第1章「柴犬と私」⑲
パトロールから、公園の向かいの交番に戻る途中なのかもしれない。
見たところベテラン警官のようで、帽子の横の髪は白髪まじりだった。
警官は、私と男を交互に見ると、
「何か、困りごとですか」と優しく微笑んだ。
「何でもありません」と男性が低い声で答えた。
彼は笑顔だったが、ほとんど無表情と変わりがないようにも思えた。
ちらりと、女の子と母親を見ると、二人とも不安そうにお互いに体を寄せている。
その様子を見て、私は少し息を整えながら、
「大丈夫です」と警官に返事をした。
警官は、再び私たち二人を確認するように交互に見ると、「それはよかった」と小さく頷いた。
ハチタロウも安心したのか、私の顔をみつめ、口をぱかっと開く。
「ねぇ、もう行こう」と、母親が男性に声をかける。
男の笑顔が消え、「あぁ、判った」と呟くように答えた。
彼が向きを変えて、公園の出口に向かって歩き出そうとしたとき、
「お兄さん、ちょっと待って」と警官が声をかけた。
男性は不機嫌そうに、警官に視線を向ける。
「さっき、お兄さん、スマホで写真撮ってたでしょ」
「それが何か」
「無断で撮るのは良くないと思うよ」
そういいながら、ねぇ、と私を見ながら同意を求めた。
「だから、さっき撮った写真は、消去して」
私は、二人のやり取りを聞き、そもそも、警官はどのあたりから、私たちのことを見ていたのだろうと疑問に思った。
そのうえ、警官の要求を、男が受け入れるのかと、心配になった。
案の定、男は苛立ったように見えたが、意外なことに、それ以上反抗することなく、スマホを取り出し、警官に画像を見せた。
「そっちのお兄さん、確認して」と私に声をかける。
慌てて近寄って画面を見ると、ハチタロウだけでなく、なぜだが私の顔も写っていた。
何のために、と少し気味悪く思った。
警官と私が見ている前で、男は画像を消去する。
「はい、これで良し」と警官は言うと、男を解放した。
やり取りの間、男はずっと無言で、スマホをポケットに入れると、すたすたと歩き去り、公園の出口に向かった。
女の子は何度か名残惜しそうにハチタロウを見ていたが、最後にはあきらめて母親を追いかけていった。
私は三人が公園から出ていくのを、じっと見守っていた。




