第2章「俺と黒い犬」⑨
目が覚めると、俺は、ヤクザの抗争に巻き込まれた被害者になっていた。
警察は、親父とヤクザの関わりも当然知っていたはずだが、死んでしまえば、もはや興味がない様子で、俺の扱いも気持ちが悪いくらいに親切だった。
彼らは、失踪した母親を探そうとしたようだが、警察でも把握できず、わざわざ俺に詫びにきた。
まぁいまさら、俺を捨てた母親なんかに会いたくもなかったが。
俺は、親父を犬にかみ殺された、頼る者のいない哀れな少年になった。
そして、それまでのクソみたいな生活が一変した。
うまいことに、すぐに引き取ってくれる人間が名乗り出た。
大金持ちではないが、普通の大人。
大酒も飲まず、ガキを殴らない大人がいることに俺は驚いた。
俺は普通の家庭に潜り込み、要領よく生きていくことにした。
もしものときには、赤い石がある。
狩猟犬が息絶えると、奴の口の中から、赤い塊が転がり落ちた。
その石は、黒い犬の体内から吐き出された時よりも、もっとどす黒さを増したような気がした。俺は気絶する寸前に手を伸ばし、その石を土の中に埋めた。
俺がクソ親父の死んだ場所に花を供えに行きたいというと、養父は快く外出を許し、金までくれた。
花屋で買った白い花を持って、高利貸しの家に向かう。
家屋は撤去され、立ち入り禁止の表示があったが、俺は無視して敷地に入った。
地面をじっと見つめると、俺にはあの赤い塊の埋められた場所がすぐに分かる。
俺は、土の中から石を取り出すと、用意した箱に入れ、すぐにその場所を立ち去った。白い花は、ゴミ捨て場に置いてきた。
赤い塊の中に、蠢くような目の模様がいちだんと色濃く見える。
これを見ると、俺の頭の中にいろいろな声が聞こえてきた。
石の導くような声に従うと、俺の人生は順調に進んでいった。
俺は、十分な教育を受け、学校を出ると、安定した仕事についた。
今までの俺の人生を思うと、笑ってしまうような安定した仕事だった。
俺は忠実に仕事を努め、順調に出世していった。
時々、石を懐に入れて町を歩くと、家先の犬たちの声が聞こえる。
ほとんどは、俺には何の興味もなさそうに、犬たちだけの世界に没頭している。
彼らには俺の手助けなぞ必要はなかった。
だが、いつからか、犬の声にまじって、別の声が聞こえるようになった。
俺は、その声は犬たちのものだと思っていたが、そうではなかった。
俺の目の前に、疲れ果てた人間がいるとき、その声は聞こえた。




