第2章「俺と黒い犬」②
その年老いた犬は、黒く痩せていて、潤んだ瞳で悲し気に俺を見つめていた。
立ち止まった俺に、
「私は、サンタです」
と言いながら、犬小屋の上の板切れを鼻先で示す。ほとんど消えそうな文字を、目を凝らしてみると、子供の書いたような字体で、『三太』と記されていた。
親父は、俺と犬のことに気が付かず、独り言をつぶやきながら歩き続けていった。
俺は、深呼吸をし、自分の頭はいかれていないと確かめるために、今日の一日を始まりから反芻し、全て間違いなく思い出せることを確認した。
黒い犬は、じっと待っていた。俺が落ち着きを取り戻し、自分のほうを向いたのを確かめると、「自分を連れて行ってください」と再び俺に頼み、「もちろん、お礼をします」と小屋の中から、小さな箱を咥えて、俺の前に置いた。
中には、綺麗な赤い宝石が幾つか入っていて、俺は、食い入るような目で宝石を凝視し、それから犬の顔を見つめた。
「私の、かつての飼い主の所有物です」と犬は説明した。
「もう、彼らには必要のないものです」と付け加えた。
今、この家に住んでいる人間と、この犬との関係について、深く詮索するつもりはない。俺は、箱の中の宝石にひきつけられていた。
「わかった」と俺は黒い犬との取引に応じた。
音を立てないように、門扉の内側に入り、犬の首輪から紐を外す。
三太という名の犬は、俺の作業を、物音立てずに見守っていた。
家の中にいる人間は気づいた様子はない。
たいした時間はかからず、俺は犬を解放した。
家の門扉を通り抜けると、犬は俺に静かについてきた。しばらく歩いて家が見えなくなったところで立ち止まる。犬もぴたりと横にいた。
「ありがとうございます」と黒い犬は深く頭をさげた。
「これから、どうする」と思わず俺は尋ねた。
犬は、考え込むような表情をすると、
「心当たりがあります」と町はずれの方へ顔を向けた。
俺は、犬の行先が気になったが、このまま親父を一人で帰らせると、また面倒なことになりそうだとも思った。
犬は、すこし歩いて立ち止まり、振り返って私の顔をじっとみつめ、
「大丈夫です」と私に言った。
「また、すぐ会えます」
そう告げると、ゆっくりと歩き去った。
俺は犬を見送りながら、これが現実なのか、自信がなかった。
だが、手の中の箱には、間違いなく宝石が入っていた。




