表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

呪いの岩

その後俺たちは体育館で校長の眠くなる話を聞いた。


最近、交通事故が多いとか、近所の寺で空き巣があったとか、そんな話だった気がする。鶴屋商店での出来事で頭がいっぱいだった俺は、先生の話なんてほとんど上の空だった。


「……で、以上」


やっと終わった。早く教室に戻ろう。


「ちょっと待ちなさい」


背後から、嫌な声。聞こえないふりをして、そのまま教室へ。


「待ちなさいって言ってるでしょ!」


腕を掴まれた。仕方なく振り返ると、案の定、鈴井だった。


「貴方、今朝鶴屋商店から出てきたらしいわね。登下校中の買い食いは校則違反だって、わかってるでしょ!」


ボサボサ頭に牛乳瓶の底みたいなメガネ。その奥の蛇のような目が、俺を睨みつけていた。


しかし、俺の腕につけられた数珠が目に入った瞬間、鈴井の顔から血の気が引いた。さっきまでの鬼のような形相はどこへやら、見るからに狼狽している。


「まさか、それは……」


鈴井は何か言いたげだったが、言葉にならないようだ。そして、一瞬こちらを見た後、まるで何かから逃げるように、きびすを返して去って行った。


「おい…」そう言いかけたが鈴井は自分の言いたい事だけ言うとこちらの話も聞かずにさっさといってしまった。きっと憂さ晴らしがしたかっただけだろう。


腹は立つがとりあえず俺は教室に戻った。

教室までの移動中里美の姿を見つけたので声をかけた。


「おーい里美っ!手大丈夫か??」


そう尋ねると里美は人懐っこい笑顔で答えた。


「うん、全然大丈夫。てか昂ちゃんまた鈴井に絡まれてたやろ、ホンマ昂ちゃんのこと嫌いよなあ。絶対竜っちゃんたちの方が素行悪いのに」


竜っちゃんとは猿山竜也(さるやまたつや)の事だ。中学の頃はめちゃくちゃ性格が悪く、今から俺んち行こうぜ!三人で定員オーバーだからお前は帰れ。

的なリアルスネ夫みたいなことを、友達に平気でする奴だった。


ちなみにその時帰らされたのは俺だ。


しかし高校に入ってからは人が変わったようにいい奴になり、今では仲のいい友人なのだが、当時は俺たちとは仲があまり良くなくて、竜也は都州夏(トスカ)周作(しゅうさく)という将来ラッパーになる二人とよくつるんでいた。


「俺、鈴井になんかしたんかな?」そんな話をしながら教室にもどる途中に、教室とは逆方向に歩いて行く英蔵の後ろ姿が見えた。


俺は喋りかけようと後を追った。

20メートルほど先の角を曲がるのが見え、俺も角を曲がりそこにいるであろう英蔵に声をかけた。


「うぃっす!おはよう!」


階段を上がり1階と2階の間の踊り場に英蔵の姿があった。誰かが隣にいる。 


あれは…鈴井?!


