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第4章「妻と柴犬」⑫

吾郎の予想では、登紀子は困惑するに違いないと思っていたが、彼女は少し考え込むように視線を落とし、それから「お義母さんが亡くなられる前に、お聞きしたことがあります」と呟いた。

入院中の美都子を見舞ったある日、「登紀子さんにお願いがあるの」と、保護犬の譲渡のことを告げられたらしい。

「お父さんは忘れていないと思うのだけれど」と美都子は心配そうに言い、

「私が死んだら、それどころじゃなくなっちゃうでしょ」と続けた。

登紀子は、義母の言葉を打ち消したかったが、もはやそれがかえって不誠実になることをおそれた。「わかりました」と告げると、美都子は安心したように笑った。

それでも、登紀子は義母がそこまで、その柴犬を引き取ることにこだわる理由が判らなかった。率直に尋ねたところ、

「信じてくれないかもしれないけど」と真剣な顔になり、

「あの子が、私の病気のことを教えてくれたの」と美都子はそう言って、ふふ、と笑った。登紀子は、どう反応していいか判らなかった。義母は、それ以上は何も言わず、「これで安心した」と言った。


吾郎はそんな話を聞いたことはなかった。第一、信じがたい。けれども、もし、妻の病気の発見が遅れていたら、亡くなるまでにかろうじて作ることができた、貴重な夫婦の時間は、もっと少ないものになったかもしれない。そう考えると、早期の発見がせめてもの救いではあった。

思い出すままに語った出来事が、義父を戸惑わせてしまったと思い、

「変なことを言って申し訳ありません」と登紀子は詫びた。

「いや、構わない」と吾郎は言いつつも、

「不思議な話だ」と口にして、黙り込んだ。


ともかく、今、八太郎は昨日倒れたコンビニにいた人の誰かに預かってもらっているはずだ。その彼を、預かることを登紀子に頼み込んだ。

「判りました」と登紀子は答えたが、

「ただ、今すぐは難しいのです」と続けた。


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