不幸な少女-1
結局、物語が動き出すのは、それから2年ほど後のことだった。
亡き老婆の代わりに家事に励んでいた8歳のラキは、この日も食材を調達するために市場へと足を運んでいた。
「魚屋さん、今日のおすすめは何ですか?」
パッチのついたヨレた布袋を抱えたラキが、いつもの魚屋の男に尋ねる。
「よぉラキ。今日は一昨日の大雨の影響で、一通りの魚は揃ってるが…鮎が特に安いな。」
魚屋の男は店頭に並べられた、細長い鮎を指差す。
週に一度訪れるこの魚屋は、元々老夫婦と縁が深かったため、ラキはいつも安く良い魚を選んでくれるのだった。
「じゃあ、それをください。」
「おう、最近暑いから4尾くらいでいいだろ。」
魚屋の男はそう言って、鮎を5尾選んで袋に詰めた。
「お会計はこれでお願いします。」
ラキは老爺から預かってきた財布を渡し、魚屋の男はその金額を確認してから、お釣りを手渡した。
ラキがまだ計算ができないため、金額を間違えないように慎重にやり取りが行われる。
ちなみに、ラキは知らなかったが、実はこの魚屋の男は、その週の売上によって少し割安にしてくれることがある。この日も1割ほど多くお釣りを渡していた。
「サカナヤのおじさん、いつもありがとう。」
お釣りと商品を受け取ったラキは、そう言って深々と頭を下げ、踵を返して八百屋へと向かおうとした。
「あ、ちょっといいかラキ。」
次の店へ歩き出そうとしたその瞬間、魚屋の男がラキを呼び止めた。
ラキは驚いて振り返ると、男はラキが受け取れるように、ゆっくりと小袋を投げた。
その袋は、砂や石のような触り心地のものだった。
ラキが中身を覗くと、男が説明を始めた。
「それは塩って言うんだ。保存料としてよく使われるもんさ。最近暑いから、これに魚を浸しておけば、何日かは持つようになる。」
「へぇ、ありがとうございます。」
ラキはその見覚えのある袋を(老夫婦の家にも同じようなものがあった)鮎の入った袋と一緒にしまい、再度お礼を言って八百屋を目指して人混みの中へと歩いて行った。
…
そして、ラキの姿が見えなくなると、魚屋の奥から女の声が聞こえた。
「今のはラキちゃん?」
魚屋の男は、少し遠くを見つめながら答える。
「ああ。」
「そう、あの子、頑張ってるわね。」
部屋と店を繋ぐ暖簾を潜り、女が顔を出した。
ブロンズ色の髪を持つその女性は、魚屋の男と同じ年頃のようだ。
「そうだな。あの人に似て、元気ないい子だ。」
「ふふ、昔を思い出すわね。」
女は、切ない思いを抱えたように遠くを見つめる。
2人の会話は続く。
「…だな。」
「ただ、実はあの子、同年代の子供たちからは悪魔だって虐められてるって聞いたわ。」
「なんでぇ。おばさんを殺した犯人だってか?」
「よく分からないけど…ゴフクヤさんが言ってたわ。男の子たちがそう呼びながら、頭を石で殴っていたのを、先週あたりに路地で見かけたって。」
奥の女は慌てたように続けた。
「あ、でもゴフクヤさんはきちんと怒ったらしいわ。でも、今日も腕に包帯を巻いてた。」
「…そうか。」
魚屋の男はしばらくラキの笑顔を思い出しながら、眉間に深い皺を寄せた。
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