第1章⑦
「どうしますかねぇ」とアルバイトの青年は考え込むと、
「ちょっと、父親に聞いてみます」といったんバックヤードに戻った。
女性は、ハチタロウをしばらく見つめ、スマホを取り出して電話をかけ始めた。
「お母さん、ごめん遅くなって」という声が聞こえた。
それから私に背を向けて話を始めたので、会話の全ては聞こえない。私も聞くべきではないなと思った。
それでも、漏れ聞こえる言葉は、電話の向こうの相手を、宥め落ち着かせようとするように聞こえた。
私が柴犬を見ると、自分の状況を理解しているかのように、不安げながらも、話し合いの結果をおとなしく待ち続けているように見えた。私と目が合うと、小さく小首を傾げた。
「どうなりますかね?」と声にしそうな顔つきだった。
青年はバックヤードから戻ってくると、
「店長に電話したけどやっぱダメでした」と申し訳なさそうに言った。
「いや、店長は自分の父親なんですけど」と付け加え、自宅はマンションで、ペットを連れていくのはどうしても許してくれなかったと謝った。
「ごめんなさい。私もダメでした」と振り返ると女性が頭を下げていた。
「でも」と女性は顔を上げると、
「明日には必ずお預かりできるよう、母親を説得します」と続け、今日だけは、と言って再び頭を深く下げた。
私は、ふたりから謝罪されながら、
「え、そういう流れなの」と困惑した。
私が、ハチタロウを連れて帰るのか。
一軒家に一人暮らし。誰にも気兼ねはいらない。
とりあえずは。
それでも、今日初めて出会った人の飼い犬を預かるのは躊躇する。
ふたりはじっと私の顔を見つめた。
ハチタロウも私の顔を見つめる。
私は息を吐き、
「一日だけなら」と答えた。