第2章「俺と黒い犬」⑩
仕事で訪れた繁華街の漫画喫茶で、俺は声を聞いた。
「もうどうなってもいい」
頭の中に声が響く。店内を見回すと、深くフードをかぶった少年がいた。
彼の姿を視線で追うと、人目を避けるようにして、ブースに入っていく。彼を呼び止めとめ、驚く彼にやさしく微笑みかけた。
ホテルの部屋で服を脱がすと、体のいたるところに痣が残っていた。
新しいもの、ずっと昔の古い傷跡、一つ一つを確かめる。
「こいつは、俺に似ている」
行為の間、少年は虚ろな目をしていた。
俺は最悪な人生から抜け出せたが、こいつはまだごみ溜めの中にどっぷりはまっている。
だからといって俺が引きあげてやる義務はない。
別れ際に金を渡しながら、俺は少年にアドバイスしてやった。
「いま、考えていることをやればいい」
少年はびっくりした顔をして俺を見た。
無表情だった顔が、やがて薄く笑顔に変わった。
そのしばらく後に、会社帰りの20代の青年が、少年にナイフで刺殺された。
「幸せそうな人間が許せなかった」
新聞にそんな動機が書かれていた。
俺は満足した。
あるとき、町の公園を歩いていると、ベンチに座っている男の声が聞こえてきた。
「全部、あいつのせいだ」
俺以外の人間は気にも留めずに通り過ぎてゆく。これも、俺にしか聞こえない声なのだろう。
「どうやって思い知らせてやろう」
俺は近くのホームセンターで買い物をし、紙袋を彼の横に置いた。
こちらを見上げる男の目は病んだ瞳をしていた。
「これを使ってやればいい」
男は、俺の目をじっとみつめ、袋の中身を取り出した。
ハンマーをじっくり確かめると、男は俺に笑顔を見せた。
そのあとに何が起こったは知らない。
興味がない。
俺は、聞こえた声に、答えただけだ。
赤い石は、どんどん美しくなっていった。




