてはくれなかった。きっと、俺たちの記憶では思い出せないだろう。俺たちを救ってくれたのはお前だ。けれど……。清一、お前にとって俺は何だ?」
今までに見たことがない泣きそうなのを我慢した表情に、胸が痛む。
「雅樂、君は君だよ。それも変わらない。置いてくなと言われても、ずっと俺を置いて行っていたのは君だよ。ふふ…」
記憶のないことが寂しかったのだろうか、俺は。
恥ずかしさからか、思わず笑ってしまう。
そう、ずっと俺はここにいる。この現世に。
俺の漏れた笑みに、雅樂は緊張がとけたのかもしれない。
「わからない……けど今の俺が、清一が感じているモノのような気がする。キイチはねぇ!俺の恋心に協力して、一寸法師の鬼役をしてくれたんだ。君は優しいのに。力は強くて……人の為に使ってきた力を、俺に悪用されちまったのさ。俺の為に……けれど、俺の知らないところでキイチは……何故、俺に教えてくれなかった?俺に相談してくれたなら!」
「オレは君の幸せを生きてほしかった……連れてはいけない、死にに行くのはオレだけで良かったんだ。」
「お前には!!お前にだって……キジがいたじゃないか。何故だ……桃太郎のせいだろ?あいつさえいなければ!」
あぁ、記憶はないのに言葉が綴られていく。
「違う、時代だったんだ…まだ、俺が時間を稼げた、それで君たち二人は……」
「死んだよ。」
…………え?
「そう、時代だったんだろうね。だからこそ、一緒に最期を共にしたかった。」
オレのしたことは……
「雅樂、それは八つ当たりよ。キイチさん、私たちが何故、同じ世代に生まれたのか……死んだ時期が変わらないからよ。そう、私と一寸、サルとイヌは生き延び……数日後、桃太郎の一族に滅ぼされてしまったの。」
「その数日、俺の悲しみと一時の幸せ……お前の行動が正しかったのか、そんなのわかんねぇよ。俺にだって。」
桃太郎……
「キイチは優しすぎる……だからキジがお前を許せない。誰を心配したんだ、今?」
俺は……
「清一、お前が対峙しなければならないのは雉間 絢だからな。桃太郎に気を許すな、罪は許しても……心は留めておけ。」
「……滅ぼされたといっても、私の一族は逃げ延び生きてきた。この土地かはわからないけれど、確かにこの日本に、人外が生活する村が存在していた。その記憶を私たちが持っているのだから……」




