一目惚れ
目が合った瞬間、俺は恋に落ちた。
それなのに彼女は鋭い視線で俺を睨み、綺麗な声を冷たく吐き出す。
「私は、お前を絶対に許さない。」
初めて会ったはずなのに。
出会っていれば必ず覚えているはずだ。それほどに君の姿は、俺の心を捕らえて離さない。
だから彼女に嫌われるような、許されない何かをしたなんて、ありえない。
「誰かと間違っていない?俺の名は鬼脇 清一。君は、誰なの?名前は。」
近づいて、人違いだと伝えたうえで仲良くなりたい。
距離を縮める俺から視線を逸らし、早足で去って行く。
小さな声が微かに聞こえた。
「ふん。相変わらず……」
それは俺の過去を知っているって事?
幼い頃に出会い、何かしたのか?
思い出せないけど、怒っている理由が分かって謝れば、許してくれるだろうか。
それは本当に俺なのかな。
これ以上、嫌われたくなくて追いかける事も出来ずに立ち尽くす。
「おやぁ。君はオニ君じゃないか?うん、そうだ。間違いない。うはぁ~~久しぶり!」
息継ぐ暇もない速さで言い終え、俺に飛びつく女の子も知らない奴。
「人違いじゃないですか?あの、皆の目が気になるので離れてください!」
乱暴な事は出来ないけど、この状況を見られて噂されると困る。
恋に落ちたばかりなのに。
嫌われているスタートからでも困難なのに、誤解まで含まっては対処できない。
俺の迷惑そうな態度に、首を傾げて見つめる。
「ぷふ。何だ、前世の記憶が無いのか!」
俺から離れたので安心したけど、この子は何を言っているんだ。
前世?おかしな事を言っているのは彼女のはずなのに、俺を笑う姿を見ていると感覚が狂っていく。
『許さない』
……自分の記憶にない何かも、まさか。
「君は誰?」
自分でも驚くような震えた擦れ声で問う。
「私は桃木 遊磨。…前世は男。桃太郎だ。」
桃太郎が語るオニ……前世の俺は退治される側の鬼って事?許されないような悪事は。
そもそも前世など、信じているわけじゃない。だけど。
「俺の名は鬼脇 清一。」
名字に由来でも含まれているのか?
「相変わらずだね。」
信じたわけじゃない。
それでも俺の中の何かを覆すには十分な言葉。『相変わらず』
「あぁ、記憶が無いなら気を付けろよ。当時の私も悪かったけど、雉は相当お前を恨んでいる。現代とは言え、命を奪われても文句は言えないだろうな。くくく……」
雉。鳥が人間に転生しているのか?
それなら、さっきの彼女は。
「ん?もう出逢った後なのか。つまらないね。だけど……貞潔を奪った鬼など、女は許したりしないよ。」
言葉を出せない俺を見透かすように、桃木は言葉を連ねていく。
貞潔を奪った?俺が。いや、前世の鬼が雉の……
「雉の、彼女の名は?」
俺の知りたい願いや宿った想いを、今後に利用するかのような胡散臭い笑顔。
「知りたければ、全てを教えてあげよう。ただし……」
条件に何を出すのか、息を呑んだ。
「私を許して欲しい。」
それは当然、前世でのことだよな。
鬼の俺に、桃太郎が許しを請うような物語。それは。
「良いぜ、簡単な事だ。俺は前世など記憶にない。……君達が俺に対して『相変わらず』と言うのなら。きっと過去の俺(鬼)も簡単に許しただろう。責めはしない。」
雉が俺を恨んだ理由が桃木にあるとしても。過去は変えられないのだから。
「安易に答えないでよ。きっと……後悔するからね。過去のお前は死ぬ間際、“俺”に憎悪の感情を向けた。」
複雑な感情の見え隠れする言葉と表情。
「雉間 絢。雉の名だ。きっと同じ学年だろう。……まだ私は現世で会っていない。」
俺を笑っていた彼女と同一人物なのかと思うほどの別人。
遅い速度で小さな声。
今日は新設された高校の見学会だった。
受験前に数日間だけ一般公開されたけれど、自由な時間に出入りを許された簡易なものだった。
偶然の出会い。
それが必然だったのかなんて、前世を信じていない今の俺にとって、考えもしない事だ。
心奪った彼女に、どうすれば俺の好意が伝わるだろうか。
そうだな、前世で奪ったのなら。
女に生まれ変わったと言う桃木の観点は、過去に犯した男の過ちを冷静に判断して、正しいのかもしれない。
彼女自身も言っていた。『許さない』と。
そして、その晩……
俺は深い眠りに落ちていく。
記憶にないはずの前世。本当にあったのかも曖昧な夢。
目の前にいるのは、幻想的な姿の女性。
雉と呼ばれ、奇妙な人型をした鳥。彼女の手にする武器の扇から滴る血は俺のだろうか。
それに仕込まれた刃が俺の首元に掠ったのか、時間差で痛みがじわじわとくる。
それは熱を伴い、首から胸元に滑り落ちる血液。
癖になりそうな感覚。
「ふん。殺されてぇか、餓鬼が。」
乱暴な言葉で見上げた彼女の視線は変わらず、突き刺さるほど鋭く冷たい。
あの時と同じ。
ただ俺はこの眼に留まる術を探り、埋まらない渇望を満たそうとしただけ……




