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陰陽師


タイムリープした次の日から三日、英蔵はずっと学校を休んでいる。


連絡を取ると、タイムリープが原因かはわからないが、ひたすら体調が悪いと繰り返していた。


鈴井は相変わらず、顔を合わせれば嫌味を連発する。


それ以外はいつも通り……いや、いつも通り"を装っている"だけかもしれない。


それ以上に気がかりなのは、里美のことだった。


この三日間、まるで何かに蝕まれているかのように、日に日にやつれていく。


ダイエットなどという生易しいものではない。三日間の絶食でこうなるとも思えないほどだ。目の下には濃い隈が張り付き、頬は信じられないほどこけている。


「大丈夫?」


何度尋ねても、里美は虚ろな目で「大丈夫」と繰り返すだけ。


口数もめっきり減ってしまった。タイムリープ前の記憶では、こんな様子ではなかったはずだ。


(まさか、タイムリープが関係しているのか...?)


三日前、タイムリープして初めて会った時。確かに、以前の里美より少し痩せているように感じた。その時は、年頃の女の子のことだ、ダイエットでもしているのだろうと軽く考えていた。


だが、今は違う。得体の知れない不安が、胸を締め付ける。


( 里美を探さないと……!)


焦る気持ちを抑えきれず、俺は立ち上がった。廊下でばったり会った千聡と勇樹に事情を説明すると、二人は顔色を変え、共に里美を探すことになった。





第一校舎から体育館にかかる渡り廊下へ向かうと、バスケットコートのある中庭が視界に入った。


その端で、里美がうずくまっている。


「里美!」


反射的に叫び、駆けだした。体勢を低くして、様子をうかがう。顔面蒼白で、呼吸も荒い。


「どうした、里美!?」


肩を掴むと、里美はびくりと身を震わせた。潤んだ瞳が、俺を捉える。


「頭が痛くて……! それに、胸が……苦しい……。助けて昂ちゃん……」


今にも泣き出しそうな声で、助けを求めてきた。」


「千聡!救急車だ! あと先生を!」勇樹の声が張り裂ける。


「里美! しっかりしろ!」


俺はただ、彼女の名を呼ぶことしかできない。無力感が全身を締め付ける。


その時だった。


「テーケテン!」


突如、耳をつんざく奇声が、夏の湿気を切り裂いた。一瞬にして、周囲の空気が凍りつく。


「よっ! 何してんの? 今日一発目のファーストテケテンやん。ノリ悪いなぁ」


良昌だ。空気を読めないにも程がある。この状況で、そのクソつまらないギャグはありえない。


「……里美、どうした?」


ようやく事態を把握したのか、良昌が駆け寄ってくる。遅すぎる。


「今は、お前の相手をしている暇ないっ!」


俺は思わず怒鳴りつけた。だが、良昌は俺の肩を押し退け、里美の前に立った。


「これは……ヤバいな。大丈夫、里美。ゆっくり深呼吸して。テケテン、テケテン……」


真剣な表情で、良昌は里美の胸に手をかざし、意味不明な呪文を唱え始めた。


(こいつ、マジか……?)


信じられない思いで、俺は言葉を失った。


さっきまで青ざめていた里美の顔色が、みるみるうちに回復していく。荒かった呼吸も、落ち着きを取り戻していく。まるで、奇跡だ。


「ちょっおま……何でなん!? 何でテケテンで治るんっ!?」


あの絶望的につまらないギャグだと思っていた言葉が、今、苦しんでいた里美を救った? そんな馬鹿な。


「今はそんなこと言ってる場合じゃない! 今のは応急処置だから急がないと、また発作が起きるっ!」


良昌のいつものふざけた様子は消え、その表情は異様に真剣だった。


「じゃあ、どうやったら里美を助けられるんやっ!」


焦燥感に駆られ、良昌に詰め寄る。


「とりあえず、うちに運んで。親父なら、何とかなるはず」


迷っている暇はない。俺は里美を背負い、良昌の家へと走り出した。


良昌の家は、麓の街にあるごく普通の家だ。


「里美、もう少しやからな! 頑張れ!」


励ましながら、必死に足を動かす。良昌の家が見えてきた、その時。


「はぁ…はぁ...くる…しい...」


背中の里美の呼吸が、再び荒くなり始めた。苦悶の声が、耳に突き刺さる。


ガラガラ!


