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第4章「妻と柴犬」⑥

柴犬が正式に引き取られたその日、吾郎は、美都子が準備していた小さなサイズの絨毯を、畳の上に敷いた。

柴犬は、家に上がると心得たように、その絨毯までとことこ歩いてきて腰かけた。それから吾郎の顔をみつめて、機嫌よさそうに尻尾をふった。

美都子が望んだとおりに、八太郎と名づけられたその柴犬は、大隈家の家族の一員となり、すぐに吾郎との生活に溶け込んでいった。


引き取ってから数日後、自分の側でうとうとしていた八太郎をみながら、吾郎はふと思い出すことがあった。

美都子が譲渡会で八太郎と初めてあったとき、まるで会話をしているようだった。吾郎にみつかると、美都子はとぼけたように笑ったが、あの時の様子がずっと気になっていたのだ。

あのあとすぐに彼女は健康診断を受けにいった。何かのきっかけがあったのではないか。

「なぁ、教えてくれないか」と吾郎は、答えを期待せずに話しかけてみた。

「あのとき、君は、美都子となにか話していたのか」

寝ぼけ眼の八太郎は、急に目をぱっちり開き、吾郎の瞳をじっと見つめた。

そうして、しばらくの間、考え込むように首を揺らすと、

「わふん」と声を挙げて、舌を見せた。

吾郎は苦笑しながら、八太郎の頭を撫でつつ、

「犬の言葉が判るなんて、ありえないな」と呟いた。


だが、会話ができなくてとも、話しかけることは構わないだろうと、吾郎は、八太郎に対して、答えを期待しない会話を続けた。

昔、捜査に携わった事件の中には、すっきりしない終わり方をして、吾郎の記憶にとげのように残ったものがあった。むろん、話をしてどうなるものではない。頭の中に残った解けない結び目がなくなるわけでもないからだ。

こんな話は、妻の美都子にもできなかった。家族であっても教えるのが憚られることがある。その点、柴犬に何を言っても構わないだろうという、吾郎の開き直りもあった。


吾郎には、忘れられない事件がある。

高利貸しの自宅が襲撃を受け、放火された事件のことだ。

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