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第4章「妻と柴犬」⑱

坂本は、犬の死体を解剖すべきと考えた。自分を悩ます事象の絶好の検証機会が与えられているのだと。

ひとまず孫を落ち着かせるため、部屋の外に連れ出したとき、「どうかなさいましたか」という女性の声が聞こえた。


玄関先には、向かいの家の前原夫人が、回覧板を手に立っていて、心配そうな顔をしてこちらを見ていた。泣いている孫に気が付くと、「お邪魔します」と家に上がって、孫を宥め始めた。

「この子の飼い犬が、急に息を引き取った」と事情を伝えると、

「可愛そうに」と、夫人はやさしく孫を慰め、彼も少し落ち着きを見せた。

孫の相手を彼女に任せ、坂本は再度、自室に戻っていった。


犬の死骸は、変わらぬ様子で部屋に横たわっていた。熱が失われるにつれて、毛ヅヤも落ちたようだった。坂本は死骸を抱えると、作業台の上に横たえ、道具箱の中から、作業用のメスを取り出した。

「何をされるおつもりですか」

と背後から声がした。

坂本が振り返ると、入り口に前原夫人が立って、じっと見つめていた。

彼女は、細かな事情は知らないながらも、目の前でこれから行われつつあることの異常さを感じ取っているようだった。

「お孫さんは、泣き疲れて眠っています」と彼女はいった。そして、静かに部屋の中に歩み入り、坂本の手元のナイフに視線を止め、ゆっくり首を振った。

「そんなことをしては駄目ですよ」

坂本は反論しようとしたが、言葉が出なかった。今の自分が何かに誘導されているのかもしれない。そんな考えがようやく心に浮かんだ。

彼の表情に、落ち着きを見出したのか、前原夫人は表情を緩め、それから、

「ちゃんと、埋葬してあげましょう」と言うと、自分の家の庭は、使っていない場所があるから、埋めても構いません、と提案した。


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