第2章「俺と黒い犬」⑤
赤い石を親父に渡した次の日、俺は黒い犬に会いに行った。
俺の顔を見るなり、「渡しましたか」と黒い犬は嬉しそうに笑った。
それから、自分の過去を話し出した。
「私は幼いころ、裕福な老夫婦に拾われました。二人はとてもやさしく、彼らと私は幸せに暮らしていました。ところが、老夫婦の財産に目を付けた男が、二人を陥れて無一文にしました」
犬は悲し気に鳴いた。
「あの赤い石は、老夫婦がとても大事にしていたもので、貧乏になっても、絶対に手放すことはありませんでした。けれど、あの悪い男はその石の噂を聞きつけて、老夫婦から奪い去ろうとしました」
そう語ると、犬はしばらく沈黙した。
「男は老夫婦の最後の住まいに、火をつけたのです」
「老夫婦は何か予感がしていたのでしょう。私の体にあの石を入れた袋を巻き付け、家から逃がしました」
家の放火は雇われたやくざ者の仕業だった。結局、焼け跡からは老夫婦の死体しか見つからなかった。
「石が見つからなかったことで、やくざ者と、あの悪い男にひと悶着あったようですが、結局、悪い男は、金の力でやくざ者を抑え込んだようです」
悪い男は、奪った財産を抜け目なく増やし、大きな屋敷に今ものうのうと暮らしている。
「それでも、まだあの赤い石を探しているはずです」
犬は、小屋の奥に向かうと、小さな箱を咥えてきた。
それは、この前俺に渡した箱とそっくりだった。
「あなたに渡したのは、精巧な偽物です」
犬はそう言って笑う。老夫婦は用意周到だった。
俺は、親父があの石を、怪しげなルートで処分するだろうと思った。
その過程で、赤い石の情報が、やばい奴らに伝わるに違いない。
「あの悪い男は、本物のありかを探しはじめるでしょう」
黒い犬は、俺の目をじっと見つめると、
「私の望みとあなたの願い」
大きく開いた口から、黒ずんだ舌がのぞく。
「ともに叶えましょう」
その声は俺には、とても心地良かった。




