第3章「綾子の事情」⑥
さらに幾年か過ぎたころ、加害者の少年が成年になったと週刊誌が記事を書いた。
その前後、記者らしい人物が綾子の自宅を訪れ、取材を申し込んできた。彼女はそれを断った。
「弟さんの命を奪った彼が、法に守られ、今も平然としていることについて、どう思われますか」
そう言葉を投げかけた男の顔を冷ややかに見つめ、「お帰りください」と告げると綾子はその場から立ち去った。同時に、もし彼が追いかけてきたら、どんな風にして相手を制圧するか、幾通りものイメージを頭に描いていたのだが、記者は、それ以上は深追いせず、遺族からのコメントは拒絶された、という内容で記事が掲載された。おそらく最初から筋書きはできていたようだった。
「大丈夫?」
家に戻ってきた綾子の顔つきが尋常ではなかったようで、母が心配そうに声をかけてきた。近頃彼女は、綾子まで失わないかと思うようになり、不安感が募ると、綾子に干渉することが増えていた。
「なんでもないよ」と母を不安にさせないために嘘をつく。
綾子は、加害者を許すことはない。そのことは心の奥底に刻んである。
だが、復讐するつもりはなかった。
綾子と母親が、弟に起こった出来事を忘れることは、彼女たちの命が続く限り絶対にないのだが、けれでも、残りの人生すべてを、誰かに対する恨みで費やすのは、あまりにも辛いことだった。それは、自分の骨身を燃え尽きさせ、やがて二人を殺してしまうだろう。もし二人がいなくなれば、いったい誰が、弟のことを思い出すのだ。それは、もう一度彼が殺されることに変わりない。
そうさせないために、親子は懸命に生き続けることにした。
綾子たちは自身の存在を死守することに決めたのだ。
それでも、綾子はふと心が暗い気持ちで塗りこめられたように感じることがあった。自分の奥底から湧き上がるどうしようもない思いに身をゆだねそうになることが。
「もうどうなってもいい」
無意識にそんなことを口にし、はっとして、自分で否定する。
そんなとき、無心に体を動かし、へたり込んでしまうまで、自分を疲れさせる。
イメージの中で、何十回、何百回と人を捌き、投げ飛ばすことで、己の内心に潜むケダモノを飼いならそうとした。
つらい修行のようだった。




