第1章「柴犬と私」⑳
私とハチタロウと警官だけが残された。
ハチタロウは、制服警官が珍しいのか、私と警官の顔を何度も見比べ、やがて背中をぴんと伸ばした綺麗な姿勢で、警官と正面から向き合った。
警官は、彼の頭を撫でながら、
「お宅のワンちゃん、行儀がいいですね」と私に語りかける。
「そうですね」と言ったあとで、この言い方だと、まるで他人事のように聞こえないだろうかと、ふと思った。
「実は、昨日から預かっています」と言うべきだろうか。
だが、警官に正確なことを伝えるのは、簡単ではない、このまま「犬と飼い主」で押し通そうと思った。
そういえば、「犬泥棒」のことは、警官も把握しているのだろうか、と頭に浮かぶが、あるいは、わが町内だけの狭い範囲の出来事かもしれず、この場で尋ねることはためらわれた。
色々考えている間、ハチタロウは警官に撫でてもらって、満面の笑顔をみせていたが、「じゃぁ、さよなら」と警官は名残惜しそうにハチタロウから手を離す。
私も一礼して、公園の出口に向かって歩こうとすると、
「あちらの出口から帰られたほうがいいですよ」と警官が反対側の出口を指し示した。その出口は、少し遠回りになりそうだったが、繁華街からは遠ざかることになる。私は素直に従い、公園を後にした。
家に帰り着いたころにはぐったり疲れ果てていた。這うようにして部屋に行く。
それから自分の夕食の準備をし、ハチタロウにも食事を用意した。
散歩でお腹が空いていたのだろう。あっという間に平らげる。
昨日購入したドッグフードは二缶しか消費しなかった。
時計を見ると、待ち合わせの時間まで少しあった。
私がソファーに座ると、ハチタロウは足元にとことこ歩いてきて横たわった。
彼を撫でながら、出かけるまでの時間を過ごすことにした。




