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3/8

老婆

俺たちの通っていた中学校は山の中腹にあり、徒歩で30分程歩かなくてはならない。


勇樹と英蔵の実家は、富裕層が住む大きな家が立ち並ぶ、山間の住宅街にあるが、俺と千聡の実家は、麓の街にあり比較的一般家庭が多い。


久しぶりの街並みを懐かしみながら歩いていると、古びた木造の建物に鶴屋商店と書かれた看板が目に入った。


「うわっ、鶴屋あいてるやん」


思わず心の声が漏れていた。


鶴屋商店は駄菓子や食料品、あとはちょっとした日用品などが売っている小さなお店だ。


かなり高齢のお婆さんが1人で営んでいたためか、俺の中学時代は不定期で営業しており、卒業する前にはもう閉店していたため数回しか入った事がないのだ。


俺はレアカードを引き当てたような高揚感を覚え、店の中に入ってみることにした。


相変わらずオンボロで、棚の上の方には、何年も前からそこにいるのだろう、埃をかぶった商品たちが鎮座している。


奥にはテーブルがあり、その上にはレジ代わりの小さな手提げ金庫。

年季の入ったパイプ椅子には、老婆が腰掛けていた。

俺が入ってきたことに気づいているのかいないのか、声一つかけてこない。


特に欲しいものはなかったけれど、手ぶらで店を出るのも気が引けたので、一番近くにあった甘イカ太郎のキムチ味を手に取った。


「おいおい、マジかよ」


俺は思わず呟いた。なんと賞味期限が半年以上も切れているのだ。


流石に購入する気になれず甘イカ太郎を棚に戻し、店を後にしようとした時だ。


「ちょっと、あんた」


背中から声をかけられ、完全に予想外だった俺は、心臓が跳ね上がった。


「ご、ごめんなさい! ちょっと財布忘れちゃって……」


言い訳しながら振り返った瞬間。


「ヒィッ……!?」


声にならない悲鳴を上げた。目の前にあったのは無表情で不気味な老婆の顔だった。


驚きで心臓が止まりそうになった。いや、少し止まってたかもしれない。数秒前まで奥に座っていた老婆が、いつの間にこんな近くに……?


驚愕と恐怖で立ち尽くしていると、老婆が口を開いた。


「アンタ……に……これ、渡....おもて...持っとき」


老婆はボソボソと何かを呟き、俺の手を取り、ブレスレット状になった数珠を、手首にはめてきた。


「絶対..外..たら..アカン..」


??????


何を言っているのか全く理解が出来なかった俺は、1秒でも早くその場から立ち去りたかった。


「あ、ああ、ありがとうございますっ」


そう言ってそそくさと店を後にし、俺は店を出た瞬間に全力で走った。


「なんやっちゅーねん、あのババア!! めちゃくちゃ怖いやんけ!!」


数百メートルほど走り、ふと手首の数珠が気になったので、数珠に目をやった。


よく装飾品として売られている綺麗な石の数珠ではなく、古びた木で造られた数珠に、見たことのない文字がびっしりと書き込まれていた。


梵字によく似ているが少し違うようだ。


すぐに外して近くを流れていたドブ川に捨てようと思ったのだが、どうしてもあの老婆の言葉が気になり外す事ができない。


(そういえば、あの婆さんどっかで...)


とりあえず英蔵達に相談しようと思い、そのまま学校へと向かうことにした。



こうちゃーん」


学校へ向かう坂道で、後ろから声をかけられた。


声の主の方へ振り向くと、茶色い髪を派手なシュシュでハーフサイドにまとめ、制服のスカートを折り上げて無理やりミニスカートにし、ルーズソックスをはいた、まさに平成のコギャルといった感じの美少女が立っていた。


同級生の月岡里美(つきおかさとみ)だ。


(おぉ、若いっ!そしてギャルっ!)


