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第4章「妻と柴犬」⑤

吾郎が自宅に帰ることを伝えると、

「まだいればいいのに」と息子は引き留めようとした。吾郎が断ると、それ以上は続けなかったので、社交辞令なのだろう。

息子の後ろにいた嫁の表情は読み取れない。ほっとしているのか、無関心なのか、それすら判断が付かなかった。


吾郎は自宅に戻るとすぐに、美都子が取っておいた譲渡会のチラシを探し、主催者に電話をした。こちらが長い間連絡を取っていなかったので、駄目かとも思ったが、あの柴犬はまだ誰も引き取っていなかった。

「あのあと、もういちど奥さんから念押しの電話をいただいておりまして」と電話の向こうの人は説明した。

吾郎は、美都子がそこまで熱心だったことに驚きつつ、少し困惑した。

お礼を述べて電話を切ると、吾郎はすぐに車で出かけた。


久しぶりに目にした柴犬は、以前と全く印象が変わっていた。

「あの、すみません」と電話でやりとりした男性に確認する。

「ああ、間違いないです」と答えながら、

「それにしても、急に若返ったように見えますね」と男性も不思議そうだった。

以前見たときの記憶では、動きは緩慢で、年老いたような印象だったのが、いま目の前にいるのは別の柴犬のように生き生きしているように見えた。賢そうな瞳は、間違いなく変わりなかった。

柴犬は、吾郎の姿を目にすると嬉しそうに尻尾をふり、口をぱかっとあけてピンク色の舌を見せる。

「喜んでますねぇ」と男性の言葉を聞きながら、吾郎はなにか納得できないような違和感を覚えていた。


吾郎が改めて引き取りたいという意思を伝えたところ、家の状態を確認し、お試しの訪問を行ってから、正式に譲渡されるという。

「ところで奥様は」と問いかけられ、吾郎が改めて妻の他界を伝えると、男性はびっくりし、それからお悔やみを述べた。

そして、少し言いにくそうに、

「引き取りは奥様のご希望だったのでは」と尋ねられたが、

「妻と約束しましたので」と吾郎は断言した。

男性は沈黙し、やがて頷いた。

訪問の日取りが決まった。

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