英蔵は驚いた顔でこちらをみている。鈴井は何かを英三に手渡し、そそくさと階段を上がって姿を消した。


「よう、どうした昂兵、こっちは教室ちゃうぞ、23年ぶりの校舎で忘れたか?」


「お前の後ろ姿見つけて追っかけて来たんや、お前こそこんな所で鈴井と何しとったんや」


「あぁ、夏休みの宿題のことでちょっとな。それよりもう戻った方がいい。帰りのホームルームが始まる」


そう言って英蔵は行ってしまった。


煮え切らない英蔵の態度にモヤモヤしながら教室に戻り、

ホームルームを終え千聡と共に校舎裏へ向かった。


校舎裏には勇樹が一人先に来ていた。


「あれ英蔵は?トイレか?」英蔵と勇樹は同じクラスだったのでてっきり一緒にいると思っていた。


「なんか大事な用事があるらしい」勇樹はそっけなく答えた。


「はぁ⁉︎大事なようってなんなん?今の俺たちに元に戻る事以上に大事な事なんかあんの??」俺は思わず大声をだしていた。


「昂兵、声が大きい誰かに聞かれるとマズイよ。英ちゃんの家は複雑だから色々あるんでしょきっと」千聡がなだめるような口調で話す。


「でも確かに英蔵の行動は明らかにおかしい。昂兵、昨日池で起きたこと覚えてるよな?お前も誰かに突き飛ばされたんじゃないか?」


確かにそうだ。白い手にばかり気を取られて忘れていたが、俺は誰かに池に突き落とされた。その口ぶりだと勇樹も同じなのだろう。


勇樹が続ける。 


「でも英蔵は俺ら三人が落ちた後すぐに入って引き上げたと言っていた。なら突き飛ばした奴を見てるはずやろ?」


「でも英ちゃんは、そんなこと何も言っていなかった」

千聡の言葉に勇樹が頷く。


「で、ここにも英ちゃんは来ていない。確かにちょっと怪しいね」千聡もなにか思う所があるようだ。


「俺は突き飛ばされた奴を見たけど英蔵じゃなかったぞ、何故か顔は思い出されへんけど、でも英蔵じゃなかったことは確かやで」


俺も英蔵の行動には疑問がいっぱいだが、30年近い付き合いのあいつが、そんな事するとはどうしても思えなかった。


「うん、俺も英蔵とは思わへんし、自分で落として助ける理由がない。でも何か知っているのは確実だと思う」

千聡も勇樹に同意するように頷く。


先程の踊り場での光景が頭をよぎる。俺はさっき鈴井と英蔵が一緒にいた事を二人に話した。


「夏休みの宿題?昨日まで38歳だった俺達が?ちょっとそれは無理があるな。」眉間に皺をよせて勇樹が呟く。


「ねえ、これはあくまでも仮説なんだけどさ、英ちゃんは、前にもタイムリープした事あるんじゃない?その時に鈴井に接触していた。そして何かしらの理由で鈴井に脅されて俺たちをこの時代につれてきた。どう?おかしいかな?」


千聡が立てた仮説は飛躍し過ぎだが確かにそう考えると辻褄があう、けどやはり解せない所もある。


「じゃあタイムリープさせる方法が池に突き落とす事だったのか?でもそれならやっぱり突き落としたのは英蔵ってことになるぞ。」


その後俺たちは仮説を出しあった。普通なら英蔵に悪意があり鈴井と共謀していると考えそうな所だが二人とも英蔵に限って、それは絶対にないと思っているようだ。


俺も同意する。改めて、こいつらと友達になれてよかったと感じた。


「アカン情報が少な過ぎてどんなけ考えても推測の域ではられへん。本人に、聞くしかないでこれ」


俺は早くモヤモヤをはらしたくて本人に確かめようと提案した。


「いや言われへん理由があるから隠してるんやろ、もう少し慎重にいったほうがいい」勇樹の言葉に千聡が反応する。


「そうだね、鈴井と英蔵の動向を探ろう、なんか探偵みたいでワクワクするよ」千聡は少年のように目を輝かせている。


鶴屋商店の件は気味が悪い話だが直接タイムリープには関係ないだろうから、とりあえずは様子見という結論になった。


その後は解散し各々で行動することにした。


俺は英蔵の行方が気になりとりあえず英蔵の家の方へ行ってみる事にした。


英蔵の家は学校から徒歩10分程で着く場所にある。

両端に狛犬が装飾されている門があり、そこから20メートルほど坂を下ると、もう一つ防犯センサー付きの門がある。中にはいくつも部屋があり庭には池、母屋の他にプレハブ小屋もある。


