集結
雉は受験会場に居たんだろうか。
『桃太郎』も。
「キイチ、探したぞ!何で、いつも俺を置いて行くんだよ。」
幼馴染で、同じ中学の一寸釘 雅樂。
キイチとは『鬼』脇 清『一』からコイツが勝手に付けたあだ名だ。
今まで気にしなくて当然だったけれど。まさか一寸って。
物語に鬼が出てるよな。コイツも?
俺の視線に、雅樂は首を傾げてから不機嫌に戻る。
「何、俺を『また』忘れたとか言うなら怒るからね!」
『また』忘れた?まさか、嘘だろ?
頭が混乱してくる。
「忘れてないって。合格できるか分からないけど、大事な俺の幼馴染だからな!」
ごめんな、今は無理だ。
もし、お前も前世の記憶があるのだとすれば。出逢いは。
「絶対に、合格してみせる!」
試験は終わったのに、どこから自信が出て来るのか。思わず笑ってしまう。
「そんなに俺と一緒がいいのか?」
「当然だろ!……お前には借りがあるんだ。」
消えそうな声。
いつもなら聞き流していた言葉が突き刺さる。
「心配するな、落ちても友達でいてやるよ。」
「受かるって、言ってんだろ!」
いつもの調子に戻れただろうか。
このまま少しの間だけでいい、前世には触れずに居たい。
今の自分を見失ってしまいそうになるから。
俺の知らない過去。
物語に登場した鬼とは違う印象を受ける『オニ』。
だけど雉は俺を恨んでいる。
『変わらない』
前世を知らない俺にとっては、脅威に感じる。現世が崩れそうで怖い。
雅樂が、この学校にした本当の理由は別にある気がする。
前世の借り。確かにそれもあるかもしれない。だけど、それも俺の知らない事。
ずっと今まで、現世で一緒だったのは『俺』だ。
前世を忘れた俺に言えないのも理解できる。
矛盾した気持ちが込み上げ、消化不良。
「ふふ。キイチ、お前は運命に恵まれてる。きっと、俺の姫も君の周りに集まるだろうから。」
運命に恵まれている。
数少ないけれど、何度か雅樂が口にした言葉。
言われる度に、『なんだそりゃ』とあしらってきたけれど。
「お前の姫か。俺といれば出会えるかもしれないけど、学校に受かっていないなら無理じゃないか?」
「だから、俺が死ぬほど勉強したのを知ってるくせに!受験生に落ちるは禁句だぞ!……あ。」
周りからの冷たい視線に、俺たちは顔を合わせてから走って逃げる。
一寸法師の姫。俺は悪役。その姫にも、恨まれたりしてないかな、俺。
記憶にない。身に覚えのない敵意。
俺は足を止め、空を見上げた。
荒くなった息で揺れる視界。それでも目に入る青空がまぶしくて、今生きていることを実感する。
「キイチ、お前……」
雅樂に視線を向けると、微妙な表情で口を閉ざし、苦笑を見せる。
何か勘付いたかな。
「少し、歩かないか。」
俺も曖昧な笑顔をしたんじゃないかと思う。
上手く笑えた気がしない。
「あぁ。走ったから、喉が渇いたな。近くの公園に行って、自販機でジュースでも買おうぜ。」
雅樂の無理したような笑顔と、少し大きめの声。
視線は微妙に逸れて、俺より早いテンポの歩調。後姿が見えるくらいの距離感。
コイツも前世について話すのを、戸惑っているのだろうか。
忘れた事を怒っていたくせに。
俺の前世は鬼。今の俺と『変わらない』それは。
「キイチ、俺が奢ってやろう!ここで待っていてくれよな、絶対に置いて行くなよ!……絶対だからな。」
不安の見える雅樂を見るのは、珍しい事だ。
常に強気で、大胆不敵。そんなお前は、俺に何を隠しているんだ?
公園内の小さな池。それに面して設置されたベンチに座る。
「油断大敵。」
透き通るような小さな声。
同時に、背中に食い込むような痛み。
もちろん驚いたけれど。それよりも。この既視感。
背後にいる人が見えるように体を移動させ、目に入った光景に入り交じる記憶。
「言ったわよね、絶対に許さないって。今更、私の前に現れておきながら……記憶を失っているなんて。」
手にはセンス?扇っていうのか、彼女は閉じた状態で俺の背中に更に突き立てる。
既視感が目の回るような感覚を促しているのか、あまりに酷くて乗り物に酔ったときのような吐き気。
記憶にないのに、覚えている。
矛盾と、複雑な感情が俺を追い詰めていくように、気が遠くなって…………
横たわる俺の体に触れる冷たい何か。
「……殺してやるんだから……」
弱々しい声。
キジ、君なのか?
額から頬に、冷たい何かが滑るように撫でていく。
体温を奪っていくような冷たさなのに、それは懐かしくて胸を熱くする。
記憶を探るように、意識は落ちていく。
背に刺さったのは、君の持つ武器。
向けられた視線は、涙が溢れて流れ続けながらも、真っ直ぐに向けられて。
「どうせなら、ワタシを連れて行けばいいのに。あなたは、それさえ……」
君を連れては行けない。俺は鬼だ。
桃太郎が言っていたんだ……俺は…………
「おい、キイチ!大丈夫か、返事しろ。置いて行くな、俺を……もう二度と……置いて行くなんて、許さないからな。」
ホント、バカだよなぁ。
生きている俺を必死で揺らして、何を言っているんだ。
「置いて行くよ、死ぬのは俺だけで……」
良いと、思っていた。
前世では。
目を開けると、俺の胸元の服を掴んでいた雅樂から涙が零れ落ち、それをすべて頬に受けた。
冷たい物は、体温を奪いながら流れ落ちていく。
あぁ、前世で君が触れていたのは涙じゃなかったみたいだね。懐かしい君の手だ。
最期に、君は俺に触れてくれたんだね……
前世なんて、俺には記憶にないのに。
何故、残っていないのか。未練なんてなかった?そんなはずはない。
『過去のお前は死ぬ間際、“俺”に憎悪の感情を向けた』と。
無意識で出た言葉は、一寸と雉に言いたかった事だろう。
『置いて行くよ、死ぬのは俺だけで(いい)』
きっと今の俺と変わらないなら。
全てを言わずに、黙って自分だけが死ぬことを選ぶだろう。




