もう一人の陰陽師
深い悲しみに沈む俺たちの隣で、鈴井先生は何かを呟いている。
「それにしても、なぜ月岡さんが……? それより、月岡さんはどこ? 牛女の簪を回収しないと……」
そう、呪物は二つあったのだ。解呪のため、鷹丸家に預けられた櫛と共に祠に納められていた簪。恐らく、里美が夫婦岩で舞を踊っていた時に身に着けていたものだろう。
「千聡と良昌が連れて行きました。俺たちは動けなかったんで。多分、良昌の家に向かっているはずです」勇樹が答える。
「いけない!あの簪はまだ牛女の魂が浄化されていない。二人が危ない!」良昌の家へ向かおうと先生が振り返った瞬間、何かが彼女の心臓を狙って迫った。紙一重で躱したが、その何かが先生の肩を切り裂く。「くっ……二人をどうしたのっ!? 答えなさい!」
血が滴る肩を抑え、鈴井先生が睨みつけた先にいたのは――里美、いや、牛女だった。鈴井先生を切りつけた血塗れの短刀を手に、先生の鮮血で唇に紅を引き、妖艶な笑みを浮かべている。
「あの子達なら、向こうで気持ちよさそうに寝てるわよ。早く行ってあげたら? よく眠れるようにお腹に風穴を開けてあげたから」
「貴様ぁあ! よくも……ッ!」鈴井先生は激昂し、光の矢を放った。だが、肩の傷のせいか、その一撃は牛女にかすりもせず、宙を切る。
「あんたたち! 早く、二人の所へ行きなさい!」鈴井先生は、俺たちに叫んだ。
「でも、先生……その怪我じゃ……」そう言いかけた俺の言葉を、先生の怒号が遮る。
「いいから、早く!足手まといなだけよ!」
確かに、今の俺たちに出来ることは何もない。俺たちは、良昌の家へ走り出そうとした。
「もう終わり...あなた達はここで死んで、愛しいあの人の贄となるの...」牛女は懐から銀の鏡を取り出した。うっとりした目で見つめている。
「月魄鏡?!っあなたっ!」
鈴井先生が牛女に怒号を浴びせた刹那、突如、巨大な鷹が牛女目掛けて急降下してきた。牛女はハッとしたようにその鷹を見上げ、手にした短刀を渾身の力で投げつける。鷹の眉間に短刀が突き刺さったかと思った瞬間、鷹は炎に包まれ、灰となって消え去った。
「あれは……金池先生の式神!? 間に合った……! あの子達は、もう大丈夫よっ!」
「え……今、金池先生って聞こえたような……まさか……」俺は、まさかの事態に言葉を失う。勇樹もまた、驚愕の表情を隠せない。
「ええ、金池先生も陰陽師なの。あなた達を見つけた時、念のため金池先生に伝達の式神を飛ばしておいたの。」鈴井先生は安堵したように言った。
「邪魔ばかりしやがってぇ! このクソアマがぁ!」牛女は、先程までの妖艶な雰囲気とは一変、憤怒に染まった鬼の形相で鈴井先生を罵倒した。
「観念なさい。」鈴井先生は、牛女に一歩、また一歩と詰め寄る。
「ほら、応援が来たわよ」
*リン、リン……*
鈴井先生の鈴の音とは異なる、清らかで優しい鈴の音色が響き渡る。暗い道の奥から、赤い狩衣を身に纏った女性が姿を現した。
「あらあら、鈴井先生、皆さん、お怪我はないかしら?」俺たちは、ただ唖然とするばかりだった。音楽教師の金池先生までもが、陰陽師だったとは。驚きのあまり、口をパクパクさせる俺に、金池先生は優しく微笑みかけた。
「助けに来たわ。もう大丈夫、安心してね。河松君達も無事保護したわ。」
「それに、私だけじゃないのよ?あなた達の、よく知る人も来てるわ。」そう言うと、いたずらっぽく微笑んだ。
「え……知ってる人……?」頭の中が、疑問符で埋め尽くされる。