第1章②
チラシを持ったまま、玄関に入ると、家の中は真っ暗で、雨戸のおかげで外からの音もほとんど聞こえなくなった。私は、無音を確かめるように、しばらく玄関にとどまった。
それから家にあがり、居間のテーブルの上にチラシを置くと、料理をはじめた。
厚揚げと小松菜の煮びたしを作り、冷凍したご飯を温め、簡単に夕食を済ませる。
入浴してふたたび座敷に戻って時計を見ると、まだ夜の早い時間だった。
頭をタオルで乾かしながら、テーブルの上のチラシを見る。
町内のイベントのお知らせや、最近の出来事が掲載されていて、ところどころ文字の大きさで、内容を強調しているように見えた。
だが、以前、母親に聞いた話では、これは正式な町内会報ではなく、元町内会長が個人的に作成しているものらしい。それは、正式な町内会では扱いに困っているのではないだろうか。
そんなことを思いながら、『犬の連れ去り』の記事を読んでみた。
『トム君(5歳・雑種)が、福本さんの家から姿を消して一週間になります。福本さん夫婦にとっては大事な家族の一員です。見かけた方はご連絡を願います』
と、そこまでは行方知れずになった犬探しのお知らせかのように見えた。そのあと、
『トム君がいなくなる数日前から、見慣れない人を家の周りで見かけたという情報があります』
と、なんだか不穏なことが書いてある。続けて、
『同じような出来事は、隣町でも起こっているようです。私の知り合いからも同様の出来事が伝えられました』
どうも、複数の飼い犬の連れ去りが起こっているような書きぶりだった。
文章の最後に、
『何か気づいた方は、お知らせください』
と情報提供を呼びかけていたが、これが事実なら、町内会、いや町内会と関係ない個人情報チラシで取り扱うには荷が重いように思えた。
私は、興味を失い、チラシをゴミ箱に捨てた。
まだ、早い時間だったが、少しだけでも眠りたかった。私は寝室に向かい、赤色灯だけを点けて、横になった。