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第1章「柴犬と私」㉒

伊藤さんの勢いに少し圧倒され、

「では、お願いします」と彼女にリードを手渡した。

「ありがとうございます」と彼女は受け取り、ハチタロウの頭を撫ではじめたが、私がじっと見ているのに気が付くと、

「あ、この服は一度自宅に帰って着替えてきたんですよ」と笑顔を見せた。

「散歩に最適だと思いまして」

「はぁ」と私は気のない返事をした。


「お二人ともお待たせしました」

店内から副島君が出てきた。手には紙袋を二つ持っている。

レジは別の男性の店員が対応しているようだ。


「今日の昼過ぎに、昨日のお爺さんの家族の方が来られまして」

手に持っていた紙袋を、私と伊藤さんに手渡した。

「昨日のお詫びと、お礼だそうです」と副島君が説明する。

「あ、お菓子です。高級な」と付け加えた。

「今日来られたのは、お爺さんの息子さんの奥さんです」


スーツ姿の中年の女性が、救急隊員から教えてもらいました、と言って副島君を尋ねてきたとのことだった。

「深々と頭を下げられて恐縮しました。だって、俺一人が対処したわけじゃなかったし」と副島君は少し申し訳なさそうな顔をした。


老人は救急搬送され、病院で検査を受けた結果、大事には至らなかったようだった。ただ、しばらくは入院する必要があるようで、自宅にはまだ帰れない。


「ハチタロウのことは話しましたか」と私が副島君に聞くと、

「もちろん。奥さんも気にしておられました」

横の伊藤さんを見ると、すごく心配そうな表情をしていた。

「息子さんと奥さんの自宅で預かるつもりだけど、ちょっと今は事情があるそうで」と副島君は言いにくそうに話した。

「なので、あと数日はお願いできないか、と言われました」

それは困ったな、と私は思った。同時に、ちょっと他人を頼りにしすぎじゃないかとも思った。

伊藤さんを見ると、さっきと同じ明るい表情に戻っていた。

「そういうことなら、仕方ないですね」と彼女は言ったが、少しうれしそう、というかうきうきしているように聞こえた。


「なので、また、奥さんがこちらに連絡をされるそうです」

以上が副島君からの伝達事項だった。


「ところで、お爺さんのお名前は、大熊さんとおっしゃるそうです」と言い足した。

なるほど、君は、大熊ハチタロウが正式な名前なのだな、と私は思った。

当のハチタロウはおとなしく座っていたが、老人の姿がみつからず、少し悲し気にも見えた。


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