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第1章「柴犬と私」㉓

ともかく、老人の状態が深刻でないことに安堵した。

同時に、他人の飼い犬を預かるという役目を、一日とはいえ無事に終えて、ほっとする。

これで、昨日からの彼らとの繋がりもおしまいだろうな、と考えていると、

「あ、またお伝えすることがあったら連絡しますね」と副島君があっさりと言った。

伊藤さんも、「そうですね。よろしくお願いします」と言いながら、すぐにでもハチタロウを連れて帰りそうな雰囲気だった。

二人の様子を見ていると、「いや、もうけっこうです」と私は口にできなかった。


伊藤さんは、昨日私が購入したドッグフードと同じものをレジに持って行く。私は思い出して、ポケットに入れていた、余りのひと缶を彼女に進呈した。

彼女は、じっとそれを見て、

「ほんとうにいりませんか?」と私に念を押した。

また、必要になる可能性があるのだろうか、と私は考えつつ、

「大丈夫だと思います」と返事をしたが、何だか自信はなかった。


ハチタロウは伊藤さんと一緒にコンビニから去っていった。去り際にちらちら私をハチタロウが見る。私が小さく片手を上げると、彼は目をまばたき、そのまま、振り返らずに彼女と歩いて行った。

「じゃ、仕事に戻りますね」と副島君も店内に入る。

私は、今日は何も買うものがないまま、自宅への道を一人で歩いて帰った。


自宅の玄関前で、ちょうどどこかから帰ってきたような元町内会長と出くわした。

お互いに頭を下げ、私は黙ったまま家に入ろうとした。

「今朝いた柴犬は、どうしたんだね」と元町内会長が声をかけてくる。

「別の人に預けてきました」と私は返事をした。

「そうかね」と彼は呟くように言い、そのまま黙って家に帰っていった。


部屋に上がると、ハチタロウのために敷いた毛布が残っていた。それを畳んで、縁側に置く。今日は、もう何もする気力が湧かなかった。


早めに布団を敷き、横になって目を閉じ、眠りが訪れるのを待つ。

部屋はいつもどおり、自分以外の誰の気配もない。

時計の音だけが聞こえる。

また、ゆるやかにこの家で終わりまで過ごす。

元に戻っただけだ、と私は考える。

これ以上何も起こらない。

そのときは、そう思っていた。


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