第1章「柴犬と私」⑨
最初、ハチタロウは、いつもと違う帰り道に落ち着かない様子で、道の脇の草を嗅いだり、私の顔をちらちらと見ていた。
だが、しばらくすると思い切ったようで、顔をまっすぐ前に向け、とことこ歩き続けた。
すでに家を出てから一時間以上経過していて、もうすぐ日付が変わるころだった。
あまりに色んな事が起こったので、私は疲労を感じていた。
今日はぐっすり眠れそうな気がした。
家に着くと、周囲の明かりはほとんど消えていた。音を立てないように静かに玄関を開け、ハチタロウを中に入れる。
私は、彼を家の中に上げるつもりでいた。外に繋ぐのは可愛そうな気がしたし、元町内会長に、昨日までいなかった犬を見られるのは避けたかった。
玄関の土間で、ハチタロウは立ち止まり、それから上がろうとしなかった。
「おあがり」と声をかけても、じっと私の顔を見つめ続ける。
ふと思い当たり、濡らしたタオルを持ってきて彼の足を拭き、拭き終わると安心したようで、
「おじゃまします」と口にしそうな顔で、玄関を上がった。
畳の上に毛布をたたんで敷くと、そのうえにいそいそとやって来て、横になった。
彼も疲れていたのだろうか、何度も目をぱちぱちさせて、とても眠そうだった。
私自身も強い眠気を感じていた。
彼の隣の部屋に布団を敷き、横になって彼を見守っていたが、やがて眠りに落ちていった。
そのまま夢を見ることもなく、目を覚ますと、まだ外はほの明るいぐらいの時間だった。隣の部屋のハチタロウは、既に目を覚ましていたが、両手の上に顎を乗せて、私の顔をじっと見つめていた。
私が起きたのを確認すると、すっくと体を起こし、背中を弓のようにそらして、尻尾を一振りした。そのあと、私の側にとことこ歩いてきて、何かお願いがあるような素振りを見せた。
ひょっとして、トイレかなと思ったが、そちらの準備は出来ていない。ひとまず庭に出してあげるしかないと、起き上がって雨戸を急いで開け、彼が外に出られる隙間を作ってあげた。
待ちかねたかのようにハチタロウは庭に飛び出し、庭木のあたりの匂いを嗅ぎ、そのいくつ目かの横で、片足を上げて用を済ませた。
やはり予想どおりだったかと、安心したが、庭の向こうの塀越しに、元町内会長が不審そうな顔つきで、ハチタロウをじっと見つめていた。




