第2章「俺と黒い犬」④
帰宅すると親父はまだ寝ていた。
俺は、親父の寝顔を見て思う。この男は、なんとみすぼらしい人間なのだろう。
その日の俺は、いままでの何かの呪縛から解放されたようで、親父の醜さと弱さに、初めて気が付いた。
もはや年老いて、力も弱く、これからの将来に何の希望もない男。
それに引き換え、俺は、若くて、親父に似ずに体格は大きく、見た目も母親に似て、人目を引く容姿だった。
この男は、俺を支配しているつもりだろうが、それは間違いだ。
寝ている親父を見下し、俺は優越感に浸った。
翌朝目を覚ました親父に、赤い宝石を見せた。
目をぱちくりさせた親父は、涎を垂らしそうな卑しい顔をして、
「どうしたんだ、これ」と石から目をそらさず、呻くような声を出した。
「ある家の庭に埋めらていたんだ」と俺は、黒犬に教えられたとおりに親父に伝える。親父はぶるぶる震える手を石に伸ばした。その仕草の醜さを、俺は冷ややかに眺めつつ、「やるよ」と親父の手の上に乗せた。
親父は一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに顔を赤らめて、
「いいのか」と何度も確かめたが、もう返すつもりはないと判っていた。
親父は、石を持ったまま家を出ていき、夜になって高級な酒と、高価な肉を買って帰ってきた。
おそらく、どこかで赤い石を換金してきたのだろうが、俺には教えようとしなかった。
「あれは、ちょっと特別なやつだからな」と親父はにやにや笑いながら、酒を呑み続けた。
それから数日後、俺が一人で家にいると、玄関先で大きな音がした。
俺は家の中で体を固くして、玄関の様子に注意を払い、しばらく待って外に出ると、親父が玄関に倒れていた。顔をひどく殴られていた。
親父を家の中に引き上げると、意識を取り戻した親父が俺の襟首を掴みながら、
「あの石を見つけた家を教えろ」と問いただしてきた。
黒い犬の言ったとおりの展開だった。