良昌が戸を勢いよく開け、叫んだ。


「親父! 助けてくれ!」


奥から現れたのは、屈強な体躯を持つ、強面の男だった。良昌の父親、鷹丸陣だ。



バキッ!ガシャーン!!

激しい衝撃音とともに、良昌は殴り飛ばされ、玄関の引き戸に激突した。


「ゴルァッ!!学校をサボって何をしとんじゃ!クソガキども!」


陣の凄まじい剣幕に気圧されながらも、俺は必死に状況を説明しようと試みた。


「違うんです、どうか話を聞いてください!俺たちの友達を助けてほしいんです!」


「お願いします!」


俺達三人は、陣に向かって頭を下げた。


殴られた頬をさすりながら良昌が立ち上がった。


「多分、(あやかし)やと思う」


俺の背中でぐったりしている里美を見て陣の顔つきが変わった。


「その子を中に寝かせろ、すぐにっ!ぐずぐずするなっ!」


俺たちは指示通りに部屋の中に里美を寝かせた。


陣は、里美の胸元に手をかざすと、先程までの荒々しさとは打って変わって、神妙な面持ちで指を走らせた。


その指先が空を切るたび、目に見えない力が里美を包み込むようだった。


『臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前……天卦転、天卦転……』


俺たち三人はハッとして顔を見合わせた。


天卦転.!?『テケテン』だ!あの意味不明なギャグが、今、目の前で繰り広げられている現実とのギャップに、俺達はただただ唖然とするしかなかった。


低い唸りのような呪文と共に、里美の顔色がみるみるうちに良くなっていく。穏やかな寝息が聞こえ始めた時、俺たちはようやく息を吐いた。


「よかった、すぐ目が覚めると思うで。実はさ、うちの親父が陰陽師で。俺もまだ修行中だけど、少しだけ妖を鎮める力があんねん、へへ」


良昌は少し照れながら、はにかむように言った。


「....キモッ」 俺は心の声が漏れていた。 


「えぇっ⁈なんでっ!?」良昌が目を丸くしている。


それにしても良昌にそんな力があるとは意外だった。空気を読めない所が彼の特殊能力だと思っていたのに、こんな神秘的な力を秘めているなんて....腹立つ


千聡と勇樹も、同じように驚いているようだった。



「あれ?ここ…どこ?いたっ!」里美が目を覚まし、立ち上がろうとした途端、足に痛みが走ったようだ。


「靴下、脱いでみろ」


陣に促され、里美が靴下を脱ぐと、足の裏には無数の水ぶくれができており、あちこちの皮が剥がれて血が滲んでいた。


「ちょっ里美、足えぐい!」思わず声が出た。


「全然気づかへんかった…痛いよぅ」里美は目を潤ませて訴えた。


「おい!そのカバンを貸せ!」


陣は里美のカバンをひっくり返し、中身を床にぶちまけた。


「ちょっと、何するん!?」里美は訳が分からず、戸惑っている。


化粧ポーチや携帯電話などの小物が散乱する中、陣は何かを拾い上げた。それは、美しい銀の装飾が施された真っ赤な(くし)だった。


「これは呪物だ。どこで手に入れた?」陣は鋭い眼光で里美を睨みつけた。


「え?確かママがクロスワードの懸賞で当たった粗品やって…」


「どこかで入れ替えられたか…おそらく、この櫛の呪いで、何か儀式的な行動を取らされていたんだろう。足の傷はその時にできたようだな。この櫛は預かる。解呪には3日ほどかかるぞ。」


陣は里美に、今日は家に帰り身体を休めて、また明日様子を見せにくるように伝える。良昌には解呪の手伝いを指示した。



「ありがとうございました!」俺たちは口々に感謝を伝え、里美を送っていくことにした。


「ちーくん、足痛くて限界。おんぶして~」里美が上目遣いで千聡にお願いした。


千聡は「しょ、しょうがないなー、今日だけだからな!」

と、クールぶってるつもりだが顔は真っ赤。


「顔、茹でダコみたいになっとるぞ」勇樹がニヤニヤしながら突っ込む。


「う、うるさい!!」


みんなで笑いながら、ちょっと賑やかな里美のお見送り隊は、家路を急いだ。

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