子供の頃から何度も遊びに行った事のある家だが何度見てもデカい。


さすが日本最大の暴力団大嶽會の若頭、酒鬼組、組長の家だ。


といっても英蔵の父親はほとんどこの家には帰ってこず家族の安全のために作らせた別邸のようだ。


中に入るわけにもいかず周辺を散策する事にした。


この近くには植物園や貯水池があるのだが、そちらの方には行く気になれない。


その周辺では幽霊話が絶えないのだ。そしてなによりそこへ向かう道中に巨大な大岩が、アスファルトで舗装された道路の中央を占拠しているいわくつきの場所を通らなくてはならない。



地元ではオバケ岩や怖れ岩、ニつの大岩が寄り添うように見える事から夫婦岩とも呼ばれている。


その岩を撤去しようとすると事故がおこり多くの人が亡くなってしまったらしく以降そのままにされているのだ。


今まであまり気にした事はなかったが、今朝の鶴屋商店の一件であまり霊的なところには近づきたくないのだ。


仕方なく夫婦岩の近くまで行き英蔵がいなければ今日は帰る事にしようと思い夫婦岩に向かった。


だんだん近くなる大岩の方に目をやると岩の手前に見覚えのある男がたっているのがわかった。


学年主任の下村だった。


下村は白髪頭でいつもマスクをして、白いポロシャツで、お腹にはウエストポーチをつけていたので遠くからでも一目で下村だと気づいた。


「先生、なにしてんの?」俺は下村に声をかけた。


「おーびっくりした、誰かと思ったぞ。今朝、校長先生が事故の話をしていただろう?この付近で、ここ1週間で4件も事故があったんだ。それに恷臨寺(きゅうりんじ)で窃盗事件もあったしな。それで生徒が危ない目に遭わないように見廻りしていたんだよ」と笑顔で答える。


相変わらず熱心な先生だ、学校の外でも生徒のために行動してくれているとは頭がさがる。


「さあ、用事がないなら寄り道せずに早く帰りなさい。このあたり昼間は交通量も多いからな。気をつけるんだぞ」

そう下村に促され仕方なく帰路につくことにした。


とりあえず学校の方へ向かおうと歩き始め、英蔵の家の近くを通りかかった時に、もう一人知っている顔を見つけた。


最悪の気分だ。今日はもうこいつには会いたくなかった。


「あなた!こんな所でなにをしているの!寄り道せずさっさと帰りなさい。どうせまたろくでもない事でも考えていたんでしょう!」

俺を見つけるやいなや鈴井はそう捲し立ててきた。


(俺はただ道を歩くことも許されないのか?)


もう我慢の限界だった。



「おい!いい加減にしろ!」俺がそう言おうとする前に後ろから声が聞こえた。


背中越しに聞こえた声の主の方へ振り返るとそこには下村が立っていた。


「鈴井先生、あなたの彼に対する言動は少々目に余りますよ、特定の生徒に固執しすぎではないですか?彼は何もしていない!私が保証する。これ以上不必要な指導を行うなら私は教育委員会に報告しなければならない!」


意外だった。好々爺のような、穏やかな下村がこんなに大きな声を出せるなんて。

俺は下村の言葉に少し目頭が熱くなった。


「フン、下村先生こそ、あまり生徒の肩を持ちすぎるのも良くありませんよ?まあいいです、今日は下村先生に免じて見逃してあげるわ」


そう言って鈴井は学校の方へ帰って行った。

見逃すも何も俺は何もしてないだろ!と言いたかったが、せっかく下村が納めてくれたのだ、よけいなことは言わないでおこう。


「本当は鈴井先生も悪い人じゃないんだ。許してやってくれ。ただなぜ最近お前にあそこまで固執するのはわからんがな」


「わかったよ、先生ありがとう」

そう礼を言って俺は学校へは寄らずに家へ帰る事にした。


しかし鈴井は夫婦岩の近くで何をしていたんだ?下村同様生徒への注意喚起か?いやそれは考えにくい。


....まさか、夫婦岩じゃなくて目的は英蔵の家か?

怪しい。絶対になにかある。明日また二人に相談しよう。


その日は帰路につき母親の手料理を食べて眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