俺は少し、ほんの少しだけテンションがあがった。



里美とは40歳前になった元の時代でも仲が良く、2、3ヶ月に一度くらいは千聡と3人で集まって飲んでいる。


「おはよ、昂ちゃん。一緒にいこうや♪」


そう言って里美は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


里美は学年でも一、二を争う美人で、明るくて性格も良い。

何よりもボディータッチが多く、距離が近い。


しかし厄介な事に、派手な見た目とは裏腹に、恋愛に関しては真面目で身持ちが固い。

なのにスキンシップが多い天然の魔性の女なのだ。


中学生の思春期の男子などイチコロだ。


かく言う俺も中学2年生の頃に一度フラれた経験がある。


しかし今の俺は身体は中学生だが、中身は38の立派な大人だ。小娘の腕組みくらいなんてことない、そう思いギリギリの所で耐えた。


「ん?なんなん、昂ちゃんその数珠。オッサンみたいやん、ウケる。笑」


手首の数珠に気づいた里美がそう言って数珠に手を伸ばした。里美の指先が数珠に触れた瞬間、一瞬赤く光ったように見えた。


「熱っ!?何コレ!!」


里美は慌てて数珠から手を離した。


「大丈夫か!?」


里美の手を見ると、数珠に触れた指先が火傷のように水膨れになっている。


「ちょっと触れただけやのになんなんそれ。てか、なんで昂ちゃんは大丈夫なん?!」


里美は涙目で訴える。


「いや、俺にも何が何やら、わからんねん」


俺は先程、鶴屋商店で体験したことを里美に話した。


「なんなんそれ、きっしょ。絶対捨てた方がいいって!」


里美の言うことはもっともだ。


なぜ捨てられないのか自分でも理解できない。

外れない訳ではないのだ。なぜか捨ててはいけないような気がしてどうしても外せない、そんなふしぎな感覚だ。


「とりあえず千聡たちにも相談してみるわ」


そう言って苦笑いする俺を里美は怪訝そうな顔で見たが、それ以上は何も言わなかった。


程なくして学校に着き、上履きに履き替え階段を登る。


「じゃあ昂ちゃん、里美、保健室で絆創膏もらってくるからまたねー」


そう言って保健室の方へ向かう里美と別れた。


一組の教室に入るとすでに登校していた千聡が駆け寄ってきた。


「昂兵、おはよ!」


「おはよう、千聡。母ちゃんに会えたか?」そう声をかけた俺に千聡は満面の笑みでうなづく。しかしどこか物悲しげな笑顔に感じた。


千聡の母親は俺達が高校生の頃に病気で亡くなってしまったのだ。


普段は強気に振る舞い、酔っ払った時は、死んだ母親のブラジャーをつけて女装したり、ブラックジョークで俺たちを爆笑させているが、とても息子想いの本当に優しいお母さんだったのだ。


20年ぶりの再会で嬉しくない訳がない。


「良かったな」そう言って千聡の肩を叩いた。


「うん!あっそうだ、さっき勇樹に会ったんだけど放課後に校舎裏で話そうって!、ん?なにその数珠またカッコいいのつけて」


千聡が数珠を指差し俺のファッションセンスをイジる。


「あぁ、また後で説明するよ…」


キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴ると同時に一人の男性が教室に入ってきた。

担任の梶尾だ。

梶尾は英語教師でもあり、とてもフランクで生徒達の人気者だ。


素行の悪かった俺たちは教師達からは、あまり良く思われていなかったが、梶尾は俺達の事を元気が有り余ってるだけだと、そのパワーをいい方向に向けろと諦めずに指導してくれた数少ない恩師だ。


数学教師で学年主任の下村、社会科の教師で二組の担任の香川も俺たちに好意的な教師だった。


しかしその反対に俺たちを目の敵にして毛嫌いしている教師もいる。


三組の担任で音楽教師の金池と四組担任で国語教師の鈴井は、2人共女性教師なのだが、特に鈴井の方はことあるごとに俺たちに難癖をつけて嫌がらせをしてくるのだ。


しかし今日は始業式だ。国語の授業も音楽の授業もない。


鈴井と直接顔を合わせることもないだろう。

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