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後編

 やはり、いつの歳でも初対面には良い印象を与えねばならない。デートなんか特にそうだ。


 貯金を切り崩していい感じの服を購入した。ついでに散髪もして靴も磨いた。これで会っても幻滅はしないだろう。


 ワシは木曜がたまらなく遅く感じた。普段はぼーっとしていたらあっという間に過ぎ去ってしまうのに。今週は時の神がイタズラしたかのように遅かった。


 物忘れしやすい頭に当日のルートを念入りに頭に叩き込み、ついに迎えた日。


 ワシはシニア用のパスを使って電車に乗り、上田レトロシネマの入り口前に来た。かつて若い頃は新築同然でアベックがわんさかいたが、今はもう古ぼけてしまっている。


 しかし、流行は一周するのか、それが逆にオサレだとかいって若者達が写真を撮ったりしていた。


 ワシは若者達の邪魔にならないように待った。周りの視線も少し気になった。この格好は浮いているのだろうか。


「和寿さん?」


 すると、電話の声とそっくりな人が話しかけてきた。振り向いた瞬間、ラベンダーの香水が鼻孔をくすぐった。


 晶子さんは写真よりも綺麗だった。美容院で整えられたショートヘアの白髪、赤いスカーフと真珠のネックレス、薄紫色の上下の洋服と合っていた。


 無論、シニアらしい皺も目立っていたが、シミなどはあまりなかった。ファンデーションで隠しているかもしれないが、上品な佇まいはワシの好みに合っていた。


「えっと……晶子さん?」

「はい。そうです」

「あ、あ、あぁ……よ、よろしくお願いします」

「そんなにかしこまらなくてもいいんですよ。緊張しているのはお互い様なんですから」

「いやはや……ワシ……私の方が年上なのに恥ずかしい」

「歳なんて関係ありませんよ。私達の世代は」


 晶子さんは意外にもリードするように私の手を引いてくれた。もちろん、段差がある時は注意して気を配ってくれた。


 参ったな。ワシが紳士にエスコートする予定だったんだが、これでは立場逆転だ。


 あれよあれよと言う間にチケット売り場まで来てしまった。このシネマ館は昔ながらの手売りなので、電子機器をうまく使えないワシらにも容易に購入する事ができた。


「和寿さんは何がお好きですか?」

「そうですなぁ……時代劇とか。晶子さんは?」

「私は若い頃は恋愛ものとか好きだったんですけど……今はあまり見ていないですわ。でも、せっかくの機会ですからそういうのも見てみたいですわ」

「じゃあ、これにしますか? シャレード」

「オードリーヘップバーンさんの? いいですね。これにしましょう」


 この会話も久々のような気がした。当時の若かったワシと妻と重なりうように、ワシらは席の方まで向かう事にした。


 中は当時を連想させるシンプルなものだった。大きなスクリーンと席だけ。何か特殊なステレオとかもないシンプル。


 ワシと晶子さんは真ん中の席だった。それほど混んでおらず、マナーの良い客ばかりだったので安心してみることができた。


 シャレードを観るのは何年ぶりだろうか。忘れていた部分もあったが、それがかえって新鮮に観ることができた。


 途中、寝てしまうかどうか心配だったが、隣に晶子さんがいるからか、ラベンダーの香水と相まって最後まで目を開けられた。


 映画が終わると、ワシと晶子さんは近くの喫茶店でお茶する事にした。ここも時代に取り残されたかのようにツルツルの革のソファと大理石風のテーブルがある場所だった。


 この店のマスターもワシと同じぐらい歳を取っていた。


「晶子さんは何食べます?」

「そうね。あんみつにしようかしら。和寿さんは?」

「ワシもあんみつを」


 熟練のウェイトレスに注文した。待っている間は映画の感想を言い合ったのでそう遅くは感じなかった。


 あんみつはバニラアイス、あんず、さくらんぼ、あんこ、白玉、寒天とボリューム満点だった。


 それを抹茶と共にいただく。ジャズの音色が店内に響きわたっているからか、非常に優雅な気持ちになった。


 ワシは晶子さんを見た。とてもお上品に混ぜずにあんこを一口ずつわけて食べていた。ワシはもうすでにグチャグチャにしていたので、何だか子供っぽく思えてきて恥ずかしくなった。


 すると、晶子さんと目が合った。綺麗な瞳に思わずときめいた。


「おいしいですね。あんみつ」

「え、あ、はい……」

「どうしたんですか?」

「いや、あの、その……大変お上品に食べられているなぁ……と」

「え? あ、あぁ……」


 晶子さんはワシと自分の器の荒れ具合を見比べた後、クスッと笑った。


「私も混ぜてみようかしら」


 晶子さんはそう言ってワシと同じようにグチャグチャと混ぜた。そして、一口食べると艶っぽく美味しいと笑みを浮かべた。


 この瞬間、ワシは妻に抱いていたのと同じ熱情が全身の血流を駆け巡っていった。



 それから晶子さんとは何度か交流を重ねていき、ついに一緒に同居するようになった。この歳なので挙式はあげないが、役所では妻となっている。


 これで孤独死を避けられる。子ども達に迷惑をかけなくてすむ──そう思うと、ホッと胸を撫で下ろした。


 妻以外と結ばれるなんて考えられなかった。それもこれも全部あのマッチングアプリのおかげ──と感謝を伝えたいところだが、そのアプリを運営していた男が逮捕された。ワシ達にスマートフォンの使い方を教えてくれた人だ。


 実はあのマッチングアプリ教室は老人から金を騙し取るための詐欺だったのだ。


 人工知能で作った本物そっくりの画像や文章を使って相手をその気にさせる。メッセージのやり取りをしようとすると『ポイントが必要です』という表示が出て課金を要求する。


 マッチングしても大体はアプリ運営側がなりきってやり取りしているらしく、当然会える訳もない。


 しかし、ワシと晶子さんは実際にマッチングし出逢っている。それ以前にそんなポイント請求など来なかった。晶子さんもそう言っていた。


 もしかして、運営側が成功実績を出すために会えるように仕組んだのか。いや、晶子さんと一緒にマッチングアプリ教室にスマートフォンを返す際、代表が困惑した様子で受け取っていた。


 奴らは完全に出逢わす気はなかったと思う。だとしたら、ますますワシらのマッチングが不思議に思えてくる。


 もしかしたら、天国にいる妻がワシを晶子さんとくっつけさせてくれたかもしれない。晶子さんにその事を話すと、彼女もワシと同じ事を考えていたらしい。天国にいる夫がワシを導いてくれたのだと。


 ワシは心の底から妻に感謝した。そして、天国にいる妻が晶子さんの夫とマッチングできている事を祈った。



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